あっと!ヴィーナス!! 第三部 第二章 part-9
2020.12.29

あっと! ヴィーナス!!(43)


第二章 part-9


 椅子から飛び降りると、ハーデースに向き直った。
「やい!愛ちゃんをどこに隠した!?」
「隠す?」
「そうだ!今すぐ、愛ちゃんを出せ!」
「隠していないが……その者なら、隣の部屋でくつろいでいるがな」
「隣の部屋だとI?」
「ああ、そこの部屋だ。鍵は掛かっていないぞ」
 ハーデースが指さした扉に向かう弘美。
 取っ手に手を掛けようとするが、ヴィーナスが忠告する。
「開けるのか?罠かも知れんぞ」
 するとハーデースが応じる。
「その心配はない!」
「信じられるのか?」
「インディアン嘘つかない」
「お、おまえもかよ!!天上界では、よほどローンレンジャーが流行ってるんだな」
 といいつつ、取っ手に手を掛けドアを開けた。
 そして、弘美の目に飛び込んできたものは?
「なんだこれは?」
 広間の中央にデンと置かれた大きなテーブル。
 その上に、これでもかと並べられた食事の数々。
「まあ、ゆっくりしていきたまえ」
 と、声を掛けたのは、
「アポロン!!」
 誘拐犯の主犯、その人であった。
「あ、弘美ちゃん!遅かったじゃないの」
 と、声を掛けたのは双葉愛だった。
 食卓の末席で、食事を頬張っていた。
「愛ちゃん!なんでだよ!?」
「来るの遅いから、先に食べちゃったわよ」
「た、食べて平気なのか?」
「うん。おいしいわよ」
「確か、神の食事って人間が摂ると不死になるとか……有害じゃなかったか?」
「まあな。人間にとっては危険ともいうべき食べ物だ」
 ディアナが解説する。
「心配するな。愛君の食べているのは、ちゃんとした人間の食べ物だよ」
 アポロンが解説した。
「本当だろうな?あ、インディアン噓つかないって言うなよ。当たり前だのクラッカーもダメだ」
 機先を制して口封じする。
「まあ、私を信じたまえ。愛君の隣に座ればよかろう。そこが人間の席だ」
 指定された席に着く弘美。
 ともかくも、洞窟を歩き疲れて腹も減っていたのだ。
「腹が減っては戦は出来ぬというからな」
 目の前の人間用の食事を手に取る。
 それを見届けてから、二人の女神に向かって、
「ヴィーナスとディアナもどうだね?神の酒(ネクタル)と神の食物(アムブロシア)も用意してあるぞ」
 とアポロンが勧める前に、ヴィーナスが神の酒を既に飲み始めていた。
「ちゃっかりしてるやっちゃな。ヴィーナスは」
「酒には目がないからな」
 ディアナも救い難いという表情をしていた。
「おまえらも飲むか?」
 ヴィーナスが弘美たちに、神の酒を勧めようとする。
「あほか!神の酒が飲めるかよ。不死になっちまったら人生終わりだ。だいたいが、俺達未成年だ!」
 やがて、ハーデースも主席に着いて、宴が始まった。
 弘美も取りあえずは空腹を満たすために、目の前の食事に手を付けている。
「おい。そんなにがっつくと太るぞ!」
「そうそう、せっかくのプロポーションが台無しになるじゃないの」
「知るかよ。空腹を満たすことの方が大事だ」
 仮に太ったとしよう。
 弘美は、ファイルーZリストに載っている人間だ。
 女にされた時に、見目麗しき姿に変身したくらいだ。
 醜態な状態になれば、ゼウスが放っておかないだろう。
 必ず、再び元の美麗な姿に戻すと思われる。
 それを知ったか知らずか、気にもせずに食べ物を口に運んでいる。
「ところで愛ちゃん」
「なあに?」
「どうやってここに連れてこられたの?」
「そうねえ……(としばし思い出そうとする)家に帰って玄関の扉をくぐったら、ここに出ていたのよ」
「つまり玄関扉が、どこでもドアになっていたということか……」
「どこでもドア?」
「分かりやすく言うと、転送装置だよ」
「ああ、そういうことね。でも、どうして私を?」
「人質になっていたんだよ」
「人質……私が?」
「俺……じゃなくて、あたしを連れてくるためにね」
 神の前では『俺』と称する弘美だったが、弘美の前では『あたし』と称している。
 愛ちゃんは、弘美を女の子と思わされているから、その前では俺とは言えなかった。
「さてと宴もたけなわ、本題に入ろうか。アポロン議事進行!」
「え、自分がでありますか?」
「やりたまえ」
「分かりました」
 すると、食事を乗せていたテーブルが、音を立てて床の下へと沈んでゆく。
 代わりに現れたのは、会議テーブルだった。
「ああん。もっと飲みたかったのに~」
 ヴィーナスが名残惜しそうに床の下を見つめている。

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