思いはるかな甲子園~お邪魔虫2~
2021.06.19

思いはるかな甲子園


■ お邪魔虫2 ■


 校庭の片隅にあるベンチに梓と絵利香、そして順平が座っている。
「なあんだ。そういうわけだったの」
 順平からことの成り行きの説明を受ける梓と絵利香。
「その神谷さんていうのが、キャプテンの幼馴染みでね、表面的には喧嘩ばかりしていますが、内心だかは好き合っているというもっぱらの噂ですよ」
「へえ、そうなんだ」
「仲がいいほど、喧嘩もよくするってよく言うわよね」
 絵利香が右指を頬に軽くあてて空を仰ぐように呟いた。
「でもさ。ボクが来る以前はそんなに汚かったんですか?」
「え、まあその通りです。」
「ふうん……ヌードポスターとかが壁に貼ってあったりとか?」
 順平の顔色を伺いながら尋ねる絵利香。
「そ、そうです」
「ポスターくらいならいいんじゃないかなあ。普通の男の子なら当然のことじゃないの」
 かつての野球部部室の実情を知っているし、男の子の気持ちを痛いほどに理解している梓ならではの言葉である。
「まあ、いろいろと部員で相談して決めたことです」
「そっかあ……」
 ふと空を見上げ、片手で掻きあげた長い髪からほのかな香りが漂う。


 部室でたむろしている部員達。
「しかし梓ちゃんがマネージャーになって、本当によかったなあ。俺達運がいいよ、この間の風紀委員会の部室検査の時だってさ」
「ああそうだ。かわいい声でボクなんていうところが、ぞくっとして快感だよな」
「スタイルもまあまあだし、おめめぱっちりでかあいいしなあ。ちょっと胸が小さいけど……」
「馬鹿野郎! 本人の前でそれだけは絶体に言うなよ。怒ってやめられたらたいへんだ」
「女の子は胸の大きさじゃねえ」
「妹にしていつでも一緒にいたいよ」
「おめえの妹、ひでえもんな」
「ああ、ひでえ」
「あ、こいつ梓ちゃんの写真持ってやがる」
「何! 見せろ」
「いつのまに取りやがったんだ」
「おい、いつまでさぼっているんだ。練習時間はとっくに始まっているぞ」
 いつのにか入ってきていた主将が一喝した。
「それがこいつ、梓ちゃんの生写真を隠し持っていたんだよ」
「馬鹿やろう。俺にも焼増してくれ」
「キャプテン!」
「冗談だよ。さあ、はじめるぞ」
「はい!」

 数週間後のファミレス。
 端末を持ってオーダーを受ける梓。
 その表情は暗くて硬い。なぜなら……。
 テーブルには常連客となった野球部員達がいるからだ。
 今日の面子は、武藤・熊谷・安西、そして郷田である。家が金持ちで財布に余裕がある武藤は必ず来ている。反対に一度も顔を見せないのが、家がすし屋のため手伝いで、配達・集金の出前持ちに駆けずり回っている山中主将。もちろん家業手伝いのために、彼にはバイク乗車許可証が学校側から発行されている。
「あ、俺は、ハンバーグステーキ。ライス大盛りね。あと、やまかけそば」
「俺は、ギョウザとオムライス。天ぷら味噌煮込みうどん」
「チャーシューラーメンに牛丼大盛り」
「カツカレーにちゃんぽん麺」
 何度か通って、梓達のタイムスケジュールや担当テーブルを把握してしまった部員達。あまり迷惑を掛けないようにとの配慮で、昼食時間帯を外してくれているとはいえ、迷惑なことには違いない。がしかし、お客様はお客様。丁寧至極に応対する梓達。
 しかし食べ盛りの男子野球部員。そのオーダーはライス物と麺類という組み合わせで、ほとんど二人前である。さすがにこれには驚かされる梓だった。実は、梓が浩二だった頃には、三人前をぺろりと平らげていたのだが、すっかり記憶から消えている。
(どうでもいいけど、懐具合は大丈夫なのかしら? コンビニでバイトしてる先輩も多いけど)
 ファミレスだから、お値段はわりとお手頃価格になっているとはいえ、数日に渡って来店していりゃ、財布も底をつく。それでバイトの日数を増やして、稼いでいたとしたら本末転倒である。そんな暇があったら野球の練習でもしたほうが良い。

 お邪魔虫ではあるが、彼らもコンビニなどでバイトしている者もいるせいか、仕事中の梓達に話し掛けてはいけないという節度はわきまえているし、
「ウェイトレスさん! スプーン落としたので取り替えてください」
 というように、「梓ちゃん」などと馴れ馴れしく個人名で呼んだりもしない。
 ただ素敵なユニフォームを着て、かいがいしく働く可愛い姿を見るだけで満足しているようだ。


