梓の非日常/第二部 第七章・船上のメリークリスマス(一)暴漢者達
2021.06.08

続 梓の非日常/第七章・船上のメリークリスマス


(一)暴漢者達

 12月24日。
 世の中はクリスマス一色でお祭り騒ぎである。
 梓と絵利香の二人もクリスマスパーティに招かれて米国大使館へと向かっていた。
 ファントムⅥの車中にて招待状を広げている梓。
 その姿はパーティードレスに身を包んで、さすがにお嬢様という雰囲気に満ち満ちていた。
「慎二君も一緒に連れてくれば良かったのに」
 てっきり二人揃って参加するものと思っていた絵利香だった。
「ふん。あんな奴を誘ったら物笑いになるだけよ」
 と、鼻息を荒げて答える梓。
 実際にも前例があるだけに、その気持ちも判らないではない。
 二人の会話は、運転席との間に設けられた遮音壁に遮られて白井には聞こえないようになっている。

 田園地帯をゆったりと進んでいる。一般車両みたいに先を急ぐような走りはしない。
 仮にファントムⅥが細い道を塞ぐような状態になっても、クラクションを鳴らして急かしたり、無理やりに追い越そうなどという車はいない。
 黒塗り高級外車=暴力団、という先入観があるからである。
 やがて川越市から富士見市へと続く富士見川越バイパスへと進入する。

 と、突然。
 後方から猛スピードで追い上げてくる数台の自動車があった。
 追い越しざまファントムⅥの前を封鎖するように急停車した。
 さらに側面と後方にも停車されて身動きの取れない状況となった。
「な、なに?」
 怯えたように絵利香が震えている。
「あたし達の追っかけファン……というわけでもなさそうね」
 車外を見つめながら梓が答える。
「よく、落ち着いていられるわね」
「この程度のことじゃ、驚かなくなっていてね」
 確かに、命を失う危険のある出来事に何度遭遇したことか。
「お嬢様、賊が出てこいと言っておりますが」
 窓ガラスは防弾・防音となっているので、外の音は梓たちには聞こえない。運転上の必要性から白井だけに、外の音が聞こえるようになっている。
「ここは、おとなしく言うことを聞くしかなさそうね。ドアロックを開けて」
「かしこまりました」
 ドアロックは運転席で白井が操作するようになっている。降りる際に不用意にドアを開けて、後続の車両に追突されるのを防ぐためである。白井は周囲に常に気を配って乗降の確認を取っていた。
「開けました」
 ドアロックを解除する白井。
 ドアを開けて車を降りる梓。
 絵利香も続いて降りる。
 その時だった。
「きゃあ!」
 悲鳴を上げる絵利香。
 暴漢者達が絵利香を抱きかかえるようにして乗ってきた車に押し込み、急発進して逃げ出したのである。
「絵利香ちゃん!」
 残された梓だが、立ち塞がるようにしている居残りの暴漢者達に遮られて身動きできなかった。


 絵利香が誘拐された?

 成すすべがなかった。
 絵利香を連れ去った車が遠く離れて見えなくなると、居残った暴漢者達は身繕いを整えると、乗ってきた車に乗って立ち去っていった。
 自由になった梓は、早速携帯で麗華に連絡を取った。
「ああ、麗華さん。今から、衛星を使って追跡してもらいたいものがあるんだけど」
『追跡ですか?』
「実は、絵利香ちゃんが誘拐されたのよ」
『絵利香さまが誘拐された!?』
「そうなのよ。それで、絵利香ちゃんの持っている携帯からの電波を受信して追跡してもらいたいのよ。できるでしょ?」
『ええ、まあ……。できないことはありませんけど……』
「それじゃあ、お願いします」
『判りました。しばらくお待ちください』


