特務捜査官レディー(八)抱擁
2021.07.12

特務捜査官レディー(R15+指定)
(響子そして/サイドストーリー)


(八)抱擁

「そうだったの……」
 と母は重苦しく呟いたまま口黙ってしまった。
「ごめんなさい……」
 真樹はただ謝るばかりしかできなかった。涙が溢れて次から次へと頬を伝って流れていく。
 やがて母が口を開いた。
「もう一度確認しますけど……。あなたの身体の中に、真樹のすべてが移植されたというのは、本当なんですね?」
「はい。もし将来結婚して子供が産まれたら、ご両親の血を引いていることになります。間違いありません」
「そうですか……。わざわざ報告しにきてくれて、ありがとう。あなた自身、どうしようかと随分悩んだんでしょうね」
 真樹は立ち上がって、お暇することにした。すべてを告白してしまったからには、ここには居られない。
「それじゃあ、あたし帰ります」
「帰るって……。住むところはあるの? あなた自身の家には戻れないんでしょう?」
「何とかなると思います。駅前にビジネスホテルがありましたから、取り敢えず二三日泊まりながらアパートを探します。しばらく暮らせるだけのお金もありますから。ただ、真樹さんの戸籍を使わせて下さい。あたしが生きるためには必要なんです。お願いします」
「それは……、真樹が死んでしまったというなら構わないけど……」
 玄関に降り、靴を履こうとした時だった。
「やっぱり、あなたがこの家を出ていくことはないわ」
「え?」
「いいえ、あなたは真樹よ。わたしが産んだ娘に違いないわ」
「でも……」
「あなたの身体の中では、真樹が生き続けているんでしょう?」
「そうですけど……」
「だったら、わたし達から、真樹を取り上げないでください。真樹は一人娘なんですよ。娘がいなくなったら生きてく希望を失ってしまいます」
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「このまま、わたし達の娘の真樹として暮らしていただけませんか?」
「え?」
「お願いです。一緒に暮らしましょうよ、母娘として」
「いいんですか? こんなあたしで」
「だって、あなたは真樹なんですから……」
 そう言って真樹を強く抱きしめながら涙を流した。
「お母さん……」
 真樹も感激に身体を震わせて泣いていた。
 それ以上の言葉はいらなかった。
 二人は抱き合いながら涙を流し続けた。

 ひとしきり泣いて落ち着いた頃、
「さあ、真樹。お茶の続きをしましょう。とっておきのお菓子があるのよ」
 と、精一杯の笑顔を見せながら、手を差し伸べてくれた。
 その手を取って答える。
「はい。お母さん」


 母が夕食の準備をはじめた。
 手伝いますと言ったが、
「さっき言ったでしょ。疲れてるだろうから休んでなさい。でも明日からは手伝っていただきますからね。あなたはわたしの娘なんだから」
 ということで、台所を追い出されてしまった。
「着替えてらっしゃいな。あなたのお部屋は二階へ上がってすぐ右手の部屋です。部屋のものはすべてあなたが自由に使って結構よ」
 言われるままに、真樹の部屋に行き着替えて、居間でTVを見て過ごす事になった。
 エンジン音が轟いて、外で車が止まった。
 そしてシャッターを開ける音がして、車庫入れしているエンジン音が続いて響いてくる。
「お父さんが帰ってきたわ。ちょっと試してみましょう」
「試すって?」
「もちろん、あなたが本物の真樹かどうかを区別できるかよ」
「いいのかしら、そんな事して」
「いいから、いいから。見てなさい」
 といいながら玄関先に出迎えに行く母。
「あたしも玄関に迎えにいった方がいい?」
「以前の真樹はそんな事しませんでしたよ。父親が帰っても動かなかったわ」
 あ、そう……。
 しばらくして、玄関から声が聞こえてくる。
「お帰りなさいませ。真樹が帰ってきたわよ」
「そうか、帰ってきたか。無事で何よりだ」
 やがて父親が居間に姿を現した。
「お帰りなさい、お父さん」
 真樹は笑顔を作って挨拶する。
 はじめて会う相手だが、努めて親しげに話し掛ける。
「ああ、ただいま。おまえこそ、無事で何よりだ。心配していたんだぞ」
 気づいていないようだった。
 母の方を見ると、微笑んでウィンクを返してきた。
 ね、気づかないでしょう?
 そう言っているように感じた。
「お食事になさいますか? それとも先にお風呂に入りますか?」
「風呂は後でいい。ビールを持ってきてくれ」
「わかりました」
 すぐに冷たいビールが運ばれてきた。
 真樹はビール瓶を受け取って、父親に酌をしてあげた。
「お父さんどうぞ」
「おお、済まんね」
 父親が差し出すコップにビールを注いであげる真樹。
「どうだ。真樹も飲むか?」
「お父さん、真樹にビールは無理ですよ」
「何言ってる、もう二十歳じゃないか。社会に出れば、飲まなければならない事もあるんだ。どうだ?」
「じゃあ、少しだけ頂きます」
「そうこなくっちゃ。おい、コップをもう一つだ」
「しようがないわねえ、二人とも」
 と言いつつ、母はコップを持ってきてくれた。
「真樹、ほどほどにしなさいよ。あなたお酒は飲めないんだからね」
 そうか……、飲めないのか。母は忠告してくれたのだ。
「はい」
 本来なら酒を飲んでいられる状況ではなかった。
 しかし、この後に母から父親に告白されることを考えると、アルコールの助けを借りたい気分だったのだ。母もそれに同意してくれているようだった。取合えずコップ一杯くらいならいいだろう。と思っていたのだが……、気がついたら一緒になって飲んでいた。長年の癖はなかなか直せないものだ。
 しばし父親と娘で酌み交わす酒。
 世間一般として年頃の娘と父親の関係というものは、何かと断絶の風潮があるものだ。それがこうして仲良く娘と一緒に飲めるというのはやはり嬉しいことのようだ。
 ほろ酔い気分になった父親をみて、頃合よしと判断した母が切り出した。
「ところでお父さん。真樹を見て、何か感じませんか?」
「何かって何だよ。こうして一緒に酒を飲んで、少し大人びた感じはするがな」
「ですが、あなたの目の前にいる娘は、本当の真樹じゃないんですよ」
「真樹じゃない? どういうことだ」
 父親の真正面に居を正して腰を降ろし、説明をはじめる母。
 その隣で小さくなっている真樹。

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v




にほんブログ村 本ブログ 小説へ
にほんブログ村



11
コメント一覧
コメント投稿

名前

URL

メッセージ

- CafeLog -