梓の非日常/第二部 第五章・別荘にて(二)お邪魔虫再び
2021.05.30

続 梓の非日常/第五章・別荘にて


(二)お邪魔虫再び

 梓達が別荘に戻り、食堂に入ると慎二が先に食事を取っていた。
「遅かったじゃないか。先に食ってるぜ」
「おいこら。どうして貴様がここにいる。貴様がこっちに来るのは三日後。クラスメートと一緒のはずだろ」
「いいじゃんかよ。家からずっと自転車こいでやってきたんだから」
「じ、自転車だと?」
「ああ、さすがに疲れたよ」
「自慢のバイクはどうした?」
「ガス欠だ! 最近やたらガソリンが高いだろう。あのバイクはやたらガスを馬鹿食いするのでね。バイト代が追いつかなくて、乗るに乗れねえ状態だ」
「あんな図体のデカイのに乗ってるからだ。ガソリンを撒き散らしているようなもんじゃないか。50ccのバイクにしたらどうだ?」
「ふん! 武士は食わねど高楊枝だ。原チャリになんか乗れるもんか」
「それで、自転車かよ」
「足腰の鍛錬にはいいぜ」
「呆れた奴だ」
「それにしても、朝からフランス料理とは、さすがブルジョワ。さしずめ絵利香ちゃんところなら、会席料理でも出るのかな」
 絵利香の家は、戦国時代から綿々と続く旧豪族の家系であり、その広大な屋敷は国指定重要文化財にも指定されようかというほどの寝殿造りである。
 自分の名前が出たので答える絵利香。
「そうでもないわ。ごく普通だと思うわ。刺身・煮物・焼き魚、そして味噌汁ってところかな。基本的に一汁三菜よ」
「へえ、そうなんだ……。やけに庶民的だな。で、俺は基本的にカップラーメンだ。雲泥の差だな」
「カップラーメン? まさか毎日食べているんじゃないだろな」
「悪いか! 毎日だよ」
「病気になるわよ。塩分取りすぎで糖尿病とかね。最近は太っていなくても糖尿病という人が増えているらしいから」
「大丈夫だ、こいつが病気になるはずがないさ。逆に塩分足りないくらいだ。血の気が多いからな」
 さほどの心配もしていない様子の梓だった。
 会話の間も、ナイフとフォークを休みなく動かして、食事を口に運んでいる慎二。洋式の食事作法に慣れていないようで、その動きはぎこちない。
「それにしても、これだけじゃ。足りないな」
 目の前の料理を平らげて不満そうであった。
 彼にとっては、質より量ということである。
 フランス料理など腹の足しにもならないという感じであった。
「あたし達の後で、遅番のメイド達が食事するから、握り飯でも作ってもらえ」
「はん。ならいいや。それまで何するかな」
「おい、皿にソースが残ってるじゃないか」
「ソース?」
「フランス料理はソースが命なんだよ。シェフはソース作りからはじめる。ソースも残さず頂くのが、シェフへの心使いというものだ」
「ソースね……」
 というと、皿を持ち上げてぺろりと舌で舐めてきれいにした。
「あ、こら。なんて事をする。礼儀知らずだな。ソースは、こういう具合にパンに滲みこませて頂くんだよ」
 慎二に手本を見せてやる梓。
「判ったよ。こんどからそうすることにするよ」
「なんだよ。まだ、食事をたかるきかよ」
「悪いか。一人ぐらい増えたって、少しも家計に響かないだろ」
「響くね。おまえがいると食料貯蔵庫が空になる」
「よく言うよ」
 二人とも仲たがいしているような口の聞き方をしているが、反面的に相手の反応を見て楽しんでいると言った方が良いだろう。喧嘩するほど仲がいいというところ。
 食事を終えて立ち上がる梓。
「さてと……。いつまでもおまえに関わってもいられない」
「おい。どこ行くんだ」
「午前中は、書斎で勉強だよ」
「勉強? わざわざ軽井沢に来て勉強かよ」
「可愛いだけの馬鹿女にはなりたくないのでね」
「俺は勉強は嫌いだ。付き合ってられねえ。せっかく避暑地に来たってのによ」
「白井さんが、渓流釣りに出かけるから、釣り道具を借りて一緒にいけば?」
「渓流釣りか……それもいいかもね」


 それから数時間後。
 書斎で勉強をしている、梓と絵利香。窓の下には、白井と慎二が、釣り道具をRV車に積み込みながら、談笑している姿が見える。
 やがて二人が乗ったRV車は軽いエンジンを上げて、魚釣り場である渓流へと向かった。

