梓の非日常/第二部 第三章・スパイ潜入(四)梓VS葵
2021.05.16

続 梓の非日常/第三章・スパイ潜入


(四)梓VS葵

「絵利香さま。梓お嬢さまは? 葵さまのお車にお乗りになられたようですが」
「葵さんがお話しがあるって、連れていっちゃったわ。一人で帰ってねって」
「そうですか……お出かけは中止ということでよろしいですね」
「はい」
「それでは、絵利香さまのお屋敷にお送りしましょう」
 後部座席のドアを開けて、絵利香に乗車をうながす白井。
「ちょっと待てよ」
 突然慎二が後部座席から顔を出した。
「び、びっくりしたじゃない。なにしてるの」
「いやね。梓ちゃんを驚かそうと隠れていたのだ」
「ふふ。相変わらずね。慎二君」
 ゆっくりと後部座席に腰を降ろす絵利香。白井は後部座席のドアを閉めて、運転席に戻ると車を走らせた。
「追わなくていいのか」
「なんでよ」
「どっかに連れ込まれてなにかされたらどうするんだよ」
「馬鹿ねえ。そんなことあるわけないじゃない」
「だってよお。やくざな男達が大勢いたじゃないか」
「あれは、葵さんのボディーガードよ。闇に紛れて連れ去ったならともかく、大勢の目撃者のいる前で誘っていったんだから。何もできないわよ」
「し、しかし」
「白井さん。先に慎二君の家に寄ってあげて」
「かしこまりました」
「あ、梓ちゃーん!」
 ファントムⅥのリアウィンドウにへばりつくように、梓達の走り去った後方を見つめる慎二だった。

 リンカーンの後部座席に乗車する葵と梓。
「ところで梓さん」
 つと切り出す葵の言葉に、緊張の面持ちで訪ねる梓。
「な、なにかしら」
「あなた。分家の家督を継いだそうね。ひとまずおめでとうと言わせて頂くわ」
「あ、ありがとう。葵さん」
「でもね、言っとくけど。わたしだって、いずれは本家の家督を継ぐの。総資産二京円の本家グループの代表にもなるわ。六千五百兆円のあなたんとこと格が違うんだから」
「そうなんだ」
「しかし、わたしは今の神条寺家の家督を継いだだけじゃ満足しないわ。あなたのとこの真条寺家をも、いずれは神条寺家に併合してみせる。そもそも財産横取りした分家なんか認めていませんからね。そして名実共に両家をまとめる真の神条寺財閥の当主になるつもりよ。そうなれば、あなただって自分の資産を自由に扱うことすらできなくなるの」
「だから、その財産横取りの話は……」
 と言いかけたが、葵は聞こえないふりしているのか、
「いいこと、梓。中国が一つであるように、神条寺家も唯一無二の存在なのよ。あなたは全財産を我が神条寺家に返すべきだわ。その時には、それなりの地位くらいは与えてあげてもよくてよ。そうね……。わたしのスリッパの温め役くらいにはしてあげるわ」
 と余裕綽綽とした口調で言い放った。
(あたしは、サルか?)
 一方的な命令調の葵の言葉に、
(いい加減にしてよね)
 と思いつつもおとなしく聞いている梓だった。
 この娘には、いや正確に言うと母娘なのであるが……。
(何言っても無駄だものね)
 とにもかくにも、何代にも渡って言い伝えられてきたらしい因縁的な誤解なのだ。そう簡単には覆すことは不可能であろう。
 怒らせては何をされるか判らないだろうし……。
 何せ梓の乗るリンカーンの前後には、黒塗りベンツがぴったり付いており、強面の黒服黒眼鏡のいかつい男達が乗り合わせているのだから。
「ところで宇宙開発に乗り出したそうね」
「ええ、まあ……」
「それは結構だけど、空にばかりに目を取られて、足元を掬われないようにね。十分気をつけて、命を失わないようにすることよ。わたしは正々堂々とあなたと剣を交えたい。しかし横槍を突く卑怯者もいるということよ」
「どういうこと?」
「さあね。今日までのことを考え直してみれば判ることよ」
 葵の意図することにすぐには理解できない梓だった。
 命を失う?
 横槍を突く卑怯者……。
 おぼろげなりにもその意味が判ってくる梓。
「まさか、あなたが……?」
「誤解しないでよ。それをやっているのは、わたしのお母様よ。その毒牙にあなたを巻き込みたくないから忠告するのよ。さっきも言ったように正々堂々と生きたいから」
「そ、そう……。ありがとう、というべきかしら」
「その必要はないわよ。あなたには生きていて欲しいからね。ライバルとして」
「ライバル……」
「そう、ライバルよ」

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