梓の非日常/第二部 第七章・船上のメリークリスマス(二)大追跡
2021.06.09

続 梓の非日常/終章・船上のメリークリスマス


(二)大追跡

 その時、前方から見知った大型バイクが近づいてきた。
 乗員はフルフェイスのヘルメットを被っているので誰かは区別がつかないが、バイクは明らかに慎二のものだった。
 こちらはファントムⅥ、相手が気づかないはずがなく、交差点でUターンして追いかけてきた。
 側面に付けると、窓ガラスをトントンと叩いて、窓を開けるようにうながしている。
「白井さん、窓を開けてください」
 窓が開く。
 相手が大声で語りかける。
「梓ちゃん、そんなに急いでどこへ行くんだ?」
 やはり慎二だった。
「絵利香が誘拐されたのよ」
 風の音に負けないように、梓も大声を張り上げる」
「誘拐?」
「そうよ。今、追いかけているところよ」
「判った!」
 すぐに事態を理解したらしく、慎二はファントムⅥの後方に付いて追従してきた。

 一進一退が続いていたが、どうあがいても追いつけない情勢となっていた。
「石井さん。相手に飛行機に乗られて逃走されても、その軌跡を追跡できるわよね」
「もちろんです」
「なら、そうしてください。もちろん民間や米軍・航空自衛隊の管制センターではなく、真条寺家独自の管制センターでよ」
「判りました」
 梓が言っているのは、若葉台研究所の地下に極秘裏に存在する衛星管理追跡センターのことである。
 すでに臨戦態勢であるのはとっくのことであるが、梓にはまだ知らされていない。
「このまま飛行機で逃げられるのもしゃくね。石井さん、止めてくれるかしら」
「わかりました」
 そして、窓を開けて後続の慎二に合図を送った。
 気がついてそばに寄ってくる慎二。
「何か用か?」
「このままでは追いつけない。そっちのバイクに乗って追いかける」
「二人乗りでかい? しかもそのドレス」
「大丈夫よ、ミニドレスだから」
 梓の着込んでいるパーティードレスは、丈の短い膝上スカートである。ドレスのままバイクに跨ることも可能であろう。
 もっともドレスを着込んだ二輪ライダーというのも、道行く人々を驚かせるには十分であろう。
「しかし、この寒空だぞ」
「大丈夫。これくらいの寒さで凍えていたら、ミニの制服着れないわよ」
「そ、そうかあ?」
 確かに、ただ歩くだけならミニでもいけるだろうが、自動二輪に跨って正面からの冷たい風をまともに受ければ凍傷にだってなるかもしれない。
「いいから、追いかけなさい。寒さは根性で耐えるから」
「わ、わかった」
 二台の車が停車し、梓は自動二輪の後部座席に跨った。
「石井さん。済みませんけど、後から追いかけてきてください」
「かしこまりました」
 後部座席の脇に取り付けられている予備のヘルメットを梓に渡す慎二。
 受け取って頭に被る梓。
「しっかりつかまっていろよ」
「あいよ」
 重低音を響かせて発進する自動二輪。
 石井を残して、タンデムで先行する暴漢者の車を追いかける。

 自動二輪の機動性と速度は、石井がいかにレースドライバーでも、ファントムⅥではとうてい出せないものだった。
 メーター振り切れば、ゆうに時速二百キロは出る。
 自動車で渋滞した道路でも、脇の隙間を縫うように走って、交通渋滞も皆無である。もちろんそれなりの運転テクニックが必要だが。
 梓は、すさまじい風圧に耐えていた。
 ドレスの裾は、風にあおられてひらひらと捲くり上がり、ショーツが丸見えとなっている。
 道行く男達は一様に驚き、鼻の下を伸ばしている。
 しかし、悠長なことは言っていられない。
 絵利香が大変なことになっているやも知れないのである。

 やがて暴漢者達の乗った自動車が目前に現れた。
 ついに追いついたのである。
「あの車よ。脇に着けて」
「判った」
 さらに加速して、暴漢者達の車にバイクを横付けする慎二。
 その車の中に捉えられた絵利香の姿があった。
「絵利香!」
 絵利香もこちらに気づいて、窓に両手を当てるようにして助けを求めていた。
「梓ちゃん!」
 見つめあう梓と絵利香。
「待ってて、今助けるから」
 その声が届いたかどうかは判らぬが絵利香の表情に赤みがさしていた。


 ウィンドウを隔てての再会。
 絵利香が何か言っているようだが、防音ガラスらしく聞こえない。

 突然助手席の窓が開いて何かを握った手がでてきた。
 自動拳銃である。
 銃口はこちらを向いている。
 危険を感じ取った慎二はすかさず後退して車の真後ろに回った。
「危ねえなあ。これじゃ、完璧に人質じゃないか」
 どうしようもなかった。
 相手が拳銃を持っているとなると、絵利香は人質に取られているといってよかった。
 ただ追いかけるだけである。
 桶川飛行場が近づいている。
「もっと飛ばせないの? このままじゃ逃げられちゃう」
「しようがねえだろ、タンデムで走ってるんだ。そうそう飛ばせるか!」
 梓はポシェットに入れていた携帯を取り出した。
 ボタンを操作すると、地図が現れて二つの光点が表示された。
 ファントムⅥの端末で表示されたデータを、この携帯でも受信できるようになっていた。
「時間差にして約二分……」
 カーチェイスにおいて二分の差は致命的である。
 空でも飛ばない限り追い上げることはほとんど不可能である。
 いつかの峠バトルのようにはいかない。
 それでも少しずつではあるが、距離を縮めてはいた。
 相手にアクシデントが発生するのを期待するだけである。

 上空にヘリコプターが現れた。
 それもただのヘリではない。
 AH/1Z Viper と呼ばれる米軍海兵隊などに配備された最新鋭戦闘ヘリである。
 これを所持しているもう一つの組織がある。
 真条寺家私設軍隊とも呼ばれるAFCセキュリティーシステムズ所属の傭兵部隊である。かの研究所に侵入し逃亡しようとしたスパイを狙撃した、あのスナイパーの所属部隊である。
 戦闘ヘリは明らかに桶川飛行場へと向かっていた。
「麗華さんが手配したのかしら?」
 これで対等に渡り合えることができる。
 桶川飛行場に近づいてきた。
 すると一機の飛行機が飛び立ってゆく。
 おそらく絵利香を乗せた誘拐犯達が乗り込んでいるのだろう。
 やはり間に合わなかった。
 とにかく急ぐ。

 桶川飛行場に着くと、先の戦闘ヘリが待機していた。
 誘拐犯の飛行機とすれ違った際に、撃墜してくれればと一瞬思ったが、絵利香が搭乗している限りそれは出来ない相談である。
 いつでも発進できるようにエンジンをかけたままにしている戦闘ヘリから降りてきた者がいた。
 竜崎麗華だった。

「いつでも追跡可能です」
「すぐに追いかけてください」
 戦闘ヘリに乗り込む梓と麗華、そして慎二も。
 エンジンの回転数が上がって、轟音と共に戦闘ヘリは宙に浮かび上がった。
「これを耳に当ててください」
 渡されたのは騒音防止兼用の通話装置を備えたヘッドウォンだった。
 戦闘ヘリの中では騒音がうるさくて生の会話など不可能であるからだ。
 耳に宛がうと、スピーカーから麗華の声が聞こえてきた。
「絵利香さまを乗せた飛行機は海上へと向かっているようです」
「急いで! 見失わないで」
 梓にパイロットが応答する。
「了解! まかせてください」

 カーチェイスからエアレースに変わっての追跡劇が始まる。

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