銀河戦記/脈動編 第五章・それぞれの新天地 Ⅲ
2022.01.15
第五章・それぞれの新天地
Ⅲ
どれくらいの時間が経ったのであろうか。
私は目を覚ました。
天井から吊るされた照明が眩しい。
「生きているのか?」
だが、すぐに異様さに気が付いた。
眩しさに目を覆おうとした手に異変が起きていた。
身体の皮膚を突き破って芽が出ており、照明に向かって伸びていた。
「やはり感染していたか……」
今までの例では芽が出た患者は、すべて死んでいた。
心臓をやられての心筋梗塞・心不全、肺をやられての肺栓塞、脳にまで達しての脳出血・脳梗塞などで。
しかし生きているのは何故だ?
体内は、完全にシダ植物に支配されてしまっているようだ。
しかし息苦しさはない、というか息をしている感じがない。
まるでシダ植物が、自分を生かし続けていたようだった。
自殺剤として投与した高濃度の塩化カリウムは、人間にとって高カリウム血症から心不全を引き起こすが、植物にとっても除草剤であり枯れ死させる成分でもある。
枯れ死すると気づいたシダが、藁をも掴む手段で寄生体に遺伝子を預けて、何とかして生き残ろうと足掻いたのかもしれない。
共生関係か?
造礁珊瑚が体内に褐虫藻を共生させているように。
人間を含めた真核生物の細胞の中にも、ミトコンドリアという好気性細菌が共生しており、エネルギー供給を担っている。今やミトコンドリアなしで生きてはいけない。
生き延びたとして何ができる?
仮に船が動いたとしても、一人ではどうしようもない。
これから先、いつまで生きられる?
少なくとも、胞子の恐怖からは解放されたようだが……。
ベッドから降りて歩き回ってみた。
植物は動けないが、動物は動けるのが利点であることを知った。
目覚めの一杯の水を飲んでみた。
五臓六腑に染み渡る……という感じが本来するのだろうが、大半を植物の方が吸収してしまっているようだ。
「少し眩暈がしてきたぞ……」
自殺依頼食事は摂っていない、腹が減っても良さそうだが、空腹感はない。
そもそも食糧庫はすでに空っぽで食べられるものはない。
外へ出てみる。
燦燦と降り注ぐ日光。
眩暈も治まってくるし、活力がみなぎってくる感じがした。
「これは……もしかして植物としての能力を体得したのでは?」
今後は、水と少しのミネラルを補給すれば、光合成で生きていけるようだ。
ベンチに腰かけて、日光を精一杯浴びる。
数時間ほど、そうやって時を過ごしていると、首筋に違和感を感じる。
触ってみると、何やら瘤状のものができていた。
「もしかしたら……出芽? それとも前葉体でもできたのか?」
生物学者であるから、シダ植物の生活環は理解している。
瘤は少しずつ成長して、うずらの卵くらいになった時にポロリと抜け落ちた。
それを拾い上げて、しばらく見つめていたが、
「植えてみたらどうなるかな?」
直射日光の当たらない日陰で、湿気のある場所の土の中に植えてみた。
時折水を与えながら、数日観察してみる。
やがて土の中から芽が出てきた。
「おお! 出た、出たぞ」
これから、どのように成長するかと期待して数日を過ごす。
芽は順調に伸びていった。
背丈くらいまで伸びた頃、上に伸びるのが止まり、先端辺りが膨らみ始めた。どんどん膨らみ、その重みで垂れ下がって地面に触れた。
それはまるで繭(コクーン)のようだった。
中では何かが蠢いており、どうみても生物らしきものだった。
生物は、繭から栄養分を貰って成長しているようだった。
「これは繭というよりも、子宮と言った方が良いかも知れない」
しばらく見守っていると、子宮が収縮して中の生物を押し出した。
それはそれは玉のような赤ん坊……といっても良いのだろうか?
生れ出た? 赤子の姿は、一見人間のように見えるが、全身緑色で葉緑素を含んでいるようだ。
動物たる人間と植物たるシダ植物が合体した新生物の誕生である。
簡潔明瞭に『植人種』という生物分類を作った。
彼を見て最初に思ったのは、
「生殖はできるのだろうか?」
ということだった。
自分の身体から出芽した生物なのであるから、彼自身からも出芽して子孫を残せようではある。
その子供の名前を『トゥイストー』と名付けた。
トゥイストーに対して、移民船に搭載されている教育コンピューターを使って、知識を教え込んだ。
彼は、貪欲に知識を吸収して、宇宙船の設計をできるまでの博学を覚え込んだ。
私とトゥイストーによる出芽・増殖によって、植人数は次々と増えていった。
500年が経ち、植人種達も一億人を超えて宇宙に乗り出し始めた。
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