梓の非日常/第九章・生命科学研究所(四)尾行せよ
2021.04.18
梓の非日常/終章・生命科学研究所
(四)尾行せよ
その日から週に一度、研究所通いをする梓。ほんとは毎日でも通いたいくらいなのだが、そうそう浩二に変化がみられるはずもないからである。
もちろん人格転換の事情を知らない麗香には内密にであるから、ファンタムⅥを使うわけにはいかない。タクシーを呼んで若葉台の研究所へ、学校帰りに寄っていた。
麗香は時々タクシーで帰る梓を不審がったが、答えてくれない以上詮索するわけにはいかなかった。調査すればすぐにでも判ることなのだが、そうした事が梓に知られれば、いかに信頼されている間柄としても、主従関係を失うだけだった。誰しも他人には言えない秘密があるものだ。麗香とて理解ある人間だ。
不審に思っているのは麗香だけではなかった。
絵利香や慎二も、最近よそよそしくなって、時々タクシー呼んで一人で帰ってしまう梓の行動を疑問に思っていた。
「梓……、ちょっと聞いているの?」
「え? ……なに?」
「もう……、聞いてなかったでしょう。上の空だったわよ」
「ごめーん。考えごとしてた」
学校での一場面だった。
最近の梓は、しばしば考えごとをして、絵利香との会話中にも中断して、どこかへ跳んでいる状態を頻繁に起こしていた。
「じゃあ、あたし。今日も一人で帰るから、絵利香ちゃんは一人で帰ってね」
「え? またあ?」
今日もまた一人で帰ろうとする梓だった。
これまではこんなことはなかった。
絵利香に疑心暗鬼の心が広がる。
「今日こそ尻尾を掴んであげるわ」
梓に悪いとは思いながらも、後をつけることにする絵利香。
梓がタクシーに乗るのを確認して、丁度通りかかったタクシーを止めようとするが、うまい具合に次のタクシーが来なかった。
「あーん、見失っちゃうよ……」
あきらめかけた時、背後から重低音が響いてきた。
「乗れよ」
大型バイクに跨った慎二だった。
「慎二君!」
「梓ちゃんを追い掛けるんだろ。早くしないと見失うぜ」
と、ぽんとヘルメットを投げ渡される。
「ありがとう」
議論している暇はない。バイクに乗るのもはじめてであるが、贅沢も言っていられない。ヘルメットをかぶる絵利香。
「両腕を俺の腹に回して捉まってくれ」
「わかったわ」
言われた通りにして、慎二の後ろに女の子座りする絵利香。
「少し離れ過ぎた。飛ばすぜ、しっかり捉まってろ」
「うん」
轟音とともに慎二のバイクは走りだした。
街中をかっとばす慎二。タクシーを見失わない程度の距離までは近づかなくてはならないからだ。
「よし、何とか追いついたぞ」
と少し速度を落としていく。あまり近づき過ぎても感ずかれてしまう。着かず離れずの距離で着いていく。
タクシーは川越市郊外の若葉台工業団地へと入っていく。
造成されたのはそう古くない。
広々とした造成地に各企業の研究所や工場などが立ち並んでいる。
「なに? こんな所に何があるの?」
「さあな……ここから右手に行けば、全国的に有名な埼玉医大総合医療センターだが」
しかしながらタクシーは工業団地を抜けて水田地帯へと入っていく。
「おい。あれじゃないか?」
慎二が指差す先に白亜のビルがそびえていた。
「あ……。あれは若葉台生命科学研究所だわ。梓ちゃんのとこの……」
「なんだ……。生命科学? それと梓ちゃんが、どういう関係があるんだよ」
「さあ……。確か、飛行機事故の後遺症がないかどうかを調べるために通院しているとか……」
「それだったら、何もこっそりと行くことはないだろう」
「それもそうよね。じゃあ、なんのために行くのかしら」
「……」
「何を押し黙っているの?」
「ハワイの地を一歩も踏まずに強制送還されたこと思い出した」
「なんだ……。それは慎二君が悪いんじゃない。そもそもパスポートなしには入国できないのは判りきったことじゃない」
「何にしても思い出して腹がたった。ぜがひでも真相を突き止めてやる」
「あ、研究所の前に止まったわ。タクシーを降りるようね」
「よし。俺達もここいらで降りよう」
「そこの病院の駐輪場に入れて」
「判った」
駐輪場にバイクを置いて、駆け足で隣の研究所へ向かう二人。
「急いで!」
「ああ……」
研究所の敷地内に入る二人。
「見つからないようにしてね。」
「判ってるよ。しかし梓ちゃんはどこだ?」
「あそこよ!」
丁度梓は、建物の中に入っていく所だった。
「よし、行こうぜ」
「そうね」
と、玄関前にやってきたが……。
関係者以外立入禁止という立て看板が、はっきり目立つように立っていた。
「うーん。こういうのを目にすると入りづらいな」
「そうね。ここは研究所だものね。企業秘密とかあるだろうから、簡単には入れてはくれないでしょうね……。やはりここまでかな。あっちの別棟は病院と連なっているみたいだけど……」
「なあに、当たって砕けろだ。行こう」
と絵利香の手を引いて、中へ入っていく。
「ちょ、ちょっと、慎二君。だめだったら」
「いいから、いいから」
「もう……。強引なんだから……」
二人して緊張の面持ちで施設内へ入っていく。
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