梓の非日常/第八章・太平洋孤島遭難事件(八)オーナー
2021.04.10

梓の非日常/第八章・太平洋孤島事件


(八)オーナー

 洞窟内。
 壁から音が伝わってくる。
「なに?」
 音に気づいて壁に駆け寄る梓。
「壁の外から音が聞こえるわ」
 壁に耳を当てて確認している。
「うん。俺にも聞こえる。たぶんこの外で壁に穴を開けているんだ。助かるぞ」
「そうね。壁から少し離れていましょう」
 やがて壁が崩れて、掘削艇が姿を現わす。
 停止し、後退する掘削艇。
 大量の海水が流入してくるが、洞窟内と外界の海水面が平衡になると、やがて流入も収まる。
 そして、
「お嬢さま、いらっしゃいますか?」
 開いた穴から麗香が、梓を呼びながら姿を現わす。
「麗香さん!」
「お嬢さま! ご無事でしたか」
「大丈夫よ」
 海水をかき分け麗香のもとに駆け寄る梓。そして飛びつく。
「信じてたよ。きっと助けに来てくれるって」
「迎えの船が到着しています。行きましょう」
「うん」
 洞窟を出ると、掘削艇が待機している。
「どうぞ、お乗り下さい」
「機長はどうなりました?」
「命に別状はありません。船の手術室で処置を受けています」
「そう、良かった」
「さあ、絵利香さまがお待ちですよ」
「うん……」
 掘削艇に乗り込む梓、そして慎二。
 やがて探査船へと発進する。

「なあ、麗香さん。これって、もしかして潜水艦か?」
 海上から見上げながら探査船の形状を確認して慎二が尋ねる。
「そうですよ。深海資源潜水探査船です。たまたまハワイ沖の海底を調査していたのを、渚さまが逸早くこちらへ回航させていたのです」
「しかし、なんて馬鹿でかい図体なんだ」
「まあ、三百人からの乗員が搭乗してますから」
 やがて探査船に到着し、甲板に上がると艦長の歓迎を受ける。
『ご無事で何よりでした。艦長のウィルバートです』
 と挨拶する艦長は、軍服に身をつつみ、肩章には銀星が二つ(Rear Admiral Upper Half)と、潜水艦士官(Submarine Officer)の金色の胸章バッチが輝いている。『お世話かけました。それで確認したいのですが、この船は原子力船じゃないですか?』
『その通りです。深海にて長時間の探査を綿密に行うには、原子力船が最適です。空気を大量に消費するディーゼルエンジンは使用できませんし、バッテリー駆動では潜航時間が限られますからね。また無人の探査艇では調査区域が限られます』
『なるほどね……それともう一つ、艦長を含めて皆さん軍服を着ておられますが、乗組員は海軍の軍人ですか?』
『はい。三分の二が艦の操艦に関わる海軍軍人で、残り三分の一が深海探査要員の技術部員です。何せ原子力潜水艦を操艦できる人間は海軍にしかいませんからね。渚様が、大統領を通して国防長官や国家安全保障会議そして統合軍と交渉して、民間会社への特別出向となったわけです。この私も、統合参謀本部から派遣されています』
 といいながら、統合参謀本部勤務を示す徽章を指差した。

『艦長。全員の搭乗が完了、いつでも出航可能です』
『うむ』
 と、梓に向き直って。
『お嬢さま、出航してよろしいですか』
『はい。お願いします』
『母港ハワイ・パールハーバーに向けて出航する。錨をあげろ』
『了解!』
『それでは、居住区の方へお願いします。みなさまがいらっしゃいます』
『わかりました』

「なあ、日本に帰るんじゃないのか。今パールハーバーとか言ってたようだけど」
「バーカ。このまま日本に向かったら何日かかると思ってんだ」
 本当の理由は、原子力船が日本に入港する事が困難な事によるものだ。しかし原子力船ということは伏せておくことにした。会話中に原子力船という言葉が出てきたが、慎二が早口な英会話を聞き取れるわけがない。まあ、さすがに有名なパールハーバーという固有名詞だけは聞き取れたようだが。
「む、無理かな……」
「だから一端ハワイに戻らないとだめ。その後飛行機で帰るの。だいたい船じゃ日数がかかり過ぎて、夏休みが終わっちゃうじゃない」
「そうか、そうだよな」

