梓の非日常/第二部 第三章・スパイ潜入(二)旧体制VS新体制
2021.05.13

続 梓の非日常/第三章・スパイ潜入


(二)旧体制VS新体制

「それで、他になにか情報はあるの?」
「もうこれは既知の情報では有りますが、梓さまが立ち上げられた宇宙開発事業が正式に動き始めました。米国フロリダ州ケープカナベラル基地に隣接する広大な土地に、真条寺家の手による宇宙空港の建設が始まりました」
「その話は聞いているわ。宇宙ステーションの建設資材を、宇宙へ打ち上げるための専用宇宙空港よね。スペースシャトルの連続打ち上げと常時回収の両方が同時にできるマルチセッション多様型宇宙空港だと聞いたわ」
「宇宙ステーションの開発設計は、篠崎重工側に新たに設立された宇宙開発推進事業部が担当しています。なお当事業部は、篠崎重工アメリカが発足次第、そちらへ移管されることが決まっております」
「篠崎重工か……こいつも目の上のタンコブだわよね。本家と分家が利権争いをしている間隙をついて、漁夫の利を得て発展してきたくせに、いけしゃあしゃあと真条寺家と結託しくさりおってからに」

(というよりも、どちら側についたら自分に有利かを判断したのかと思う)
 黒服は口には出さなかったが、現状においては明らかに真条寺家に軍配が上がるのは目に見えていた。
 資源探査では一歩も二歩も先んじられて将来の資源開発を掌握され、今また宇宙開発においても制宙権を確保されようとしている。このまま行けばジリ貧となって消え行く運命にあると言えた。
 古今東西、マケドニアのアレクサンダー大王、ローマのカエサル、フランスのナポレオン、トルコのチンギス&フビライ・ハーン、世界征服を目指したいずれの超大国とてやがて歴史の彼方に消え去っていった。日の沈まぬ国として世界の海を制覇したかつてのスペイン帝国も大英帝国も今ではすっかり影を潜めている。
 投げ上げられた石はやがて地面に落ちる。地球という重力に縛られたような、古い慣習に固執する葵の母親のような権力者では、この石のように、重力に引きずられて発展から停滞に減速され、さらには急降下で落ちていくだろう。ただ財産を蓄えることしか頭になく、抵抗勢力を抹殺しようという考えでは進歩がない。それは安寧から停滞へ、そして衰退へと坂道を転がるように堕ちていくだけである。
 梓のように、全財産の三分の一の資産をも投じて未知の世界へ飛び出すような、急進的な思考を持ってこそ発展の道も開かれるのである。

「まあ、こっちの方は梓を陥落させてからでも十分だわ。真条寺家がなくなれば主要取引先を失って倒産に追い込まれるはずよ」
「そう上手くいきますかね」
「やらなきゃならないでしょ。もちろん姑息な手段を使わず正々堂々と勝負よ。ところで、梓の持つ財産て現時点でどれくらいあるの?」
「総資産はおよそ六千五百兆円となっております。ちなみに先程の原子力潜水調査船一隻だけで六千億円になります。宇宙開発にその三分の一を投入する予定のようですが、十年・二十年先には月資源や火星などの資源を独占したり、無重力における特殊な環境が及ぼす新素材開発とかが軌道に乗れば、投資を上回る資産形成をなすことが期待できると考えられております」
「でしょうね。そういった未来志向ができる梓やその母親がいるからこそ、今日の真条寺財閥が存続しているのよ。
 それに引き換え、わたしの母親や神条寺財閥は旧態依然の「鉄」にこだわりつづけて、梓達の「新素材」への転換に踏み切れないでいる。確かに「鉄」は溶鉱炉を建設し稼動させれば資産を生み出してくれはする。しかし将来に渡っての保証はない。実際にも、資源探査においてはARECに今後の資源を押さえられては身動きが取れなくなる。
 それに引き換えて、「新素材」は莫大な研究費用を投入しても、最終的な研究成果が資産を生み出してくれるとは限らない。結果、資産を食い潰してしまわないとも限らない。総資産二京円におよぶ神条寺家と、同じく六千五百兆円の真条寺家の違いがそこにある。研究開発に莫大な資産を投入してきたから、総資産では真条寺家は神条寺家の三分の一にまでに差が開いた。しかし将来に話を移せば、決して楽観はできないのよ」
 とここまでいっきに喋りとおし、
「どうしてそのことを、お母様は理解してくれないのよ!」
 突然大声でいきりたつ葵だった。
 黒服は思った。
 確かに、この神条寺葵の考えるとおりである。
 旧態依然の体制に固執し、敵対する者を闇に葬ろうとする当主の神条寺靜。
 一方の真条寺家は将来を見据えて行動し、世代交代も素早いから常に新鮮な雰囲気に満ち満ちている。そして現当主の梓は資産の三分の一を投げ打って新事業に乗り出し、かつまた配下の参画企業の社員全員が誠心誠意バックアップする好環境が作り上げられていた。
「このままでは、神条寺家は滅びるわ。そうならないように当主の交代を願い出たけど聞き入れてはくれない。おそらく死ぬまでは当主の座に収まろうとするでしょうね。でもわたしは手をこまねいているつもりはないわよ」
 母親に対して謀反を起こすつもりか……。
 まあ、それはそれでいいかも知れない。
 どっちにしろ葵が言うように、地を這い蹲る(はいつくばる)しか能のない靜が当主のままでは神条寺家の未来はないのは確かである。

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