梓の非日常/第九章・生命科学研究所(九)脱出!
2021.04.24

梓の非日常/終章・生命科学研究所


(九)脱出!

 その頃。
 外では、丁度消防隊が到着して、消火作業を開始していた。
「地下です」
「火元は地下からです」
 研究員や事務職員たちが口々に消防隊員に報告している。
 地下火災という現状を確認して、装備を取り出している黄色い耐熱服を着込た隊員達。いわゆる消防レスキュー隊と呼ばれる人々だった。取り残された人々を救出するために、耐熱服を着込み酸素ボンベなどの装備を抱えていた。突入に際して、煙の充満する中で協力しあって活動できるように、命綱でその身体を繋いでいた。
「責任者はいらっしゃいますか?」
 隊長らしい人物が叫んでいる。
 それに答えて課長が歩み出た。
「私です。総務課長の渋沢と言います」
「それで、中に取り残されている人は何名ですか?」
「確認できているのは一名。それ以外は不明です」
「その一名は?」
「この研究所のオーナー令嬢で十五歳の女の子です」
「女の子? なぜそんな女の子が取り残されたんですか。誰も連れ出さなかったのですか?」
「火災報知器がなって地下からの出火と判って、消火に行こうとしたのですが、すでに煙がもうもうと地下階段から上がってきていました。何の装備もなく助けに飛び込んでも、二次遭難になるだけだと思って止めました」
「それは正しい判断です。たかが煙とあなどっちゃいけません。火事の犠牲者の大半が直接の炎ではなく、煙で意識を失ったり一酸化炭素中毒で亡くなっているんです」
「そうだと思いました」

「隊長! 準備完了しました」
 隊員の一人が報告した。
「よし! 十五歳の女の子が地下に取り残されているそうだ。それ以外は不明だ」
「十五歳の女の子ですか?」
「そうだ。是が非でもその女の子を連れ出してこい!」
「はっ! 突入します」
 敬礼をして、小隊に戻ると、
「小隊、突入する!」
 と指令を発すると研究所の中へと突入していった。

 足元をじっくりと確認しながら階段を降りていくレスキュー隊。
「今、階段を降りて通路です」
 ヘルメット内に装着された連絡用の無線機で外に逐次報告する隊員。
『炎はどうか、燃えているか』
 地上の隊長の声が返ってくる。
「炎はここからでは確認できません。煙が充満しているだけです」
『一酸化炭素レベルは?』
「0.3%です」
『その濃度がどんなもんか知っているな』
「はい、三十分間その中にいると死亡する濃度です」
『よろしい。そのことを十分に踏まえて、速やかに取り残された人達の捜査を開始したまえ』
「了解!」
 じっくりと倒れている人物がいないかを確認しながら進んでいくレスキュー隊員。
 充満する煙の中に人影を発見する。
「人です。人が倒れています」
『生きているのか?』
「ここからでは、わかりません。近づいて確認をします」
『よし』
 倒れている人間のそばに歩み寄る隊員。
 移送ベットのそばに倒れている人影。
 それは慎二だった。
 手袋を脱いで脈を計っている隊員。
「少年です。どうやらまだ生きているようです。ひどい熱傷を負っています。それとたぶん一酸化炭素中毒の症状がでています」
『直ぐに運び出せ』
「ちょっと、待ってください」
『どうした?』
「そばの移送ベッドの上にガラス状の容器が……。女の子です。女の子がいました」
『女の子? 十五歳位か?』
「たぶんそれくらいです」
『よし、一旦その少年と女の子を回収して戻れ』
「了解。両名を回収して戻ります」
「隊長、カプセルが開きません。熱で癒着しています」
 カプセルを開けようとしていた別の隊員が報告する。
『かまわん。カプセルごと運び出せ』
「了解!」


