梓の非日常/第二部 第八章 小笠原諸島事件 (九)津波襲来
2021.03.19

梓の非日常 第二部 第八章・小笠原諸島事件


(九)津波襲来

 生徒達が原始的生活に勤しんでいるその時だった。

「みんな、あれを見て!」
 生徒の一人が、海の方を指さして、異変を伝えた。
 水平線の一部が大きく盛り上がっていた。
「な、なに?」
 全員が海に注目した。
 海の盛り上がりは次第に大きく、そしてまさしく近づきつつあった。
 尋常でない事態が発生している。
「も、もしかして……津波じゃないのか?」
「つ、つなみ? まさか……」
「俺、TVで津波の映像見たよ。間違いないよ」
 
 天候は予報できるが、地震とそれによって引き起こされる津波は予測困難である。
「無線で救援を求めて!」
 無線を管理している下条教諭に伝える。
「今から連絡するが、到底間に合わないよ」
 言いながら無線機を手に取った。

「父島の方でも、ハワイの太平洋津波警報センターから地震津波速報を受けているはずだよ。今対策を講じているよ」

「みんな木に登るんだ! 津波がくるぞ!!」
 島全体に聞こえる大声で誰かが叫んだ。
 全員大慌てで、木に登り始めた。
 しかし、女生徒など木登りができない者もいる。
 男子が、その尻を押し上げる。
 恥ずかしいなどとは言っていられない。
 生命が掛かっているのだ。

 津波に関する次のようなデータがある。

① 津波の速度={水深mx重力加速度(9.8m/s*2)}の平方根
② 津波の高さ≒水深の四乗根に反比例(グリーンの法則)することが分かっているが、地震の規模や発生過程によって変わるので明確な公式はない。
③ 水平線までの距離=1.06{h(2r+h)}の平方根(h は観測者の目の高さ、r は地球半径)

 太平洋の平均水深は4800mであるから、①式に当てはめると津波の速度は時速約780kmとなる。新幹線を遥かに上回る波が押し寄せることになる。ちなみに水深100mくらいになると時速約100kmまで落ちる。
 1960年に発生したチリ地震(Mw9.5)では、地球の裏側17000kmの彼方から22時間かけて到達し、最大6.1mの津波が発生した。
 身長1m80の人間が見える水平線までの距離は③式から約5km。
 よって水平線に津波が見えたならば、約23秒後にはもう津波はやってくるということになる。

 周囲に何もない太平洋のただ中ならば津波はそれほど怖くない。
 津波という名の通りに、ただの波なので船に乗っていれば、上下に浮かんだり沈んだりするだけだ。縄跳びの一カ所だけを見れば上下に振れていることが良く分かるだろう。
 津波が怖いのは、陸地に近づいてから。
 大陸棚に入り深度が浅くなって速度が落ちることによって(②式)、後ろから続く波によって押し上げられるように高くなる。
 ただの波が海水の流れと変わって寄せるようになるからだ。

 孤島の場合を考えてみよう。
 確かに深度が浅くなって津波の高さが上がってくることが想像できるが、実際にはそれほど急上昇はしないはずだ。
 これは川の流れの中にある岩を考えれば分かる。
 水は岩に当たっても、両側に素直に分かれてしまうからだ。
 津波が頻繁に行き来する太平洋の中の小さな島国が生き残っていられるのもこのせいである。
 ところがこれが堰や堤防となると、行き場を失った水はそれを乗り越えて、場合にはそれを決壊させてしまう。陸地を襲う津波がこれである。

 津波はすぐそこまで迫っていた。
「背中側を波に向けるように木にしがみ付いて!」
 その態勢は、波が来ても身体が木に押し付けられる格好になるからである。
 波の方に顔を向けていれば、木から剥がされて流されるということである。

 そしてついに、到来した津波が生徒達を襲った。

 木に登った生徒達の眼下では、島に上陸した波が砂浜を洗っている様子が見られる。
 波の高さは50cmくらいであろうか、海がまるで川のように流れている。
 ずり落ちないように必死で木にしがみ付いている生徒達だった。

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