梓の非日常/第二部 第七章・船上のメリークリスマス(三)横須賀基地
2021.06.10
続 梓の非日常/終章・船上のメリークリスマス
(三)横須賀基地
梓一行を乗せた戦闘ヘリは、先行する飛行機を追跡する。
やがて目前にその姿が見えてきた。
『追いつきましたよ』
パイロットが指差す方角にエアプレーンが飛んでいた。
「何とか停止させることはできないの?」
「無理ですよ。空中でエンジンを止めれば墜落するだけです」
「まどろっこしいなあ。一発ぶち込んでやれよ。そうしたら俺が飛び込んで助け出してやる」
「どうやって? 助け出したとして、無事に地上に降りれるの?」
「だから……さあ……空中で再び戦闘ヘリに舞い戻るんだよ」
「本気? できるの?」
「さあ……やってみなければ判らないさ」
「もう、冗談は顔だけにして」
成功率百パーセントならお願いものだが、戦闘ヘリは回転翼が邪魔して空中で乗り込むのはほとんど不可能であろう。
「くやしいじゃないか。せっかくの最新装備があるのに……」
VZ/1Z Viperには、AIM/9サイドワインダー空対空ミサイル、AIM/92スティンガー地(空)対空ミサイル他が装備されている。
『まもなく海上に出ます』
前方に東京湾が広がっていた。
エアプレーンは東京国際空港や成田国際空港の飛行コースを避けるように低空飛行を続けていたが、千葉港に差し掛かった辺りで大きく右へと旋回をはじめた。
「こっちの方角には……」
米軍の横須賀基地があった。
と、思った途端。
F/Aー18F戦闘機「スーパー・ホーネット」(第102戦闘攻撃飛行隊)のお出迎えである。
基地に配備されている空母からスクランブルしてきたのであろう。
一瞬にしてすれ違ったと思ったら、後方で旋回して追撃してくる。
完全に後ろを取られてしまった。
ロックオンして攻撃してくるかも知れない。
M61A1/A2 20mm バルカン砲がこちらを睨んでいる。
がしかし、最大巡航速度:150kt /277.8km/h のバイパーとマッハ1.8のスーパーホーネットでは速度差があり過ぎる。
目の前を通り過ぎては、旋回して再び後方に回り込んでくるという仕草を繰り返していた。
やがて眼下に巨大な艦船が目に飛び込んでくる。
ニミッツ級原子力航空母艦の6番艦「ジョージ・ワシントン(CVN-73 George Washington)」である。その両翼には護衛艦のイージス巡洋艦とイージス駆逐艦を従えている。
そして少し離れて、アメリカ海軍第七艦隊の旗艦「ブルー・リッジ(USS Blue Ridge, LCCー19)」が仲良く並んでいた。
排水量 基準 81,600 トン
満載 104,200トン
全長 333 m
全幅 76.8 m
喫水 12.5 m
機関 ウェスティングハウス A4W 原子炉2基
蒸気タービン4機, 4軸, 260,000 shp
最大速 30ノット以上
乗員 士官・兵員:3,200名
航空要員:2,480名
兵装 RIMー7 シースパロー艦対空ミサイル
ファランクス20mmCIWS3基
搭載機 85機
厚木を拠点とする第5空母航空団
横須賀を拠点とする第5空母打撃群
前任の「キティー・ホーク」から任務を引き継いでいる。
RIMー7 シースパロー艦対空ミサイルとファランクス20mmCIWS(近接防御火器システム)が砲口をこちらに向けて自動追尾していた。
そんな中、エアプレーンは「ジョージ・ワシントン」の甲板へと着艦した。
なんで?
