特務捜査官レディー(二十四)取り引き
2021.07.28

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(二十四)取り引き

 わたしは局長室に直通のダイヤル番号に電話を掛ける。
「生活安全局局長室です」
 懐かしい声だった。
 まさか本人が直接出るとは思わなかった。普通は秘書が出て取り次ぐものだが、おそらく所用で部屋を出ているのであろう。
「局長さんですか?」
「その通りです」
 早速本題に入ることにする。
「実は覚醒剤を手に入れたんですけど、局長さんが仲買い人を紹介してくれるという噂を耳にしまして」
「どういうことだ?」
 局長の声色が変わった。
「隠してもだめですよ。警察が押収した麻薬を横流ししてること知ってるんですよ」
「それをどこで聞いた?」
「以前あなたのお友達に女装趣味の人がいたでしょう? その人から聞いたのよ」
「まさか……」
「うふふ。逆探知してもだめですよ。あなたの地位が危なくなるだけです。で、どうしますか?」
「どうするとは?」
「覚醒剤ですよ。とぼけないでくださいね。取り引きしませんか?」
 しばらく無言状態が続いた。
 対策を考えているのだろう。
「い、いいだろう。取り引きしよう。どれくらいの量を持っているのだ」
「そうですねえ……5700グラム。末端価格で4億円くらいになるでしょうか」
 覚醒剤の相場は、密売グループが大量検挙されたなどの市場情勢によって変動するが、平成24年以降1グラム7万円前後を推移している。ちなみに密売元の暴力団の仕入れ価格は1グラム8~9千円程度だというから、上手く捌ければぼろ儲けということだ。
「ほう……たいした量だな」
「もちろん、混じりけなしの本物ですよ」
「どうすればいいのだ。取り引きの場所は?」
「そうですねえ……。お台場にある船の科学館「羊蹄丸」のマジカルビジョンシア
ターにしましょう」
「船の科学館羊蹄丸のマジカルビジョンシアターだな。日時と目印は?」
「日時は……」
 取り引きに関する諸用件を伝える。
「わかった。必ず行く」

 というわけで、局長を丸め込むことに成功して、電話を切る。
「やったな。後は奴が本当に乗ってくるかどうかだな」
 そばで聞き耳を立てていた敬が、ガッツポーズで言った。
「乗ってくるわよ。何せ覚醒剤横流しの件を知っている人物を放っておけるわけないじゃない」
「そうだな」
「というわけで、課長」
「判っている。覚醒剤のほうは手配しよう。しかし5700グラムとは、ちょっと多すぎやしないか?」
「だめですよ。撒き餌はたっぷり撒かなくちゃ釣りはできませんよ。それくらいじゃないと、局長本人が出てこない可能性がありますからね」
「判った。何とかしよう」
「お願いします」


 というわけでおとり捜査の決行日となった。
 船の科学館羊蹄丸のマジカルビジョンシアター。
 目印のピンクのツーピーススーツ姿にて、前列から7列目の一番右側の席に腰掛けて、合言葉を掛けてくる相手を待つ。
 運び屋が来るか、本人が直接来る。
 それとも……。
 ふと周囲に異様な雰囲気を感じた。
 息をひそめこちらを伺っている気配。
 それも一人や二人ではない。
 逃げられないように出入り口を確保しているようだ。

 やはり、そういう手でくるのね……。

 一人の男が近づいてきた。
 本人は気配を隠しているつもりだろうが、明らかに刑事の持つ独特の雰囲気を身体に現していた。
「お嬢さん、お船はお好きですか?」
 合言葉であった。
「ええ、世界中の海を回りたいですね」
 合言葉で答える。
 すると右手を高々と挙げて、周りの者に合図を送った。
 ざわざわと集まってきたのは刑事であろう。
「そこを動くな!」
 拳銃を構えた男達に囲まれていた。
 明らかに刑事だった。
 制服警官の姿もあった。
 まわりを取り囲まれていた。
「やはりね……」
 端から取引をするつもりはないのだろう。
 麻薬密売取り引きの現行犯で逮捕しようというのだ。
 わたしを逮捕し、取り調べながら入手ルートを聞き出して、直接相手と交渉するつもりだったのだ。
 それでなくても、奴には警察が押収する薬物を横流しする手段もあるから、
「持ち物を調べさせてもらう」
 一人がわたしの脇においてあった鞄を開けて、中を調べ始めていた。
 いくつかの透明の袋に入れられた白い粉末。
 もちろん本物の覚醒剤である。
 警察官はその一つを開けて、検査薬キット(シモン試薬及びマルキス試薬と試験管のセット)で調べ始めた。
 それは、試薬と覚醒剤を混ぜると反応して変色するというものである。学校の化学の授業で、アンモニアとフェノールフタレイン溶液を混ぜて、アルカリ性を確認したことがあるだろうが、それと同じ論理である。
 以前はシモン試薬のみで行われていたが、抗うつ剤や脱法ドラッグにも反応するということで、現在は複数の試薬で行って確実性を高めるようになっている。
 試薬を入れた試験管の色が陽性を示していた。
 それを声を掛けてきた男に見せていた。
「君を覚醒剤密売の容疑で逮捕する」

