梓の非日常/第二部 第三章・スパイ潜入(一)神条寺葵
2021.05.12

続 梓の非日常/第三章・スパイ潜入


(一)神条寺葵

 ここは神条寺家。
 今から百余年前のこと、梓の属する真条寺家が、財産分与を受けて分家したその本家に当たる。
 しかしながら、時代を隔てて今日の神条寺家では、真条寺家が財産を横取りして、それを元手にアメリカ大陸で繁栄したという誤った言い伝えを信じていた。双子の一人に財産の半分を持って行かれたのであるから、本来なら全額相続できたかも知れないもう片方の子孫達が怒りを覚えるのは当然だろう。
 以来、両家は太平洋を挟んで、犬猿の仲のまま双方とも発展を続けていた。

 リビングで本家の当主たる神条寺靜とその娘の葵が言い争っている。
「家督を譲れですって。何を馬鹿なこと言っているのよ、この子は」
「だって、分家のほうじゃ、十六歳の梓に家督を譲ったというじゃない」
「それで自分にも、家督を譲れと言うのね」
「そうよ」
「だめです」
「どうして?」
「分家には分家の、本家には本家のやりかたがあるのです。だいたい、あちらはアメリカ人です。制度も風習も違います」
「そんなのないよ。同じ神条寺家よ」
 執拗に食い下がろうとする葵だったが、
「いい加減になさい。母に逆らうつもりですか。あなたを廃嫡にして、妹に相続させることもできるのですよ」
 と言われては、身をすくめてすごすごと引き下がるしかなかった。
「わかったわよ!」
 吐き捨てるように言って、リビングを後にした。

 廊下に、黒服の男が立っていた。
 葵はその前を通り過ぎるが、黒服は葵の後に付いてきていた。
「調べはついたの?」
 立ち止まることなく黒服に尋ねる葵。
「はい。梓グループはそれを統括運営する財団法人AFCのもと、直営の生命科学研究所・衛星事業研究所などの九つの各種研究機関と、約四十八の企業から構成されております。世界各地に点在する七十五箇所の生産基地と販売拠点、それらを結ぶ動脈ともいうべき所有船舶数は四十九隻、うち原子力船が四隻。総排水量にしておよそ二百万トン」
「ちょっと待って、原子力船ですって。なによそれ。一民間企業が簡単に所有できる代物じゃないわよ」
 急に立ち止まり振り返って確認する。
「はあ、それが、アメリカ国籍企業となっております資源探査会社AREC(アレ
ク)「AZUSA Resouce Examination Corporation」が運営、財団法人AFCが所有する深海調査船でして、母港はパールハーバーです。米国海軍の強力な保護下にあるもようで、北太平洋・南太平洋及び大西洋海域において、現在メタンハイドレードと海底熱水鉱床及び海底天然ガスの分布と埋蔵量の調査を行っています。
 ちなみにARECは、予備機を含めて五基の資源探査気象衛星も稼動中させています。海と空からのほぼ完璧な布陣を敷いている感じですね。資源調査では、他企業を圧倒してほとんど独占状態です」