軍艦にいとも簡単に着艦した民間のエアプレーン。
常識では考えられないことだった。
『相手側より連絡。眼前の空母「ジョージ・ワシントン」に着艦せよ』
ここは横須賀基地の制空権内である。一機の戦闘ヘリが太刀打ちできるものではない。
『指示に従います』
パイロットが応えて、高度を下げて「ジョージ・ワシントン」の甲板へと着艦した。
着陸した飛行甲板には、たくさんのジェット機が羽を広げて休んでいた。
いつでも飛び立てるように待機しているようだが、すべてエンジンを止めていて発進体勢の機はなさそうだ。
梓たちが戦闘ヘリから飛行甲板に降り立つと、すぐに周りを甲板要員が取り囲んだ。
やはりというべきか銃を構えている保安兵もいる。
やがて人並みが分かれて、高級士官らしき人物が現れた。
にこにこと微笑み両手を広げて迎え入れるように言葉を発した。
『ようこそ、ジョージ・ワシントンへ。艦長のジョン・ヘイリーです』
鷲のマークの階級章と、星にライン四本の肩章は、海軍大佐であることを示している。
火災事故を起こした前艦長のデービッド・ダイコフ海軍大佐に代わって就任したばかりである。
『あ、どうも……真条寺梓です』
訳が分からない一行は唖然とした表情で受け答えする。
そういった事情を知ってか知らずか、艦長は表情をくずさずに案内をはじめた。
『どうぞ、こちらへ。みなさんがお待ちになっております』
と、先に歩き出す艦長。
顔を見合わせる梓一行たちだが、ここは着いて行くしかないようである。
梓、慎二、麗華という順番で歩き出す。
いかに巨大な航空母艦といえども戦闘艦であるから、人がすれ違うのがやっとというくらいに、その通路は意外にも狭い。
特に浸水や火災などのダメージコントロール(damage control)対策としての防護壁が要所に配備されていて、その重厚な扉に身体を屈めてくぐらなければならなかった。
軍艦などの「ダメージコントロール」についての情報は最高機密扱いとなる。太平洋戦争中に大規模な海戦を経験したアメリカ海軍や大日本帝国海軍の頃の戦訓を取り入れた海上自衛隊の艦艇と比べ、それらの経験が比較的少ないヨーロッパ諸国の艦艇は、現在でも可燃性のある材質を使用していたり被弾しやすい箇所に弾薬庫や士官室が配置されているなどの点が見られる。
こういったものは実戦を経験して初めて得られるノウハウでもあるため、訓練等で補うのは難しく、フォークランド紛争においてイギリス海軍の駆逐艦シェフィールドがエグゾセ対艦ミサイルの攻撃を受けた際、不発だったにも拘らずミサイルに残された燃料による火災が発生。これに加えて信管の解体に失敗して爆発が起こり、シェフィールドは沈没している。
何度かの防護扉をくぐりぬけて、やっと広い空間に出た。
そこは、飛行甲板の真下の広大な格納庫だった。
多くのジェット機は飛行甲板に揚げられていて、ここに格納されているのは少数だ。
それもそのはずで、格納庫にはテーブルが並べられて、豪勢な料理が盛り沢山に飾られていたのである。
中央のテーブルには巨大なケーキが、据えられていた。
すると、
『メリークリスマス!』
誰かが叫んだ。
それを合図に方々でクラッカーが鳴らされ、
『メリークリスマス!』
の大合唱がはじまった。
数人の儀礼用の制服を着込んだ高級士官が歩み寄ってきた。
その中の一人の肩章には銀星印が三つ。
つまりは、階級が中将(Vice Admiral)ということになる。
ここ横須賀で中将となると、第46代・第七艦隊司令長官のジョン・ハート中将である。指揮艦「ブルーリッジ」から移乗してきたらしい。
米海軍作戦本部作戦次長(作戦・計画・戦略担当)に転出したウイリアム・クラウバー中将の後任である。
『ジョージ・ワシントン船上クリスマス・パーティーにようこそ』
と言われて、
『船上クリスマス・パーティー』
唖然とするばかりの梓だった。
『驚かせてごめんね』
背後から聞き覚えのある、懐かしい声が届いた。
振り向くと、
『ママ!』
梓の母親の渚だった。
実に久しぶりのご対面だった。
『ママが仕組んだのね』
母親が姿を現したことで、すべてが納得できた。
絵利香の誘拐は、梓をこのジョージ・ワシントンへと誘い込むための偽装だったのだ。
太平洋艦隊司令長官ボブ・ウィロード大将と懇意だからこんな演出も可能であろう。
渚の後方から絵利香が姿を現した。
『絵利香! 無事だったのね』
『無事も何も、渚様の企みだったのね』
『まったく……我が母ながらなんともはや』
そんな中ただ一人、ぽつねんと呆然としている男が一人。
沢渡慎二は圧倒されつづけていた。
第七艦隊司令長官の後方には、さらに高級士官が待機していた。
第五空母打撃群の司令官、リック(Richard)・アレン海軍少将。
第五空母航空団の司令官、マイク・ブラック大佐。
在日米海軍司令官、ジェームズ・D・カリー少将。
ジョージ・ワシントン新艦長ジョン・R・ヘンリー大佐。
横須賀基地司令官グレゴリー・コーバック大佐。
ドナルド・スプリング海軍長官(アメリカ合衆国海軍省における文官の最高位)。
そして駐日大使のトーマス・チーパー。
二度とはお目に掛かれない豪華なメンバーだった。
日本周辺及び極東の平和を守る世界最強の艦隊を運営する諸々の高級士官達である。
大人たちにはシャンパンが開かれ、梓たちにはレモンスカッシュが振舞われた。
そしてもう一度。
『メリー・クリスマス!』
第七艦隊最新航空母艦、ジョージ・ワシントン船上でのクリスマス・パーティーのひとときであった。
米軍所属の艦艇や所属などは、執筆当時のものです。
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