 パトカーで警察署に運ばれるわたし。
 女性警察官が終始そばについていた。
 男性警察官の場合、「肩を触ったわ。セクハラよ」と訴えられる可能性があるからである。容疑者にも当然人権がある。
 警察署裏口についた。
 職員や容疑者などはそこから署に入ることになっている。
 手錠を掛けられたまま取調室へ向かう。
 女性の場合は手錠を掛けない場合もあるが、覚醒剤密売という重罪を犯しているこ
とから、手錠は掛けられたままであった。
 途中で、敬とすれ違う。
 言葉は交わさなかったが、
「うまくやれよ」
 とその瞳が語っていた。
 取調室に到着する。
「局長が取調べを行うそうよ。しばらく待っているように」
 女性警察官はそう言った。
 部屋の中央にある対面式の尋問机? の片側の椅子に腰を降ろす。
 部屋の中には、今のところ女性警察官が二人。逃げられないように戸口を塞いでいた。
 やがて局長が姿を現した。
「君達は外で待機していてくれたまえ」
 扉のところに立っていた女性警官に命令する局長。
「ですが……」
 容疑者といえども女性となれば、必ず女性警官が立ち会うことになっていた。
 意義を唱えてみても、
「出て行きたまえ、聞こえなかったのか」
 と、強い口調で言われればすごすごと出て行くよりなかった。
 二人の女性警官が退室するのを見届けてから、口を開く局長だった。
「さて、まずは名前・生年月日から聞こうか」
「そんなことよりも、覚醒剤の入手先をお知りになりたいんじゃなくて?」
「それもそうだが、一応決まりだからな」
「決まりと言いながら、女性警察官を追い出したのはどうしてですの? まさか、わたしを女装趣味の男性とでもお思いになれたのですか」
 例の女装仲買人のことをほのめかす。
 局長の顔が一瞬引き攣ったようだが、
「いや、君を見れば本物の女性だと判るよ。女装者にはない、気品が漂っているからね。正真正銘のね」
 まあ……生まれたときからずっと、女性として育てられたものね。
 言葉使いから仕草から、徹底的に母から教えられた。
「ただ他に聞かれたくない内容になりそうなのでね」
「そうでしたの……いいわ。名前は、斉藤真樹。誕生日は……」
 素直に自分の身分を明かしていく。
 どうせ持っていた運転免許証を見られているんだ。
 隠してもしようがない。
「さてと、決まり文句が済んだところで本題に入ろうか」
 局長の目つきが変わった。
 警察官と言うよりも、検察官に近いそれは、「言わなければどうなるか判っているな」と語っている。
「入手先だよ」
 やっぱりね。
「その前に昼食にしませんか? まだお昼食べていませんの」
「ふふん。さすがに、麻薬取り引きしようというだけあって、性根が座っているな。いいだろう、食べさせてやろう」
「ありがとうございます。それじゃあ……」
 というわけで、この当たりで一番手軽でお待ち帰りできるファーストフードを注文する。


刑事ドラマやアニメなどで、白い粉をペロリと舐めて「麻薬だ!」というシーンが登場しますが、あれはフェイクです。万が一「青酸カリ」だったりしたらあの世行きですから、麻薬取締官や司法警察官はやりません。
シティーハンター「冴子の妹は女探偵(野上麗香)」の回などが有名ですね。

なお、本文の内容は執筆当時のものです。羊蹄丸は、2011年の閉館後に解体されました。

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