響子そして(十八)縁談1
2021.07.22
響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します
(十八)縁談1
わたしも泣いていた。
「わたし、女になった事後悔してないよ。秀治という旦那様に愛されて幸せだったよ。わたしは、身も心も女になっているの。だからおじいちゃんが悲観することは、何もないのよ」
「そうだよ。おじいさんは、悪くはないよ」
秀治が跪き、祖父の肩に手を置いて言った。
「女にしたのが悪いというなら、この俺が一番悪いんだ。刑務所で、ひろしを襲わせるように扇動したんだからな。しかし、俺は女らしくなったひろしに惚れてしまった。女性ホルモンを飲ませ、性転換させてしまったのも全部俺のせいだ。もちろん俺はその責任は取るつもりだ。生涯を掛けて、この生まれ変わった響子を守り続ける。そう誓い合ったから死の底から這いあがってきた。別人になっても俺の気持ちは変わらない。な、そうだろ? 響子」
「はい」
「どうやら君は、いずれ響子が相続する遺産を狙っているような人間じゃなさそうだな」
「おじいちゃん! 秀治はそんな人じゃありません」
「判っているよ。今まで、お母さんやおまえに言い寄ってくるそんな人間達ばかり見てきたからな。懐疑的になっていたんじゃ。だが、彼の態度をみて判ったよ。真剣だということがな。まあ、たとえそうだったとしても、響子が生涯を共にすると誓い合った相手なら、それでもいいさ。儂の遺産をどう使おうと響子の勝手だ」
「遺産、遺産って、止めてよ。おじいちゃんには長生きしてもらうんだから」
「あたりまえだ。少なくとも、曾孫をこの手に抱くまでは死なんぞ」
「もう……。おじいちゃんたら……」
ゆっくりと祖父が立ち上がる。腰が弱っているので、わたしは手を貸してあげた。
「秀治君と言ったね」
「はい」
「孫の響子をよろしく頼むよ」
「もちろんです。死ぬまで、いや死んでもまた蘇ってきますから」
「やだ、ゾンビにはならないでよ」
「こいつう……」
秀治に額を軽く小突かれた。
わたしの言葉で、部屋中が笑いの渦になった。
「あ、そうだ。遺産って言ったけど、わたしには相続権がないんじゃない? 法定相続人のお母さんをこの手で殺したんだもの」
「遺言を書けばいいんだよ」
「あ、そうか」
「儂の直系子孫は、娘の弘子の子であるおまえだけだ。遺産目当ての傍系の親族になんかに渡してたまるか。まったく……第一順位のおまえの相続権が消失したと知って、有象無象の連中がわらわら集まってきおったわ」
「でしょうね。お母さんが離婚した時も、財産目当ての縁談がぞろぞろだったもの」
「とにかく、今夜親族全員を屋敷に呼んである。やつらの前で、公開遺言状を披露するつもりだ。儂の死後、全財産をおまえに相続させるという内容の遺言状をな。だから屋敷にきてくれ、いいな」
「わたしは、構わないけど。女性になっているのに、大丈夫なの? 親族が納得するかしら。それに遺留分というのもあるし」
「納得するもしないも、儂の財産を誰に譲ろうと勝手だ。やつらに渡すくらいなら、そこいらの野良猫に相続させた方がましだ。それに遺留分は被相続人の兄弟姉妹には認められていないんだ。遺留分が認められている配偶者はすでに死んでいるし、直系卑属はおまえしかいない。遺言で指名すれば、全財産をおまえに相続させることができるんだ」
「へえ……そうなんだ。でも、やっぱり納得しないでしょね。貰えると思ってたのが貰えないとなると」
「だから、儂が生きているうちに納得させるために生前公開遺言に踏み切ったのだ」
「さて、みなさん。全員がお揃いになったところで、もう一度はっきりと申しましょう」
社長が切り出した。全員が注目する。
「響子さん、里美さん、そして由香里さん。三人には、承諾・未承諾合わせて真の女性になる性別再判定手術を施しました。それが間違いでなかったと、わたしは信じております。もちろん秀治君の言葉ではないが、将来に渡って幸せであられるように、この黒沢英一郎、尽力する所存であります。わたしは、三人を分け隔てなく平等にお付き合いして参りました。今後もその方針は変わりません。そこで提案なのですが、三人同時に結婚式を挙げてはいかがでしょうか? もちろん里美さんの縁談がまとまり次第ということになります」
「賛成!」
里美が一番に手を挙げた。そりゃそうだろうね。
「しかし俺達の日取りはもう決まってるんだぜ」
と、これは英二さん。
「延期すればいいわよ。あたしも賛成です。あたしだけ先に挙式するの、本当は気が退けていたんです。三人一緒に式を挙げれば、何のわだかまりもなくなります。だってあたし達仲良し三人娘なんですから。いいわよね、英二さん」
「ま、まあ、おまえがいいというなら……英子の発案でもあるし」
相変わらず英二さんは、由香里のいいなりね。
で、わたしはと言うと……。
「わたしも、秀治さえよければ、三人一緒で構いません」
「ああ、俺はいつだっていい。明人として、一度は祝言を挙げているから」
というわけで三人娘の意見は一致した。
「それでは、親御さん達は、いかがでしょうか?」
「わたし達は構いませんよ。どうせ縁談が決まるのはこれからです。反対にみなさんにご迷惑をかけるのが、心苦しいくらいです」
「儂も構いませんよ。秀治君の言った通りです」
というわけで、わたし達の三人同時の結婚式が決定した。
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