特務捜査官レディー(九)真実は明白に
2021.07.13

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(九)真実は明白に

「そうか……そういうことだったのか……以前の真樹だったら酌なんかしなかったはずだからな。それでもアメリカに行って心境が変わったのだろうかと思っていた」
「申し訳ありませんでした。真樹さんの振りをして騙していました」
「この娘は、悪くないんです。わたしがお願いしたんですよ。あなたがこの娘を区別できるか試したんです」
「いや、すっかり騙されたよ。全然気がつかなかった」
「でしょう? わたしも、この娘が告白するまで判らなかったんですからね」
「うーん……。ほんとうに瓜二つだよ。誰がどこから見ても、真樹にしか見えないだろうな」
 と改めて真樹の容姿を確認するように眺める父親。
「それで、おまえはどうするつもりなんだ?」
「もちろん、このまま一緒に暮らしますよ。この娘は、真樹なんですから。黙っていれば気づかれなかったのを告白してくれたんです。憎まれ蔑まれるかも知れないのを覚悟の上で、真樹が死んだ事を報告するために、わざわざ来てくださったんです。この娘は正直で澄んだやさしい心を持っています。そんな娘を見捨てるわけにはいきません」
「そうか……。おまえがそのつもりなら、私も反対はしないよ」
「いいんですか? 一緒に暮らしても……」
「しようがないだろ。聞くところによれば、真樹が死んだのには、この娘に責任はないんだし、このまま放り出すわけにはいかないだろう。この娘の身体の中に真樹が生きているというならなおさらだ。それに、すべての臓器の移植が何の支障もなく成功しているということは、真樹のヒト白血球抗原・HLAが完全に一致していると言う事。つまりこの娘と私達は、元々血縁的に繋がりがあるということだ。何せ非血縁者での一致率は数百から数万分の一なんだ。HLAで血液鑑定すれば間違いなく親子関係にあると断定されるはずだ。臓器移植に関わらず私達の娘と言っても過言じゃないということさ」
「その通りです。この娘が将来結婚して子供を産めば、真樹の子供、わたし達と血の繋がった孫になるんですから」
「ならいいじゃないか。私も、一緒に酌み交わす相手が欲しかったんだ。さあ真樹、お父さんと呼んでくれ、そして一緒に飲もう」
 とビールを差し出した。
「はい……頂きます。お父さん」
 そのビールをコップに受け取る真樹。
 涙の混じったそのビールはほろ苦かった。


 翌日は頭が痛かった。
 真樹は酒に弱い事が改めて判明した。母が警告していたはずだが、一度飲みはじめると止められない性格だった。
 以前の自分ならあれくらい何でもないのだが、今の自分の内臓は真樹のものだ。それもアルコール分解に関わる肝臓は、その処理能力が低い、つまり下戸に近いということだった。
 しくじったな……。
 ふと時計を見ると丁度午前六時だった。
「あ! いけない!」
 ゆっくり寝ているわけにはいかない。
 昨日の母との会話から、真樹が食事の手伝いをさせられている事に気づいていたからだ。朝食の支度を手伝わなければいけなかった。
 朝食は父親の出社時間に合わせて早めに取るらしかった。
 ベッドを飛び降り、パジャマを脱いで大急ぎで着替えると台所へ向かった。
 すでに母は起きて朝食の用意をしていた。
「おはようございます。お母さん」
「おはよう。お寝坊さんね、真樹は」
「すみません。今手伝います」
「飲み過ぎるからですよ。エプロンはそっちに掛かっているわ」
 指差した先の食器棚のそばの衣紋掛けにエプロンが掛かっていた。それを被って準備を整えると炊事にかかった。
「お味噌汁を作ってくれるかしら。わたしは煮魚と他のもの作ってるから」
「はい。わかりました」
 味噌汁は食事の基本である。それを任せるのは、真樹の料理の腕を見てみようということであった。すでに昨日、夕食の味噌汁を食べている。斎藤家の味噌汁の味を出せるかどうか、どれだけ近づけられるかを試されているのだ。もちろん真樹が男性だったとは露も知らず、女性なら味噌汁くらい作れるだろうという判断だし、朝早く起きて手伝いにきたのだから当然できると思っている。真樹にしたって料理ができるから手伝いに起きてきたのだ。
 冷蔵庫を開けてみると、味噌汁の具として豆腐としじみがあった。昨日、スーパーで買ってきたものだ。
「しじみの味噌汁でいいわね」
 こんぶと鰹節でダシを取ることにする。
 こんぶは水から煮出しをはじめ、鰹節は頃合を見計らってすぐに上げられるようにストレーナーを使う。しじみからも旨味成分が出てくるので、それを考慮に入れている。次にしじみを入れ、味噌を味噌漉しを使って入れる。
 豆腐をきざんで味噌汁の中に落としこんでいく。
 やがて味噌汁のいい香りが漂いはじめる。
 味見をしてみる。
「こんなものかしら」
 だいたい出来上がったようだ。
 火を消す前に、
「お母さん、味見をお願いします?」
 念のために母にみてもらうことにした。
「どれ、みせて」
 小皿に味噌汁をすくって味を見ている母。
「ちょっと味が薄いようだけど、はじめてにしては上出来よ」
「ありがとうございます」
 火を消してコンロから降ろし、鍋敷きを敷いた食卓の上に置いた。そしてすぐさまコンロの周囲の汚れを布巾できれいに落とす。冷めて固まると落としにくくなるし、後からだとついつい億劫になってそのまま放置がちになってしまうからだ。
「あなた料理上手ね。まさかこんぶと鰹節でダシを取るところからはじめるなんて思いもしなかったわ。適当に味の素で味付けするかと思ったのにね。コンロの汚れもすぐに落としていたし、あなたのお母さんに教えられたの?」
「はい。母がいつも作るところを手伝っていましたから」
 それは本当のことだった。
 料理好きだった母から料理の基本から教えこまれた。母は、真樹(薫)が性別不適合者として女性の心を持っていると理解してくれていて、女性としてのたしなみを徹底的に教え込んてくれていたのだ。炊事・洗濯・掃除からはじまって、立ち居振る舞いから化粧方法まで丁寧に教えてくれたのだ。
「これだと、わたしが教えることはないわね。あなたのお母さんに感謝しなくちゃ。後は斎藤家の味に近づけるだけね。お父さんの味覚は保守的で、ちょっと味が変わっただけでも味噌汁を残しちゃうの」
「はい、教えてください。努力します」
「まあ、真樹さんが直接造った料理だったら、文句言わずに全部食べてくれるだろうけど、やはり長年食べ慣れた味じゃないとやっぱりね……」
「あたしもそう思います」

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