 ここは若葉台にある衛星管理追跡センター。
 北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD)と見まがうばかりの設備機器及び人員が揃っている。
 その任務は、地球軌道上に浮かぶ人工衛星の管理運営である。
 これまでにも登場した【大容量高速通信衛星(AZUSA/1・2・3号機】【資源探査気象衛星(AZUSA/4・5・6・7号機)】などがある。
「軌道修正完了。発射位置に着きました」
「レーザー冷却装置作動中。BEC回路に異常ありません」
「燃料ペレット注入」
「AZUSA9号M機、発射体勢に入りました」
 AZUSA9号は、原子レーザーを搭載した実験衛星である。末尾に(M)と付いているのは13機目ということで、実験衛星がゆえに世代交代が著しい。
 若葉台研究所が開発した原子レーザーの宇宙空間における実用に向けての実験が繰り返されている。
 その他、【多目的観測実験衛星(AZUSA/8・9・10号機)】という天体観測や宇宙実験を行う人工衛星もある。原子レーザー搭載の核兵器転用可能な実験衛星も含まれている。
「司令、麗華様より連絡。お近くのヴィジフォンに出て下さい」
「判った」
 司令と呼ばれた人物は、すぐそばにあった端末を取って応えた。
「キャサリン・レナートです」
 神妙な表情で連絡を受けているキャサリン。
 通話を終えると副司令に向かって、
「彩香。急用ができた。後を引き継いでくれ」
 指示を与えた。
 彩香と呼ばれた副司令が応える。
「かしこまりました」
 指揮を交代すると、別のオペレーターに指示を出すキャサリン。
「AZUSA10号と連絡を取ってくれ」
「はい」
 AZUSA10号とは、情報収集宇宙ステーションのことである。常時十人のスタッフが滞在して、地球上のあらゆる情報を収集している。
 飛び交う電波通信を傍受したり、海上の船舶や航行機などの追跡を行っている。
 サンダーバード5号という異名で呼ばれることも多い。イギリスの特撮人形アニメに登場するメカであるが、詳しくはネット検索して欲しい。
「これから伝える電話番号を持つ携帯電話から発信される電磁波をキャッチして、その移動を追跡してくれ。番号は、090○○○○××××だ」
 連絡を終えると、そばにいたオペレーターが尋ねた。
「何事ですか?」
「梓お嬢さまのご親友の絵利香さまが誘拐されたらしい」
「誘拐!」
「真条寺家の総力をあげて、絵利香さまをお救いするようにとの厳命だ」

 軌道上に浮かぶ宇宙ステーション。
 AZUSA10号の船内オペレーションルーム。
 狭いながらも効率的に配置された機器・端末に向かって忙しそうに働いている。
「どうだ、確認できたか?」
 というのは、チーフオペレーターである。
「はい。絵利香様の携帯電話番号の発振周波数が特定できました」
「よし、早速探知開始せよ」
「了解。発振電波を探知して位置を特定します。三分お待ちください」
「遅い、一分でやれ!」
 衛星管理センターからの厳命があった。
 一刻一秒でも早く、絵利香を探し出せと。
「特定できました! 現在川越市から桶川市へと移動中です」
「よし。それを衛星管理センターへリアルタイムで伝送しろ!」
「了解。衛星管理センターへ、リアルタイムで伝送します」

 富士見川越バイパスの側道に停車しているファントムⅥに搭載している端末に、絵利香の位置情報が転送されて表示されていた。
「お嬢さま、データが転送されてきました。そちらのモニターにも絵利香さまの位置情報を表示します」
 後部座席にもモニターがあった。
 それにリアルタイムの絵利香の位置情報が赤い点滅で示されていた。
 点滅は北へと向かっていた。
「おかしいわね。なぜ、北に向かうのかしら」
「この方角ですと桶川市に向かっているようです。その先には……桶川飛行場があります」
「それだわ! 陸上だと道路封鎖をされるから、飛行機を使って逃げるつもりね。急いで追いかけましょう。石井さん、お願いします」
「かしこまりました。シートベルトをしてください。飛ばします」
 その走りは、とても石井とは思えないほどのものだった。
 道行く車を片っ端から追い抜き、まるでカーチェイスでもやっているかのごとくのものだった。
 それもそのはず、石井はかつてレースドライバーだったのだった。

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v




にほんブログ村 本ブログ 小説へ
にほんブログ村



11
コメント一覧
コメント投稿

名前

URL

メッセージ

- CafeLog -