 森を抜ける涼しい風が、二人のふくよかな髪をなびかせている。
「んーっ」
 梓が両手を広げて伸びをしている。
「ちょっと休憩しようよ」
「そうね」
 テラスに移動して、ガーデンテーブルに腰掛けて深緑を眺める二人。テーブルの上にはグラスに注がれたジュースが二つ。その傍らに立つメイドが一人。
「今頃慎二君、どうしてるかしら」
「おっちょこちょいだからね。川に落ちてずぶ濡れになってるかも」

 丁度同時刻。
 川に落ちて濡れ鼠の慎二がいた。
 河川敷きにはRV車が止まっている。
「だから、そこは滑るから気をつけてと言ったじゃないですか」
「いや、なんというか……足を誰かに引っ張られたような気が……」
「はは、河童でもでましたかな」
「出るの?」
「何が?」
「あのなあ、おっさん。おちょくるなよな」
「冗談はさておき、着替えたら?」
「いや。放っておいても乾くさ」
「一応忠告しておきますけど。お嬢さまは臭い奴はお嫌いですからね。ま、女性ならみなそうでしょうけど」
 あわてて服の匂いを、くんくんと嗅いでいる慎二。
「はは……やっぱ、臭いかな。といっても着替えは部屋に置いてきちゃったから」
「帰ったらすぐに着替えるんですね」
「そうしよう」
 言いながら釣りのポイントを探しながら移動する慎二。
 大きな岩が川面に張り出している所で、
「ここらあたりがいいかな……」
 と、釣り道具を岩場の上に降ろした。
「いい場所を確保しましたね」
「そうかな……。でも、代わってあげないよ」
 岩場が川の流れをかき乱し、釣り人の姿をも隠して気取られない。
 絶好の釣りポイントといえるだろう。
「いいですよ。私はあちらの岩場にしますよ」
 と、移動していく白井だった。
 それぞれに釣り場を確保して、早速釣りをはじめるかと思いきや……。
 餌がない!
 慎二は少しも慌てず、離れた場所の川べりの石や岩を引き剥がして何かを探している風だった。
 釣り餌となるカゲロウなどの水生昆虫を集めていたのである。
 魚の食いを良くするには、普段から食しているはずの身近な餌が一番なのである。
 ある程度餌が集まったところで、おもむろに岩場に戻って腰を降ろして釣りをはじめた。
 針先にカゲロウを取り付けて、竿を小刻みに動かしてポイントを動かしながらフライフィッシングを楽しむ。
「なるほど、慎二君は渓流釣りの経験があるようですね」
「おだてても何もでないぜ」
「そういうつもりはないですが……」
 それから二人は分かれて黙々と釣りをはじめた。
 静かな時間が過ぎてゆく。

 別荘に残った梓と絵利香。
 勉強を予定通りに済ませて、自室でくつろいでいる。
 絵利香は読書、梓はTVでビデオ鑑賞中である。
 外の方からRV車のエンジン音が響いてくる。
「慎二君が帰ってきたようね」
「出迎えてやるとするか」
 立ち上がって玄関先に向かう二人。
「どうだい、大漁だぜ」
 と、クーラーボックスを抱え挙げてみせる慎二。
「おまえにしては上出来じゃないか」
「あたぼうよ。おかずに塩焼きにでもして出してもらおうか」
 言いながら、メイドにクーラーボックスを手渡す慎二。
 くんくんと、慎二の身体を嗅いでいる梓。
「おまえ、川に落ちたろ」
「なんでわかるんだ」
「やっぱり落ちたんだ。きゃははは」
 慎二を指差し、高笑いする梓。
「もうじき食事だ。シャワー浴びて着替えろ。脱いだ服はメイドに渡せば洗濯してくれる。臭い奴は、きらいだ」
 と言って、ぷいと背中を見せて別荘の中に入っていく梓。
「あ、明美さん。慎二君に、部屋を用意してあげて」
「かしこまりました」

 昼食。
 何故か慎二の前の皿だけ山盛りになっている。
「象並みに食らう奴だから、特別に量を増やしてもらったんだ」
「それはどうも」
「……なんだかんだいっても、慎二君のことちゃんと考えてやってるのよね。梓ちゃん。最初の頃は問答無用で叩き出していたのに。部屋まで用意してあげて……」

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