思いはるかな甲子園~決勝戦~
2021.06.29

思いはるかな甲子園


■ 決勝戦 ■

 夏の全国高等学校野球選手権大会の県予選がはじまった。
 栄進高校は、一年生ピッチャーの白鳥順平を、守備でカバーしあって、記録係り兼コーチとしてダッグアウトに入っている、司令塔の梓の作戦に従って勝ち進んでいた。
 そしてとうとう決勝戦に駒を進めたのである。その対戦相手校は城東学園となった。
 二年連続の決勝進出ということで、学校やOB会、地元商店街後援会が大々的な応援団を組織して、決勝大会野球場へ乗り込んできていた。
 県の決勝大会にはTV中継が入っており、各所にTVカメラがグランドや両校のベンチの様子を捉えている。アナウンス室にはアナウンサーと解説者が陣取って、実況中継をしていた。

『さて、全国高等学校野球選手権県大会も大詰め、とうとう決勝戦に駒を進めました。対するはくしくも去年と同じカードとなりました、城東学園高校と栄進高校です』
『プロのスカウトも注目の、超高校級スラッガー沢渡健児君のいる城東学園に、一年生ピッチャーを盛りたてて勝ちあがってきた栄進高校が、どんな戦いを挑んでくるかが見物ですね』
『両校の応援席には溢れんばかりの人々が陣取り、甲子園に期待を膨らませています』

 栄進高校のダッグアウト。山中主将が、うろうろして落ち着かない様子。
「遅い!」
 イライラしている山中主将。
「順平の奴、どうしたんだ。もうじき試合が始まっちまうぞ」
 学校から球場へバスで来ていた部員達。
 そのバスの発車時刻になっても木下順平が来なかったのである。
 電話連絡しても繋がらず、自宅では出た後だという。
 仕方なく順平には、タクシーで来るようにと連絡要員に言付けて、見切り発車した。
 いつまで経っても来ないまま、ついに試合開始直前となったのである。

 その時、部員の一人が息せき切って入ってくる。
「大変です。順平のやつが!」

『ちょっと、お待ち下さい。あ、大変です。栄進高校のピッチャー白鳥君、球場に来る途中で負傷したとの知らせが入ってまいりました。自転車で学校へ向かっていた所、子供が路地から飛び出し、それを避けようとした際に転倒して、腕にひびが入ったそうです』
『これは先の夏の長居浩二君の時の再来になってしまいましたね。実に不運としか言い用がありませんねえ。白鳥君、軽傷で済めばいいのですが』
『さてエース白鳥君不在の栄進高校、誰をマウンドに送るのでしょうか』
『えーと。部員数が不足していて、ベンチ入り十二名でこの試合に臨んでいる栄進高校です。控えの投手はいないようですが……』

 病院で治療を終えた順平がダッグアウトに入ってきた。
 肩から下げた三角布に、ぐるりと包帯を巻いた右腕が痛々しい。
「すみません、キャプテン。みなさん」
 うなだれて言葉も弱々しい。
「事故はどうしようもないさ。まあ、ベンチで応援していてくれ」
 事故の報告を受けていた山中主将が、順平の肩を叩きながら諭すように言う。
「それにしても……」
 ダッグアウトから応援席に視線を移す山中主将。
 栄進高校の甲子園出場を夢見て集まった大勢の人々。
 このまま試合放棄となれば、黙っていないだろう。去年の試合後にだって、散々陰口を叩かれたのだ。
 なにより順平のことが心配だ。二度と立ち直れないほどの精神的ショックを被ることになる。来年、再来年のエースピッチャーとなる素質を失うわけにはいかなかった。
「梓ちゃん。君が投げてくれ」
「え? ボクが」
「一応、梓ちゃんを選手として登録してあるんだ。部員が少ないからね。髪をまとめて帽子を深く被れば女の子とばれないかも知れない」
「しかし、ルール違反ですよ」
「そんなことは、わかっているよ」
「じゃあ……」
「栄進高校がここまでやってこられたのは梓ちゃんのおかげだ。これには誰も異議をとなえるものはいないだろう。
「そうですよ。他の部員が投げてもコールド負けが目にみえていますよ。相手は城東ですからね」
 山中主将に答えるように武藤が賛同する。
「梓ちゃん。投げなよ、どんなになってもみんな恨みはしないよ」
「そうそう。女の子とばれちゃったりして没収試合になってもね」
 みんなが異口同音に誘う。
「梓さん。僕からもお願いします。このままでは、去年死んだ長居先輩も浮かばれないと思うんです」
 最後に口を開いた順平。
「長居……」
 その言葉が梓の心を動かした。
「わかった。みんながそこまでいうなら、ボク投げるよ」
「よっしゃー! 武藤、先発メンバーの変更を届けてこい」
「あいよ」

 髪を掻き上げてまとめヘアピンで固定する。そして帽子を深く被って、はみ出した髪の毛をその中に押し込む。
「うん。まあまあ、いけるんじゃないか」
 準備が整った梓の姿を山中主将が誉める。
「しかし、城東の連中がどう出ますかね。梓ちゃんとは一度対戦してますから、すぐにわかっちゃいますよ」
「そこは、彼らの野球道精神にかけるさ。梓ちゃんには破れているから、雪辱戦を挑んでくることを期待しよう」
「野球道精神ねえ……」

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