梓の非日常/第六章・ニューヨークにて(五)暴漢者達
2021.03.20

梓の非日常/第六章・ニューヨークにて


(五)暴漢者達

 梓達一行を柄の悪い連中が取り囲んでいた。
『エルドラドを降り立った時から、ずっとつけていたみたいですよ』
『お金の話しをしながら歩いていたからかなあ』
『というよりも、大金を持ち歩いている日本人観光客は目をつけられているからですよ』
『あたし達、観光客に見えるんだ』
『十分観光客に見えますよ』
 梓達が流暢な英語を喋っているので、意外といった表情の暴漢達。
『おまえら、英語が判るのか?』
 暴漢の一人が確認してきた。
『判るもなにも、地元だよ。この街で生まれ育ったよ』
 梓が答える。明らかにニューヨークなまりとわかる本場の英語である。
『ちっ! はずしたか……。まあいいや。なら、話しは早い。金を出しな』
『おお! 単刀直入にきたか』
『車から降りるときに財布を手渡されたのを見てる。全部出せ』
 といいつつ手を差し出す。
『やっぱり、車からつけてきていたんだ』
『早くしな!』
『やだね』
 あかんべえをする梓。
 暴漢に囲まれているというのに、落ち着き払っていて、少しも脅えていない。
『なんだとお。少し痛い目に会いたいようだな』
『痛い目って、魚の目か?』
『また、言ってる! 今どういう状況かわかってるの?』
 絵利香が金きり声をあげる。
『うーん……暴漢者に囲まれてる』
 とぼけた表情で答える。
『このお、ふざけやがって』
 いきなり殴りかかってくる暴漢。
 しかし梓は冷静に体をかわして、その腕を関節技に極めて、相手の勢いに乗せて投げ飛ばした。
『うおおお、い、いてえよお』
 地面に伏した暴漢は苦しみのたうちまわっている。
 暴漢はまともに技が決まってどこか負傷したようだ。受け身を知っていれば何ということのない技なのだが、暴漢達が知る術もなし。
『肘の関節が外れたよ、早く医者に診てもらった方がいいぞ』
『こ、こいつ。柔道が出来るのか?』
 暴漢達が尻ごみする。いとも簡単に大男が投げ飛ばされたのだ。当然の事だろう。
『柔道? 合気道だよ』
『しようがないですよ。投げれば、柔道。蹴れば、空手。棒切れ振り回せば、剣道。ぐらいしか知識がないんですから。攻撃技のない合気道はメジャーじゃないんです』
 といいつつ自分に襲いかかってきた相手に回し蹴りを食らわしている美智子。
『へえ、あなた達も武道のたしなみがあるんだ』
『当然ですよ。でなきゃ麗香さまが、お嬢さまのこと任せてくれたりしませんよ』
 と平然と男を投げ飛ばす美鈴。
『専属メイドの採用条件に、英語堪能という他に武道の心得も必須になっているのです。お嬢さまの護衛の任もあるんです』
 今度は明美が、踵落としを決める。
『わたし達の得意はそれぞれ違うんですよね』
 美智子の縦拳が相手の顔面に炸裂して、もんどりうって倒れる暴漢。
 合気道、空手、柔道、テコンドー、日本拳法。まさに技のオンパレードであった。
『そうなんだ……おおっと、絵利香ちゃん危ない!』
 背後から絵利香に近づこうとした暴漢を、跳び膝蹴りで撃退する梓。
 武道の心得のない絵利香をかばように、梓やメイド達は動きはじめた。

 その頃、ブロンクス屋敷の執務室では、非常事態を察知して動きだしていた。
 梓の行動を二十四時間監視している人工衛星が、警報を鳴らしたのである。
 パネルスクリーンには暴漢達に囲まれている梓達が映しだされている。
『大至急、ニューヨーク市警のコードウェル署長に連絡して』
 渚が指令を出す。
『かしこまりました』
 いったん屋敷に戻っていた麗香であるが、取って返して梓の元へと、エルドラドを走らせていた。

『もう、いい加減にしてよ!』
 いくら倒しても切りがなかった。次々と新手が出てくし、そうこうするうちに倒した相手が起き直って再び向かってきたからだ。
 さすがに疲れが見えはじめた頃、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
 すると暴漢者達は、ここまでと撤退をはじめた。
 その後ろ姿を見つめながら、
『あの、執拗さ……どうやら、金目当てだけじゃなかったみたいね』
『もしかして婦女子誘拐団だったりして……誘拐した婦女子が財産家だったら、身代金をとり、庶民なら薬づけにして、売春とかをさせるあれ?』
『たぶんそうじゃないかな。だって高級車のキャデラックら降り立った所を見られてるんだもの。身代金目的で誘拐するつもりだったのかも』
 パトロールカーが梓達の前に集まってきた。
 警官達が降りてきて、倒れている暴漢者達を確保していく。
 そのうちの一人が梓に近づいてくる。
『真条寺梓さんですね?』
『え、あ……はい』
『やっぱり。渚さまに生き写しだからすぐに判りましたよ』
『あなたは?』
『ニューヨーク市警のコードウェルです』

 ニューヨーク市警本部。
 その署長室に集まった梓達。
 麗香も後追い到着していた。
『お久しぶりですなあ。お嬢さまがた』
『ええと……いつ、お会いしましたっけ?』
『あはは。そうか、覚えておられませんか。そうですねえ、まだ五歳でしたものね』
『コードウェル署長は、お嬢さまが五歳の時に、迷子になられた時の捜査責任者です
よ。当時は警視でした』
 梓達の身柄引取に市警に出迎えていた麗香が答えた。
『麗香さんは、その当時から世話役をなされていましたね。お嬢さまが迷子になったと、真っ青になって駆け込んできた十三歳当時のこと覚えていますよ。コロラド大学の一年生でしたっけ』
 麗香は才媛なために、成績優秀飛び級で大学進学を許されていた。
『はい。その通りです』
『五歳で迷子というと、セント・ジョン教会とヴェラザノ神父のことは覚えているけど……』
『ああ。そう言えば、ヴェラザノ神父、お亡くなりになったそうですね』
『はい。こちらに戻ってきたのは葬儀に参列するためでした』
『そうでしたか。神父は音楽に造詣の深いお方でしたね』

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