■ 梓、投げる ■


 梓がきてからというもの、身をいれて練習に励むようになった部員達。
 梓にいいところを見せようという不純な動機はみえみえだが、それはそれでよしとして、あえて問わないことにされた。
 グランドの隅で、控え捕手の田中宏と投球練習している順平のそばに梓が歩み寄ってきた。
「ねえ、順平君」
「何でしょう?」
「ボクにも投げさせてくれない?」
「え! 梓ちゃんが?」
「うん」
 とにっこりと微笑んでみせる。
「しかしねえ……」
 その時、山中主将が歩みよってくる。
「どうした?」
「梓ちゃんが投げてみたいっていうんですよ」
「梓ちゃんがか」
「一度投げてみたかったんだ、ボク。おねがい」
 と、両手を胸の前で合わせて拝むようなポーズを取る梓。
「まいったなあ」
 山中主将、頭をかいている。
 いつのまにか、他の部員達も集まってきていた。
「キャプテン。いいじゃないですか、投げさせてみたら」
「うん。どうせならマウンドから打者を入れて投げさせて欲しいな」
「バッティングピッチャーやりたいの?」
「うん。お願い」
 精一杯の笑顔を見せる梓。
「しょうがないなあ。でも三球だけだよ」
 可愛い顔でお願いされては、山中主将もかたなしといった表情で許可せざるを得なかった。
 バッターボックスに打者を立たせて、マウンドに登る梓。
 山中主将が、打者の安西清に耳打ちする。
「いいか、相手は女の子なんだからな」
「わかってますよ。間違っても梓ちゃんのところには打ちませんよ」
「ああ、万が一でもかわいい顔にボールをあてて傷つけたら大変だからな」
「まかせてくださいよ」
 といってバッターボックスに入る。
 捕手の熊谷大五郎がおおげさなジェスチャーでミットを構えて見せる。
 正捕手は山中主将であるが、バッティングピッチャー相手には熊谷が受け止める。
「梓ちゃん。ここだよ、ここね」
 ミットを構えて右手でそのど真ん中を指し示す熊谷。
「はーい」
「おい、安西」
 そして打者に声を掛ける。
「なんだよ」
「わざと空ぶりなんかするなよ」
「馬鹿、そんな梓ちゃんの機嫌をそこねるようなことするわけないだろ」
「それならいい」

 梓、ゆっくりと投球モーションに入る。
「ん……?」
 投球モーションを見て驚く山中主将。
 右手投げ、アンダースローの体勢は、しっかりとしたフォームをしており、プレートを踏んでいる右足を支点としての重心移動には、実に滑らかで寸分のよどみもなかった。
 梓の手を離れて、ボールは円弧を描いて捕手のミットに吸い込まれた。
「馬鹿な!」
 驚いたのは山中主将だけではない。捕手も打者もが魔法を見せられたように呆然としていた。
「おい、今の……」
「あ、ああ」
 ボールの返球を催促する梓に返球する熊谷。
「じゃあ、後二球ね」
 第二球目。
「やっぱり、カーブか?」
 第三球目。
「三度も見逃す俺じゃねえ」
 しかし、バットは宙を切り、ボールはミットに吸い込まれていく。
「スライダー!」
「馬鹿なこの俺が三振だなんて」
 信じられないという表情でバッターボックスから離れる安西。

 全員が狐につままれたような表情をしている。
「ねえ。梓ちゃん、もう少し投げてみてくれないかなあ」
 我に返った山中主将が進言した。
「いいよ」
 代わってバッターボックスに入る郷田。
「おい。今度は、ちゃんとミートして打ち返してみろ」
 山中主将が声を掛ける。
「わかりました」
「ただし、梓ちゃんのところだけには飛ばすなよ」
「わかってますよ」

 ゆっくりとしたモーションで投球する梓。
 球はまっすぐど真ん中コースを進んでいく。
 球速が遅いのを見越してじっくりためてからバットを振り降ろす郷田。
 バットは真芯をとらえ、球は梓めがけて直撃する。
「しまったあ」
「いかん!」
 打球は梓を直撃するコースで飛んでいく。
「梓ちゃん、よけて!」
 全員が悲鳴のような声を出して叫ぶ。
 内野手全員が、梓をかばうがために一斉にマウンドに駆け寄っていく。

 梓は、迫り来る球に対して、目をカッと見開いたかと思うと、パシッとそれをグラブで受け止めて、軽やかなフォームでボールを一塁へ送球しようとする。がしかし、一塁はがら空き、ファーストはすぐそばにいた。これでは投げようにもなげられない。
「しようがないなあ……」

 日が暮れはじめている河川敷き野球部グランド。
 帰り支度をはじめている梓。
「じゃあ、キャプテン。後よろしくね」
「ああ、ごくろうさま」
「なんだ、もう帰るのか」
 武藤が尋ねた。
「うん。今日はお父さんとホテルで食事なんだ」
「ふうん。親娘水入らずってやつか」
「それに最近うるさいんだ。女の子があんまり遅くまで部活するのよく思ってないみたい」
「そうか、一人娘だもんな」
「うん。じゃあね」
「またな」

 グランドを立ち去る梓に視線を送っている部員達。
「女の子はいいですね。早引けできるから」
「あたりまえだ。風紀委員長の神谷さんに知れたら、また一悶着ものだぜ。生徒会規則のえーと……何条だったかな」
 頭を抱える木田に、順平が答えた。
「第二十二条の第四項、クラブ活動における女子生徒に関する条項ですよ」
「おお、それそれ。女子生徒は午後六時以降は顧問教諭の許可を受け、なおかつ午後八時以降の活動を禁止する……てやつだ」

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