思いはるかな甲子園~ソフトボール部の勧誘~
2021.06.25

思いはるかな甲子園


■ ソフトボール部の勧誘 ■

 絵利香達と昼食をとっている梓。
 教室に三年生らしき女子が入ってきてきょろきょろしている。
 手近にいた一年生に何やら聞いている。
 その一年生、梓の方を指さしている。
 梓の顔を見つけると歩み寄ってくる。
「ちょっと、あなたが梓ちゃんね」
「え? そうですけど」
「あなた、野球部でピッチャーやっているそうね」
「まあ、そうですけど」
「ねえ、うちのソフトボール部に入部しない?」
「ソフトボール?」
「そうよ。山中君から聞いたんだけど、高校野球でも十分通用するんだって? だからぜひともソフトボール部に入ってほしいのよ。もちろんレギュラーでピッチャーやってもらうわ。どう?」
「ソフトボールねえ……やめとくよ」
「どうしてよ」
「だって、あんな子供の遊びなんかやる気ないもん」
「子供の遊びですって!」
「その通りだよ」
「言ったわねえ。だったら私達と勝負しなさい」
「勝負?」
「そうよ。勝負して私達が負けたらあきらめるわ」
「いいよ。勝負しても」
「ありがとう。じゃあ早速、放課後にグラウンドにきてね」

 絵利香が質問した。
「ねえねえ、どうして勝負するなんていったの」
「だってそうでもしないと、いつまでもしつこく言いよってくるよ、きっと」
「だからって、もし負けたら……」
「負けないよ、ボク」

 放課後。
 ピッチャーズマウンドで、腕をぐるぐる廻して肩慣らしをしている梓。制服からジャージに着替えて勝負に挑んでいる。
 近くのベンチに腰掛けて観戦している絵利香。
「さあ、いつでもいいわ。投げて」
 バッターボックスに立って、催促する高木。
「いきますよ」
「いらっしゃい」
(野球のアンダースローしか投げた事ないはず。ソフトボール独特の投げ方はどうかしら?)

 腕をぐるぐる廻し投げするソフトボール独特のアンダースローから放たれたボールは、あっという間に捕手のミットに収まった。
「は、はやい!」
「驚いてるわね。ソフトボール式の投げ方も練習していたんだよ」
「ス、ストライク!」
 審判役の部員も目を丸くしている。
「まさか、こんな球が投げられるなんて……」
 そして、二球目。
 高木の打球はピッチャーゴロとなって梓のグラブへ、それを一塁に投げてアウト!
 絵利香が微笑んで軽く拍手している。
「そ、それじゃあ、攻守を交代しましょう」
「わかりました」
 マウンドを降り、絵利香にグラブを預けて打席にはいる梓。
 代わってマウンドに上がる高木。地面をならしながら投球体勢に入る。
「わたしの球が打てるかしら、三年生でもたやすく打たせたことないのよ」
 一球目ストライク。
 にやりとほくそ笑む梓。一球目を見送ったのは球速とコースを読んだからである。
 次ぎなる球を、こともなげに真芯で捉えて、軽々と外野へ飛ばした。あわやホームランというセンターを越えるヒットであった。
 球速が速いといっても、硬式野球の速さに比べれば段違いである。マウンドとベースの間の距離は短いし、大きな球が飛んでくるので、速いと錯覚してしまうだけである。
 球が大きいのでジャストヒットポイントが狭いし、使用するバットも細いので、慣れないとぼてぼてのゴロにしかならないが、じっくり見据えて、真芯を捉えてジャストミートすれば必ず飛ぶ。
 エースピッチャーが打たれたのを見て呆然としている部員達。
 打球が飛んだ方向を見つめている高木。
「さすがだわ、豪語するだけのことはある。わたしの負けだわ」
「はい。お返しします」
 とバットを捕手に預けて、
「じゃあ、帰りましょう」
 と絵利香を誘い、すたすたと立ち去っていく梓。

「山中君いる?」
 野球部の主将である山中のところにソフトボール部主将の高木愛子がやってきた。
「何だ、愛子か」
 実は二人は幼馴染みであった。
「あんたのところの梓ちゃんのことだけどさあ」
「梓ちゃん?」
「そう」
「だめだ、貸さない」
「何も言ってないじゃない」
「言わなくてもわかるさ。県大会があるから、大会の間だけでもメンバーに入れたいから貸してくれ、っていうんだろ」
「さすが、山中くんね」
「18年もつき合ってりゃ、おまえの考えていることなど、お見通しさ。おまえ、梓ちゃんと勝負して負けたそうじゃないか」
「わ、悪かったわね」
「とにかくだめだ」
「そう……お願いきいてくれたら、あたしのすべてを、あ・げ・る」
「うん。やめとくよ」
「そっかあ、他にはアイドル歌手〇〇〇のサイン入り色紙あげようかと、思ったのになあ」
 と、手にした色紙を見せびらかす高木。
「なに! 〇〇〇のサイン入り色紙」
「あんたの好きな歌手……だったわよね」
「し、しかし。これは梓ちゃんの意向にかかわることだし……」
 色紙をちらちらとかざされて、つばを飲み込む山中主将だった。

「ええ? なんでボクがソフトボールの助っ人に入らなきゃならないのですか」
「だいたい。野球にしろソフトにしろ、チームプレーが大切なんですよ。ただうまいというだけで、ぽっと入った新人がすぐにチームに馴染むわけないです」
「しかしだね。あれだけの技量を持っているんだ……」
「キャプテン! ボクはソフトには全然興味がないんです。やめてください」
 うだうだと言うので、ついには口調を荒げる梓。
「わ、わかった。ソフトボールの連中には、そう言っておくよ」
 梓の断固たる態度を見せ付けられては、さすがに撤退するよりなかった。

「……というわけだよ。すまん」
 高木愛子に報告する山中主将。
「まあ、仕方がないわね……。あの子の態度をみてると、断られるだろうとは思っていたわ。でも、まだ一年生だからいくらでも誘い出す機会はあると思うから」
「それで、例のものだけど……」
「ああ、サイン入り色紙ね」
「そ、そう……」
「いいわ。あげるわよ。一応、あの子に口利きしてくれたわけだし、わたし冷たい女じゃないから」
「す、すまないね」

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