「つまりは将来的なエネルギー源を、梓に押さえられる可能性があるということじゃない」
「その可能性は十二分にあるでしょうが、実際の採掘には、鉱床のある排他的経済水域を包括する国家の主権が絡みますので、なかなか難しいでしょうが」
「ところで米国海軍の保護下にあると言ったけど、まさか実際は海軍所属の潜水艦ということじゃないでしょうね?」
「そ、それは……」
「その顔は何か知っているわね?」
「い、いや。これはお嬢さまといえども打ち明けるわけには参りません」
「そう……。なら、いいわ。ただし、明日から別の職を探すことね。わたしに逆らった者がどうなったか知らないはずないわよね」
 高飛車な態度で言い渡す葵だった。気に入らないことがあれば、実力をもって行使する。いかにも自分本位で他人の迷惑を一切考えない。
 実際には使用人の採用権などを握っているのは母親の靜であるが、葵の機嫌をそこねたら最期、村八分にされるか下駄番にされるかして、居ずらくなってしまう。かといって転職しようとしてもことごとく就職を断られるだろう。
 神条寺家の影響力は全国津々浦々の企業に浸透しており、当家を退職した者を雇ったことが知られれば敵対勢力とみなされて、取引企業からの一切の断絶、企業生命を絶たれてしまう。結局神条寺家を出た者に待っているのは、世渡りの厳しい現実であり、せいぜいパートかアルバイトしかないか、神条寺家の範疇にない小さな個人経営の企業に就職するよりない。
 妻子ある者なら給与の激減で食べていくことすらできない状態に陥ってしまうであろう。
 ゆえに何があろうと、何を言われようとぐっと堪えて腹の中にしまって、媚びへつらい頭を下げていいなりになるしかないのである。
「判りました。ですが、絶対他言無用にお願いします」
「早く聞かせなさい!」
 びくつきながらも、自分の知り得た真条寺家の内情を話す黒服だった。
 原子力潜水艦が、真条寺財閥資産運用会社「AREC」の所有ながらも太平洋艦隊にも所属していること、戦略核兵器を搭載しているとかの噂も流れていること。
「核兵器?」
「未確認ですが、国家最高機密である原子力潜水艦を民間が建造所有できるはずもなく、当然海軍の協力の下に建造が行われたものと推定されております。また対艦誘導ミサイルの発射が確認されて艤装が施されているのが事実となっております。当然として、その艦の大きさから核弾頭すらも搭載されているだろうとの判断です」
「戦争でもするつもりなの? 真条寺家は」
「兵器は使うために存在するものです。その時……その時がくればですが、当然使うでしょう」
「その時は、第三次世界大戦になっているわね」
「その通りです」
「まったく……現在世界に冠たる経済大国の地位と、世界一の軍隊を誇るアメリカ国家を味方につけている真条寺家。かたや敗戦国で核兵器はおろか空母一隻も持たずに戦争放棄を唱えている平和統治政府日本国の下の神条寺家。戦争となって敵対すれば、あっという間に滅ぼされるわね」
「その通りです」
「どうりでお母様が梓を陥れようとやっきになっている理由が判ったわ」
「どういう意味ですか?」
「あなた、本当は知っているのでしょう? 梓がハワイに遊びに行くのを知って、整備員を買収して航空機に細工をしたのをね。あまつさえ、南米の某国軍隊を買収して駆逐艦部隊をさしむけたことも。さらには生命研究所の地下施設火災事件、すべてお母様の仕業。みんなひた隠しにしているけれど、わたしはちゃんと知っているのよ」
「どうしてそれを?」
「窮すれば通ずるよ。ひた隠しにしようとすればするほど、杓子から水がこぼれるように、情報は漏れるものよ」
「はあ……」
 ものの例え方がいまいち納得できないがだまって頷くような素振りをする黒服だった。
「わたしは影に回って陰謀を巡らすようなお母様には反対です。正々堂々と戦って組み敷かせなければ意味がないのよ。陰謀によって相手を倒して手に入れたものは、再び陰謀によって奪われるものよ」
 ほう……。
 珍しくまともなことを言っているな。
 そう思う黒服だった。
 思い起こしてみると、幼少の頃から勝気で、言うことを聞かないと癇癪を起こしてしまうお嬢さまだったが、曲がったことは大嫌いだった。まっすぐ前を見て物を言い、間違っていることは間違っているとはっきりと言う。善悪の区別のできる娘だった。
「お母様には、何を言っても無駄だわ。わたしは、わたしのやり方で梓をこの前に跪かせてあげるわ。あなたもお母様のいいなりになってないで、わたしについてきなさい」
 意外な言葉だった。
 母親に敵対するような言葉を吐き、一人でも多くの味方をつけるためのことなのかも知れない。
 葵に対しての意識を考え改めさせることばだった。
「判りました。お嬢さまのおっしゃるとおりに」
 と頭を下げる黒服だった。

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v




にほんブログ村 本ブログ 小説へ
にほんブログ村



11
コメント一覧
コメント投稿

名前

URL

メッセージ

- CafeLog -