特務捜査官レディー(十八)磯部京子のこと
2021.07.22

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(十八)磯部響子のこと

 とは言っても、そうそう犯罪者の家宅捜査や逮捕といった最前線には出してはくれなかった。まずは新人らしく、麻薬などを取り扱う病院や製造業者の立ち入り検査、大麻の栽培業者の指導や監督、野に自生しているケシや大麻の抜去、麻薬没滅キャンペーンの広報的な活動を割り与えられていた。
 まあ、当然といえば当然のことである。職場の環境や仕事内容を把握し、先輩達の活躍ぶりを見届けることも仕事のうちということ。
 どんなに優秀な野球選手でも、最初は球拾いからである。

 関東信越厚生局中目黒庁舎麻薬取締部捜査課へ、土日を除く曜日に出勤し、九時から五時までの勤務時間を終えると退社する。
 まるでオフィスレディーよろしく平穏無事な日々が続いていた。
 出勤して最初の仕事は、お茶を各自のデスクを回って配ることだった。
 命令されてやっているのではなく、真樹の配属された捜査課には女性がおらず、やさしい性格から率先して引き受けていたのである。
 女子大卒業したての唯一の女性ということで、課内ではアイドル的存在になっていた。呼び方も「真樹ちゃん」であった。
 麻薬取締りの最前線で、犯人逮捕で活躍するという当初の希望からかけ離れた内容に、何のために麻薬取締官になったのか、と自問自答する時もあった。
「気にするな。いずれ君にも活躍してもらう時がくる。物事には順序というものがあるのだ」
 判ってはいるが……一刻も早く現場に出たかった。

 磯部ひろしの件があった。(参照=響子そして/サイドストーリー)
 麻薬銃器取締課の警察官として、すでに現場に出て活躍している敬から、ひろしに関する情報が寄せられていた。
 警察官に復帰した敬は、磯辺健児を挙げるべく証拠集めを行っていた。そんな中から少年刑務所に収監されたひろしの情報も入ってきていたらしい。
 仮釈放された磯部ひろしが、とある暴力団の組長の情婦となり、響子と名乗っているという情報だった。
「情婦?」
 それを聞いて驚く真樹だった。少年だったひろしが情婦とは……。
「俺も聞いてびっくりしたぜ。なんと! 性転換して女になってるんだ」
「女ですって? 何で性転換するような事になったのよ」
「まあ、少年刑務所だからなあ……。女のいないムショ暮らしで、欲求のたまった男達の間にあって、新人で少年だったひろし君が、そのはけ口とされるのは自然の成り行きだったのかもな」
「つまり、女役として扱われたのね」
「よくあることらしいんだ」
「そんな事……」
「そういう生活の中で、女に目覚めたのかも知れない。いや、そうならざるを得なかったのかもな」
「でも、性転換までする?」
「それが、宿房の中に暴力団の組長の息子がいたらしくてね。そいつが女に目覚めたひろしに惚れたらしくて、女性ホルモンを差し入れさせて、それをひろしに飲ませてより女らしい身体にさせていったらしいぜ。女性ホルモンのことなら真樹は良く知っているだろう」
「それで、身も心も女になっちゃたんだ。まだ少年だったから、女性ホルモンの効果は絶大だものね。身体の変化はもちろんのこと、精神構造も女らしくなっていく」
「そういうことだな」
「そうか……ひろし君。女の子になったんだ……」
「ひろしじゃないよ。今は響子だよ。彼女に惚れた相手が、その親である暴力団の組長が抗争事件で死亡して二代目を継ぎ、情婦としてそばに置きながら、性転換手術を勧めたということさ。手術費用なら全然心配ないから、最高の技術を受けることができる。そしてひろし君は、女に生まれ変わって響子になった」
「しかし……抗争事件を引き起こしている暴力団組長の情婦となると、先行き不安だわね」
「ああ、俺達。麻薬銃器対策課のごやっかいになるかも知れない。最悪、組長情婦として対抗組織から命を狙われるかもな」
「冗談じゃないわ。これ以上、ひろし君を巻き込みたくないわ」
「だが組織は手加減してくれない」
「ひろし……響子さんには、これ以上酷い目には合わせたくないの。女の子になってしまった事情はともかくも、幸せな人生を送って欲しいもの。彼女がこんなことになったのも、わたし達が手をこまねいていたせいだよ。あの時、もっと積極的に強引に動いていれば、麻薬密売人を近づかせることもなく、結果として母親殺しにも至らなかったのよ」
「そうだな。すべては俺達の至らなかったせいでもあるからな」
「とにかく、響子さんの身辺をもっと探ってくれない?」
「判っているさ」
 今は、捜査の最前線にいる敬に頼るしかなかった。

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