梓の非日常/第八章・太平洋孤島遭難事件(九)戦闘配備につけ!
2021.04.11

梓の非日常/第八章・太平洋孤島事件


(九)戦闘配備につけ!

 その時、梓の携帯が鳴った。渚からである。
『なあに、お母さん……。え、不審船団が接近してる? 左舷後方からですって』
 その通信を聞いた見張り要員が、あわてて左舷後方に双眼鏡を向け、やがて叫んだ。
『艦長。左舷八時の方角より、急速に接近する船があります。艦数三隻』
 乗員の指し示す方角に双眼鏡を向ける艦長。
『うーむ。国や所属を示す旗を揚げていない。海賊船だな』
『まっすぐこちらに向かって来ます』
『警報鳴らせ』
 けたたましく非常ベルが船内に響き渡る。船内を乗員達がそれぞれの持ち場に駆け寄っている。

『お嬢さまを下へお連れしろ』
 乗員の一人が敬礼して指示に従った。
『さあ、お嬢さま。下へ参りましょう』
『何が、はじまるのですか』
『戦闘ですよ』
『う、うそでしょ』
『さあ、はやく』
 甲板ではさらに緊張感が迫っていた。
『敵艦。砲撃してきました』
 射程の届かぬ砲弾で、艦の前方に巨大な水柱があちこちであがっている。最初の数発は射程距離を確認するための試射弾である。次ぎは誤差を修正した直撃弾が飛んでくるはずである。
『駆逐艦だな。おそらく爆雷投下装置も装備しているだろう』
『甲板に水上ヘリが見えます。ダンキングソナーを搭載しているかも知れません』
『いや、あれは英国製の81型フリゲート艦です。対潜用のリンボー迫撃砲を搭載しています。対潜ヘリコプター「ウェストランド・リンクス海軍型」が搭載されているようです。短魚雷2基か爆雷2基装備』
『まずいな。本格的な対潜駆逐艦部隊のようだ。艦隊司令部に連絡だ。我攻撃さる、速やかなる援助を請う。艦の位置と敵艦数も打電しろ』
『了解!』
『距離三十二マイルまで接近』
『急速潜航!』
 と、艦長が発令すると同時に、司令塔にいた全員が階下へと急ぐ。最後に艦長が降りながら、耐圧ハッチを閉める。
『ベント弁開放』
『メインバラストタンク及び前部釣り合いタンクへ注水』
『潜蛇、下げ舵一杯』
 統合発令所では、急速潜航すべく各種の装置を操作している。
 そして駆逐艦が迫る中、徐々に水中にその姿を沈めていく潜水調査船。

 統合発令所。
『お嬢さま。これをご覧いただけますか』
 艦長が機器を操作しながら言った。
『なに?』
『お嬢さまが当艦にお乗りになられた時に、戦闘状態になった時のために、渚さまが記録されていたビデオです。潜航状態では外部との通信ができませんから、状況説明をお嬢さまにお伝えするために事前に録画されていたもようです』
 やがてディスプレイに渚の姿が映し出された。
『お母さん!』
『梓ちゃん。突然の戦闘になって驚いているでしょう。でもこれは予想されていたことなのです。かしこい梓ちゃんのこと、当艦が原子力潜水艦であることはもう気づいていると思います。
 どの国家も羨望の的としている原子力潜水艦は、莫大な予算と超高度な技術力が必要なため、そうたやすく建造できません。しかし非武装の潜水艦があれば、これを拿捕するのはたやすいでしょう。そのうえで、戦闘艦として艤装を施せば強力な軍事力を有することになります。共産国や政情不安定な国家に渡れば大変なことになります。それがゆえにこの艦は、武装が施されることになったのです。おそらく襲ってきている艦隊は、AREC所有の深海資源探査船ということで、この艦が艤装されていることを知らずに行動していると思われます。
 この艦の現在のオーナーは、梓ちゃんです。平時の運用はアメリカ国籍企業である、資源探査会社ARECですが、有事には合衆国海軍太平洋艦隊の指揮下に入ることになっています。それがこの艦の建造許可が承認される条件だったのです。現在、北太平洋を担当する当艦を合わせ、南太平洋・大西洋とインド洋の各地域に計四隻の原子力資源探査船が就航しています。深海底を長時間に渡って綿密に探査するには、動力に空気を消費しない原子力船が最適なのは周知の事実です。
 原子力潜水艦を建造できる技術力と、それを運営する乗組員の確保を考えれば、合衆国海軍に頼るしかなかったのです。国防費の削減を余儀なくされ苦しい状況にあってもなお軍事力は維持したい海軍側も、ARECが拠出する一隻あたり百億ドルからの建造費は喉から手が出るほど欲しい。双方の思惑が一致して、このようなことになったのです。これは極秘事項ですが、この艦には戦略核弾頭も搭載されています。このことは梓ちゃんの胸の内にだけに留めて、絵利香ちゃんにも決して話さないでください。
 ともかく世界最高水準の最新鋭戦闘艦としての能力を合わせ持っています。指揮権を艦長に任せていれば安心です。きっと私の所に無事に戻ってくる事を信じています』
 というところで映像が消えた。