 再び研究所の外。
 消防車や警察パトロールカーがごった返す敷地内。
 そこへファンタムVIが入場してくる。
 警察官がそれを制止する。
 窓が開いて麗香が顔を出す。
「立ち入り禁止です」
「研究所のオーナー代理です」
「オーナー代理?」
 そこへ研究所課長がやってくる。
「その人は身内です。入れて差し上げてください」
「いいでしょう。しかし消火活動の邪魔にならない所に車を置いてください」
「判りました」
 駐車場の一番奥に移動するファンタムVI。
 それを追いかけて、出迎える課長。
 麗香が降りてくるなり質問する。
「お嬢さまが火災現場に取り残されているって、どういうことですか?」
 額に汗流して説明している課長。
 火災報知器が鳴り出した時には、すでに煙が充満して下へ降りられないことを。
「わかりました。万が一に備えて、隣接の付属病院に緊急特別体制を敷いてください。緊急を要する手術以外はすべて日程を延期。火災現場で推定される治療項目のすべてのスタッフを集めて待機させておいてください」
 麗香とて、二次遭難を犯してまで所員を救出に向かわせることはできない。
「承知です。すでに手配は済んでいます」
「そう……」
 玄関口の方が騒がしくなった。
「罹災者が上がったぞ!」
 一斉に視線が声のした方へと集まる。
「行きましょう」
 課長が声を掛け、一緒にその場所へ向かった。

 担架で運び出される慎二。
 そしてカプセルごとの梓。
 すかさず医者と、カプセルを開けるレスキューが駆け寄っていく。
「どいて下さい」
「道を開けてくれ」
 人々を掻き分けて前に出て行く麗香と課長。
 カプセルに入った梓を見つけて駆け寄る麗香。
「お嬢さま!」
 しかし、カプセルを開けようとしていたレスキュー隊員に制止された。
「下がってください」
 カプセルの蓋を閉じている熱で変形した兆番を、グラインダーで削り始める隊員。
 火花を散らし耳が痛くなるような音を発しながら兆番が削り取られていく。
 やがてパキンという音と共に兆番が外れた。
「開けますよ」
 空気圧の差で密着したカプセルの蓋のとじ目にバール状のものを挿し入れてこじ開ける。
 プシュー!
 という空気が抜けるような音と共に蓋が開いた。
 早速医者が診察に入る。
 呼吸・脈拍などを調べている。
「いかがですか?」
 麗香が心配そうに覗き込んでいる。
 やがて振り返って医者が答える。
「大丈夫です。どうやら無傷のようです。ガス中毒もなさそうです」
 ほっと胸をなで下ろす麗香。
「至急病院に運んでください。一応精密検査しましょう」
「わかりました」
 それから向き直って、慎二の元に歩み寄った。
 別の医者が診断している。
 患部を見るために、衣類は鋏で裁断されて半裸状態になっていた。
「こちらはどうですか?」
「重体ですね。見ての通りの広範囲の熱傷です。生命限界の三割を超えています。さらに、一酸化炭素中毒症状もあります」
 これが以前の沢渡慎二かと思われるくらいに、悲惨な熱傷に覆われた姿があった。
「至急、ICUに運んでください。全力をあげての治療を!」
「判りました」
 消防隊員の説明を聞くまでもなく、梓を救出するために自らが犠牲になって、炎の中を突っ切って脱出してきたことは、明白な事実だと理解した。
 梓の命の恩人を死なせるわけにはいかなった。

 そのとき、背後で悲鳴のような声がした。
 振り返れば、梓が気を取り戻していた。
 そして担架の上で変わり果てた慎二の姿を発見したのである。
「慎二!」
 移送ベッドから飛び降りて慎二のそばに駆け寄った。
「慎二は……! 慎二は助かるの?」
「そ、それは……。努力はしますが……」
「どうして……どうしてなのよ!」
 梓は、目を閉じまま身動きしない変わり果てた慎二にすがりついて泣いた。
「助けてよ。助けてあげてよ!」
 そして麗香や医者に向かって懇願した。
「お嬢さま……」
「慎二!」
 声を枯らして慎二の名を呼ぶ梓の声が研究所内にこだましていた。

第二部に続きます。

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