『艦長』
『はい』
『彼は、密航者です。縛って荷物室にでも放りこんでおいてください』
『え? お嬢さまのお友達ではなかったのですか』
『構いません。飛行機が墜落した張本人なんですから』
『そうでしたか、ではおっしゃる通りに』
 いきなり両腕をつかまれ連行される慎二。
「な、なにすんだよー」
「少し頭を冷やしてらっしゃい」
「お、おい。梓ちゃん」


 一行が集まっている一室に梓が入ってくる。
「梓ちゃん!」
 その姿を確認して絵利香が飛びついてくる。
「もう、心配したんだから。怪我してない?」
 涙声で梓の身体を確認している。
「ごめんね。ご覧の通り、ぴんぴんしてる。大丈夫よ」
「よかった……あれ、慎二君は?」
「あは、彼は営倉入りよ。墜落の責任を取ってもらわなくちゃね」
「可哀想ね」
「当然の処置よ。それで、機長の手術は終わったの?」
「うん。骨折も大したことなくて、後は回復を待つだけよ」
「よかったね」

「しかし、相変わらず、派手好きなお母さんだこと。で、この船は一体何なの、麗香さん。海底資源探査船ということは艦長から聞いたけど、もっと詳しくお願い」
「はい。深海底の資源を探査するために開発・建造された、深海資源探査船です。最近注目されているメタンハイドレードの分布状況や、熱水鉱床から産出される希少金属などの調査をしています」
「梓ちゃんの名前が記されてるけど、どういう関係があるの?」
 絵利香の質問に麗香が答える。
「はい。この船は、お嬢さまが実質上のオーナーとなっております、資源探査会社AREC『AZUSA Resouce Examination Corporation』が所有・運営しています」
「へえ、あたしがオーナーになってるんだ」
「現在は、渚さまが代執行されておりますが、お嬢さまが十六歳におなりになり次第、権限が移譲されるものと思われます」
「そうか、真条寺家の成人は十六歳だものね。でも梓ちゃん学生だよ。大学卒業までは経営に参画できないんじゃない?」
「たぶん代執行権を麗香さんが引き継ぐことになるんじゃないかな。あたしの全権代理執行人だもの。ね、麗香さん」
「はい。お嬢さまが、代執行をお認めになられればですが」
「もちろんだよ。麗香さんのこと信じてるから」
「ありがとうございます」

「ちょっと外の空気を吸ってこようっと」
「この部屋から出ちゃだめって言ってたよ」
「この船のオーナーは、あたしらしいから、大丈夫じゃないかな。麗香さん?」
「はい。お嬢さまだけなら」
「んじゃ、そういうことで」
 居住区を出た梓は、統合発令所へ行く。途中で出会う乗務員は、梓を認めても誰も咎めることなく、梓の船内での自由は確保されているようだ。しかし、要所に配置された耐圧ハッチを潜らねばならず、その狭さに閉口していた。

 やっとのことで統合発令所へたどり着くと、発令所要員が梓を認めて尋ねてくる。
『これは、お嬢さま。何かご用ですか?』
『艦長はいらっしゃいますか?』
『司令塔甲板にいますよ』
 と天井を指差す発令所要員。
 梓は、階上の艦橋そして司令塔甲板へと上がっていく。
『艦長! 上がっていいですか?』
 一応念のために艦橋のところで、梯子を登る前に声を掛ける。任務遂行の邪魔をしてはいけないからだ。
 その声に下を覗き、梓を確認して答える艦長。
『お嬢さま! どうぞ、お上がりください』
 狭い耐圧ハッチを通って甲板に上がる梓。
『どうなさいましたか?』
『あのね。潜水艦に乗るのはじめてだから、物珍しくて』
『あはは。よろしかったら、後で部下に案内させましょう。これはあなたの船ですからね』
『ほんとに? お願いします』
『しかしオーナーがこんな可愛いお嬢さまだなんてね。乗務員の多くがお嬢さまの写真を隠し持っているとかの噂があります。いわば当艦のアイドル的存在になっているようです』
『そ、そうなんだ。どうりでみんな初対面のあたしの顔知ってて、艦内をぶらついてても咎められなかったんだ』
『まあ、許してやって下さいよ。みんな狭い潜水艦の中で、一所懸命に働いている仲間なんですから』
『うーん。その気持ち判らないでもないけど……まあ、仕方ないわね』
『恐れ入ります』

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