 ふうっ。
 と深呼吸をする梓。
『お嬢さま、これより当艦は、戦闘艦として太平洋艦隊の指揮下に組み入れます。よろしいですね』
『仕方ありませんね。指揮権を委ねます。が、念のためにお聞きしますが、核弾頭を搭載してるというのは、本当のことなのですね』
『間違いありません。二十四基のミサイル発射管のうち半数の十二基にトライデントD5型核弾頭ミサイルが搭載されています。ちなみに残りの十二基の内、八基がトマホーク巡航ミサイルと四基がハープーン対艦ミサイル用に換装されています』
『謝って発射するようなことはありませんか?』
『それは、ありません。核弾頭ミサイルを発射するには、【NORAD】北米大陸防空総司令部から発令されるランチコードを入力した上で、艦長と副長が持つ発射キーを同時にスイッチオンしなければならないのです』
『つまり一人だけの操作ミスでは、発射は不可能といわけですね』
『その通りです』
『一体どこの軍隊が襲ってきているのですか?』
『国籍・所属一切不明です。海賊としかいえません』
『やっぱりこの艦を拿捕しようとしているのでしょうか?』
『それも不明です』
『わかりました。それでは、後をお願いします』
『ありがとうございます。それでは、お嬢さまは居住区のみなさまの所へお戻りください。部下に案内させます』

 梓が統合発令所から立ち去ると同時に、
『ようし、いっちょやってやるか。久しぶりの戦闘だ』
 と艦長は指を鳴らした。
『やはり軍人なら戦場に身を置く事こそ本分というものですね。提督になって地上勤務となるのも考えものでしょう』
『そうだな。空母のような水上艦なら、提督となってもそのまま機動部隊司令官として、旗艦勤務で艦隊を直接運用指揮することもできるのだが、潜水艦にはそれがない』

『艦内放送の用意が整いました」
『全乗組員に告げる。現在、所属不明の駆逐艦三隻から攻撃を受けている。只今より当艦は、探査船の任務から戦闘艦として、ARECの手を離れて合衆国海軍太平洋艦隊の指揮下に入った。戦闘員は所定の位置へ、研究員は待避所へ移動、五分以内に完了せよ。なお、居住区のお客様方には、なるべく静かにして、音をあまり立てないようにお願いします』
 放送を終えて、呼吸を整える艦長。
『艦の状態は?』
『良好です』
『SINS(慣性航法装置)は正常に作動中です』
『NTDS(海軍用戦術情報処理システム)も正常作動中』
 潜航状態では、太陽や星による天測航法やGPSなどの衛星航法など、海上で行える艦位測定ができない。そこで精密なジャイロスコープや加速度計にコンピューターを接続して真方位を決定するのがSINSである。宇宙ロケットにも使われているものとほとんど同じと考えていいだろう。また、すべてのセンサー(感受装置)からのデータを処理し、状勢判断と各種兵器への攻撃指揮を統制するのがNTDSである。兵器自体の攻撃性能はもちろんの事だが、現代戦では一撃必中を可能にする電子装備の能力のほうがはるかに重要になってきている。
『お嬢さまは?』
『居住区に戻られました』
『よし。全区間の防水扉を閉じろ』
『防水扉、閉鎖します』
 全艦を、防水区画ごとに隔てている防水扉が、次々と閉鎖されていく。
『防水扉、閉鎖完了』
『艦長。艦隊司令部より入電。現在、CVN-72空母エイブラハム・リンカーンより、F/A-18E 戦闘機が緊急発進、当海域に向かっています』
 潜航状態では通常の通信は行えないが、超長波の電波なら海面下数メートルは届くので、適当なアンテナがあれば受信だけはいつでも可能だ。
『援軍来るだな。しかし、第七艦隊のリンカーンが何でこっちにいるんだ? 日付変更線から東の太平洋領域は第三艦隊の担当だぞ』
『補修かなんかで、たまたまハワイに寄港する途中じゃないですか。それに、当艦も一応第七艦隊所属ですし、リンカーンが援護に回るのは自然でしょう』
『そっか、まあいい。ともかく、こっちから攻撃するぞ。アクティブソナーによる探知開始、ミサイル発射管一号から四号、ハープーンミサイル装填』
『アクティブソーナー探知開始します』
『ミサイル発射管、一号から四号までハープーンミサイル装填』
『敵艦。まもなく爆雷投下ポイントに到達』
『深度を変えますか』
『まだ早いな。今深度の計測中だろう。取り舵三十度』
『取り舵、三十度』

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