特務捜査官レディー(三)逃亡
2021.07.07

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(三)逃亡

 宿舎を目前にした所で、急に敬が立ち止まった。
 険しい目つきになり宿舎前に停車している車を凝視している。
 野生の勘が立ち止まらせたようだ。
「どうしたの? 立ち止まって」
「逃げるぞ」
「え! なんで?」
 だが、次の瞬間銃声がしたかと思うと、二人のすぐそばに着弾した。
「撃ってきた! あたし達を狙っているの?」
「そういうことだ。どうやら俺達は、局長にはめられたんだ」
「どういうこと?」
「ニューヨーク市警研修は口実だ。俺達を日本から遠く離れたニューヨークの地で抹殺するのが目的だったんだ」
「そんな……」
「日本では何かと警察官の不祥事続きで風当たりが強いからな。こっちでならどのような風にでも事件をでっち上げられると思ったのだろう。適当に死亡報告書が提出されて日本に遺体で帰るという算段だろう」
「ひどい!」
「とにかく逃げるが先だ」

 角を曲がった時だった。目の前に銃を構えた追っ手が立ちふさがっていた。
 だが、敬の反応の方が早かった。間髪入れずに回し蹴りを食らわすと、どうっとばかりに相手は地面に突っ伏した。
「ふん! 日本の警察官を甘く見るなよ」
 その懐から落ちた手帳を拾い上げる薫。
「見て、敬!」
「なんだ」
「こいつ警察官よ」
「ほんとうか!」
「ほら、警察手帳」
 といって懐からこぼれ落ちた手帳を開いて見せた。
「そういうことか……、市警本部長もグルだったんだ」
「そんなあ、警察が相手だったら逃げきれないわ」
「ああ、空港に張り込まれたら、国外脱出もできない。袋のねずみだ」
「せめてニューヨークからでも離れないとだめね」
「とにかくこいつは貰っておこう」
 拳銃を拾い上げる敬。
「シグ・ザウエルP226か……。警察官というのは本当みたいだ」
 P226は、スイスのシグ社とドイツの子会社ザウエルが製造している、FBIやCIA及び各警察署のご用達の拳銃だった。全長196mm・重量845g・口径9mmx19・装弾数15+1発だ。日本の陸上自衛隊も使用しているP220(9mm拳銃)の性能を向上させ、マガジンをダブルカアラム化して装弾数を増加させたものだ。
シグザウエルP226
 銃を手にした敬は、立ちふさがる刺客を次々に撃ち倒しながら、ついでに倒した相手の銃の補充を繰り返しながら逃げ回っていた。
「敬、射撃の腕、上がったね」
「命が掛かっているからね。火事場の何とやらだ。それに図体がでかいから当てやすいしな」
 とにかく相手は警察だ。
 赴任してきたばかりで、まるで知らないニューヨーク。身を寄せる場所も隠れ場所もなかった。
 やがて事態は深刻になってきた。
「奴等、拳銃じゃ埒があかないと、マシンガン持ち出してきやがった」
「敬……ちょっと待って……」
 薫が立ち止まった。息があがり苦しそうだ。
 まずいな……。薫は体力的に限界だ。これ以上走れそうになかった。
 こうなったら俺が囮となって奴等を引き付けて、その隙きに逃げださせるしかない。

「薫、いいか。おまえはここでうずくまって隠れているんだぞ、いいな」
「敬は、どうするの?」
「俺が奴等を引き付ける。そして銃声が遠ざかっていったら、おりをみてここから逃げ出してニューヨークを離れろ」
「いやだよ。あたしは、ずっと敬と一緒にいるんだから。誓い合ったじゃない」
「今はそんなことを言って……」
「危ない!」
 薫が急に立ち上がって、俺の背後に回った。
 マシンガンが掃射される。
 俺はすかさず拳銃で相手を倒した。
「た、たかし……」
 薫が、か細い声を出し、地面に崩れ落ちた。
「か、薫!」
 その腹部に無数の弾痕と血が吹き出していた。
「う、撃たれちゃった。ごめんなさい、あたしはもうだめだわ。あたしを置いて、敬一人で逃げて」
「馬鹿野郎、おまえを放っておけるわけがないだろう。俺達はどこまでも一緒だろ」
「ふふ……。それさっきあたしが言った言葉。でも、あたしは助かりっこない。自分でもわかる」
「おまえを置いてはいけない」
 敬は薫を抱きかかえるとゆっくりと歩きだした。敬とて疲れ切っていた。それを薫を抱いていくとなると余計に負担がかかる。腕が痺れ足が棒のように固くなった。

「最後のお願いよ。あたしを愛しているのなら、生き抜いて頂戴。生きて生き抜いて、あたしの分まで長生きして欲しいの。だから、あたしを置いて、一人で逃げてお願い」
「そんなこと……できるわけ……ないよ。愛してるからこそ、死ぬ時は一緒だよ……」
「そんな哀しい事言わないで。もういいの。こんなあたしと、今日までずっと一緒にいてくれてありがとう」

 再び足音が近づいてきた。
「ちきしょう。しつこい奴等だ」
「敬、はやく逃げて。あたしを愛してるのなら、逃げて生き残って」
「……。判ったよ」
 そっと薫を地面に寝かせつける敬。
「いいか、おまえも最期の最期まで、生きる希望を捨てるなよ。簡単に死ぬんじゃないぞ、俺が迎えにくるのを信じて、命の炎を絶やすんじゃない」
「判ったわ、待ってる」
「それじゃあ、行くよ」
「ええ、頑張って」
 立ち上がり、駆け出す敬。
 その後ろ姿を見つめる薫。
「必ず、生きぬいて……」
 やがてゆっくりと目を閉じて動かなくなった。
 そのそばに駆け寄る抹殺者達。
「死んでるな。こいつは放っておいて男を追うぞ」
 一目見て判断し、敬を追い掛ける。

 静寂を取り戻した路地裏。
 横たわる薫に近づく人影があった。屈みこみ、薫の頸部に指を当てている。
「まだ、脈があるな。助かるかも知れない」
 そう言うと、薫を抱きかかえて運び、乗ってきた車に乗せていずこへと走り去ってしまった。

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