梓の非日常/第三章・ピクニックへの誘い(十一)ビンゴ大会
2021.02.24

梓の非日常/第三章 ピクニックへの誘い


(十一)ビンゴ大会

 3401号室と書かれたドア。
 荷物を降ろしながら慎二が確認する。
「なあ、何で俺が先生と鶴田と一緒の部屋なんだ?」
「しようがないだろ。おまえは嫌われているからな。俺と、委員長が貧乏くじを引かされているのさ。まあ、バスでは真条寺君と一緒だったが、さすがに寝るところは同室にはできん」
 その時、ドアがノックされる。
「どうぞ」
 ドアが開いてスーツ姿の紳士が立っていた。
「幹事さまのお部屋はこちらでよろしいですか?」
「はい。そうです」
「私は、支配人の遠山です」
「ああ、良かった。丁度打ち合わせがしたかったんだ」
 鶴田が打ち合わせしたかったのは、食後に続くレクレーション関係のことである。

 レクレーション会場に集合する生徒達。食事を終えてから、鶴田に指示されてこの会場へ移動してきたのである。会場の隅には、折り畳み式の移動卓球台やら、通信カラオケマシン、大型のプラズマディスプレイなどが置いてある。
「やっぱりホテルの料理の方がうまいな。フランス料理のフルコース」
「相変わらずがっついてたくせに」
「しかし、何やるのかな。鶴田のやつ」
 鶴田は大型プラズマディスプレイを引っ張りだして、パソコンの出力端子を接続している。
「よし接続完了。テストプレイ!」
 というと、プラズマディスプレイに大きな数字が表示される。
「ルーレット、スタート!」
 ピピピという電子音とともに、数字がくるくると高速で変わっていくが、やがて変化速度が落ちてきて一つの数字を表示して止まる。
「うん、いいみたいだね」
「おい、委員長。全員揃ったぞ」
「あ、はいはい。今、はじめますよ」
 と答えると壇上に上がる鶴田。
「それでは、みんないいかな。さっそくビンゴゲームをはじめるよ。沢渡君、カードを配っていただけますか」
 慎二が、何で俺が下働きせにゃならんのか、といった表情でカードを配っていく。鶴田と同室になったのが運のつき。梓の視線があるので仕方が無い。
「公平くん、慎二くんのことお願いね。みんなのお手伝いができるように、うまくリードしてあげてね。こんなことお願い出来るの公平くんしかいないし、あなたならできると思うから」
 梓に頭を下げられては断りきれない鶴田だった。
 どんな相手に対してもやさしくできる、素晴らしい女性だ。
 親睦旅行の意義を理解し、一人でも仲間はずれにならないように心掛けている梓に、感心する鶴田だった。
「みんな、カードは行き渡ったかな。まだ貰ってない人はいないかな」
「いません!」
「それじゃあ、始めるよ。男女別々にやるからね。まずは女子からだ。男子はちょいと待っててくれるかな」
「なんで別々にやるの?」
「それは見てのお楽しみだよん」

 ビンゴ大会がはじまった。
 鶴田が操作するパソコンに繋がれたプラズマディスプレイに次々と表示される数字に合わせて、カードに穴を開け一喜一憂する女子生徒達。
 何巡目だろうか。梓の持つカードの穴が一列に並んだ。
 ……あ、ビンゴ。でも、いやな予感がするから……
 梓は黙っていることにした。だが、梓のカードを覗きこんだ慎二に気づかれてしまう。
「はい! 梓ちゃん、ビンゴですう」
「え? あ、こら」
 カードを取られ高々とさし上げられる。
「はい。梓さんが最初にビンゴとなりました。だらだらと二位三位を決めてもつまらないので、以上で女子は終了させていただきます。各自カードをしまってください」
「よかったね」
「よけいなことしやがって」
 ふんと息を荒げる梓。
「さあ、女子のビンゴ者が出たよ。続いて男子、といいたいところだが、その前に」
 鶴田がパソコンを操作すると、ディスプレイに大きな回転板と下の方に弓のような画像が映しだされた。よく宝くじの抽選などで使われる投的の映像だ。そこには放射状のマスの中に次のようなことが書かれている。
 男子の頬にキス、デュエットする、二人でダンス、女子のハリセンチョップ、スカ。
「ちょっと、なによこれ。まさか」
「そのまさかだよ、梓さん。はい、矢が出るボタンだよ。画面に矢が投的されて円盤に刺さるようになっているんだ」
 パソコンに繋がっているボタンスイッチを手渡す鶴田。ルーレットのスタートボタンを兼用しているそれを渡される梓だが、未だに納得できないでいる。
 しかし梓の意志とは無関係に、事は進められ回転板が回される。
 ……用は、スカを当てればいいのね……
 梓がボタンを押すと、画面下の弓から矢が飛び出してきて放物線を描きながら、円盤に向かっていく。
 そして命中!
「おおっと、男子の頬にキス、とでました」
「ちょっと待ってよ」
「というわけで、男子生徒諸君! 美女の口づけ争奪バトルビンゴ開始だあ!」
「おおおお!」
 歓喜の声を上げる男子生徒達。
「だからあ……」
 梓の意見を聞く耳持たないといった調子で鶴田委員長は続ける。
「さあ。運命の女神は誰の手に転がるか、一巡目行くよ」
 ピピピピピとディスプレイに表示されたルーレットが回る。
「出ました! 32です。男子のみなさん、お手元のカードの32に穴を開けてください」
「おおう!」
 男子達は完全に出き上がっていて、梓の意見など聞くものはいなかった。女子達もすでに生け贄が梓と決まっているので、安心して成り行きを見守るつもりらしい。
 正確にいえば、セクシャルハラスメントなのであろうが、宴会にはイベントは不可欠であり、誰かが犠牲になることも多少は許されるのが、常々のことであったからである。
「やっぱり、こうなると思ってたんだ……」
「ついてないわね」
 絵利香だけが梓を慰めていた。
 鶴田が金きり声を上げている。
「十二巡目だよ。誰か、リーチはいないか、リーチだよ」
 慎二が、黙ってゆっくりと手を挙げた。
「おおっと、沢渡君、リーチ宣言だ」
「げげっ! よりにもよって慎二とは」
 周りの者が慎二のカードを覗いて確認している。
 どうやら確かにリーチのようだ。
「さあ、運命の女神はこのまま沢渡君を祝福するのか。いいや、諸君! そんなことを許していいのか?」
「よくない!」
「そうだ、そうだ」
「ようし、みんなその調子だ! 次ぎ十三巡目いってみよう!」
「おう!」
 宴会は最高潮に盛り上がっていた。
 梓の口付けを掛けて、男子全員が乗りまくっている。
「さすが鶴田委員長ね。みんなを扇動して場を盛り上げるの、巧いんだから」
「うん。中学時代は、一年の後期から卒業するまで、連続五期も生徒会長やってたもん。文化祭やら体育際、そして修学旅行みんな一人で仕切って大好評だったよ」
「まあ、そういうことに情熱を捧げているぶん、成績はぱっとしないけどね」
 納得という表情で、男子達の舞い上がりを傍観する女子生徒達。
 その中にあって、ただ一人冷めているのが梓一人。

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