響子そして(十七)お見合い話
2021.07.21

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(十七)お見合い話

「あのお……。お取り込み中、申し訳ありませんけど、わたし達は何で呼ばれたんで
しょうか?」
 里美が口を開いた。
「ああ、君達の事すっかり忘れていたよ。あはは」
「もう……。ひどいです。でも恋人同士感動の再会の場面に居合わせて良かったです」
「君達を呼んだのは、この二人の結婚式を由香里と一緒に挙げようと思ってね」
「え?」
 わたしは驚いた。
 明人……じゃなくて、秀治と結婚式?
 すると秀治がわたしの肩に手を乗せて言った。
「昔の俺、つまり明人と響子は祝言を挙げたけど、婚姻届は出していない。おまえの
戸籍は男だったからな。しかし今のおまえは女になってるし、俺は柳原だ。だから改
めて結婚式を挙げて正式に結婚しようと思う。もちろん婚姻届を出してな。いいだろ?
響子」
「ええ、秀治がそういうなら」
 嬉しかった。
 もちろん反対するわけがない。
 秀治の本当の妻になれるのだ。願ってもないことだ。
 また涙が溢れて来た。
「というわけで、お願いします。響子との結婚式を、英二さんと由香里さんと一緒に
挙げさせてください」
 秀治が頭を下げた。
 他人に頭を下げるなんて、明人だったら絶対にしなかった。組織の力でねじ伏せて
従わせていた。しかし、今は柳原秀治という一介の人間でしかない。
「もちろんですよ。ねえ、英二、構わないでしょ」
「あ、ああ。おまえが良ければな」
「一緒に幸せになりましょう。響子さん」
 由香里がわたしの手を握って微笑んでいる。
「ありがとう、由香里。一緒に」

「あの……。わたしには? お見合いの話しはないんですか?」
 里美が遠慮がちに質問している。自分だけのけ者にされたくないみたいだ。
「ああ、すまないね。今、英二と検討しているからもう少し待ってくれる?」
「じゃあ、いるんですね? お見合いの相手」
「取引先の社長のご子息でね。立派な方だ。受付けやってる君にぞっこんでね。父親
を通じて縁談を持ち掛けてきたんだ」
「やったあ! わたしも結婚できるのね。できればわたしもお姉さんと一緒に結婚式
挙げたいな」
「それは無理よ」
「どうして?」
「あなたにはご両親がいるじゃない。まずその説得が先なんじゃない? 女性に生ま
れ変わったこと、まだ話していないんでしょ?」
「そうだった……」
「わたしは、みんなに幸せになってもらいたい。誰からも祝福されて結婚してもらい
たい。親がいるなら式にも出席して欲しい。だから里美はご両親に会って今の自分を
正直に話すのが先決だ。そうしたら、改めてその人を紹介しようと思う」
「でも……。説得できるかな……。それにわたしが息子だったなんて信じてくれるか
しら」
 里美が、泣きそうな顔をしている。
 そんな顔を見るのはわたしだって辛い。
 里美は、元から十分女性として通用するほどのきれいな顔していた……らしい。直
接見たわけじゃないから……上に、ハイパーエストロゲンで、今では同じ女性でさえ
ため息を覚えるほどの社内一の美人受付嬢になっている。そんなにも美しい女性が目
の前に表われて、あなたの息子です、と告白されてもとうてい信じてくれないだろう
と思う。
 わたしと由香里が、段階的に女性への道を踏んできたのに対し、里美はいきなり突
然女性ですものね。未だに男性と女性の境界線にあって、完全には女性には成りきっ
ていない。それが両親への告白に踏み切れないジレンマになっているみたい。
 はやく割り切って、精神的にも完全な女性になってしまえばいいのにね。
 英子さんも罪なことしたものね。
「いいわ。わたしが一緒に、ご両親のところに付いていってあげる。真実を告白しま
しょう」
「いいの?」
「あたりまえよ。妹一人だけで行かせるわけにはいかないわ」
「ごめんね。本当はあたしも付いていってあげたいけど、あたしの両親と親族との打
ち合わせがあるから……」
「ありがとう、由香里。気持ちだけで十分よ。わたしは、お姉さんさえ付いて来てく
れれば大丈夫だから」


「それから響子君には、会わせたい方がもう一人おられる」
「会わせたい?」
「秀治君お連れしてください」
「わかりました」
 秀治は、隣室の応接室に入っていった。
 そして連れて出て来たのは、
「お、おじいちゃん!」
 わたしの祖父だった。
 祖父の娘でありわたしの母親を殺したという後ろめたさと、女になってしまったと
いう理由で、仮出所以来も会う事ができなかった。
「ひろし……いや、響子。苦労したんだね」
「おじいちゃんは、わたしを許してくれるの?」
「許すもなにも、おまえはお母さんを殺しちゃいない。覚醒剤の魔手から救い出した
んだよ。あのまま放置していれば、生前贈与した財産のすべてを吸い尽くされたあげ
くに、売春婦として放り出されただろう。それが奴等のやり方なんだ。いずれ身も心
も廃人となって命を果てただろう。おまえは命を絶って、心を救ったんだ。お母さん
は、死ぬ間際になって、母親としての自覚を取り戻せたんだ。おまえを恨むことなく、
母親としての威厳をもって逝ったんだ。もう一度言おう。おまえに罪はない」
 母親の最後の言葉を思い出した。
 ご・め・ん・ね
 ……だった。
 助けて、とは言わなかった。
 殺されると知りながらも、覚醒剤から逃れるために敢えて、その身を委ねたのだ。
息子に殺されるなら本望だと、母親としての最後の決断だったのだ。
「おじいちゃん……。そう言ってくれるのは有り難いけど……。わたし、もうおじい
ちゃんの孫じゃないの。見ての通りのこんな身体だし、たとえ子供を産む事ができて
も、おじいちゃんの血を引いた子供じゃないの」
「倉本さんのお話しを聞いていなかったのかい? 臍の緒で繋がる。いい話しじゃな
いか。おまえは儂の孫だ。間違いない。その孫から臍の緒で繋がって生まれてくる子
供なら、儂の曾孫に違いないじゃないか。そうだろ?」
「それは、そうだけど……」
「おまえが女になったのは、生きて行くためには仕方がなかったんだろう? 儂がも
っと真剣におまえを弁護していれば、少年刑務所になんかやることもなかったんだ。
女にされることもなかった。娘が死んだことで動揺していたんだ、しかも殺したのが
息子と言うじゃないか。儂は、息子がどんな思いで母親を手にかけたのか思いやる情
けもなく、ただ世間体というものだけに縛られていた。弁護に動けなかった。おまえ
が少年刑務所に送られてしばらくしてからだった。本当の殺害の動機が判ったのはな。
おまえの気持ちも理解できずに世間体しか考えなかった儂は……。儂は、親として失
格だ。許してくれ、ひろし!」
 そう言うと、祖父は突然土下座した。
 涙を流して身体を震わせていた。
「おじいちゃんは、悪くないわ」
 わたしは駆け寄って、祖父にすがりついた。
「済まない。おまえを女にしてしまったのは、すべて儂の責任なんじゃ……」
 もうぽろぽろ涙流していた。
「そんなことない、そんなこと……」

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