銀河戦記/脈動編 第五章・それぞれの新天地 Ⅱ
2022.01.08
第五章・それぞれの新天地
Ⅱ
到着当初の騒動も沈静し、本来業務が順調に滑り出す。
水源の調査確保と水道設備の建設。
居住家屋の建設。
良質な耕作地の選定。
牧畜用の農場作り。
生きていくのに必要なものが造られてゆく。
順調に開拓が進んでいた……かのように思えた。
ところが、三か月ほど経って体調不良を訴える者が続出したのだ。
そのほとんどが、最初は軽い咳から始まる。
やがて咳は酷くなっていき、喘息のような絶え間ない激しい咳、呼吸不全や呼吸困難に陥る。
インフルエンザや肺炎のような感染症ではないかと疑われた。
肺のレントゲンを撮ってみると、画像には網目状や蜘蛛の巣状の影が映り込んでいる者が多かった。
医者は、
「間質性肺炎か胸膜炎かな……」
という診断を下して、ステロイド剤や抗線維化薬(こうせんいかやく)などを処方されるも、症状は一向に良くならず悪化の一途。
多くの者が倒れゆき、病床は一杯になって、廊下に並べられるようになった。
遂に死亡者が出た。
死因は心筋梗塞と思われたが、さらなる原因を調べるために、病理解剖が行われる。
手術台に乗せられた検体にメスが入れられる。
腹を切り開くが、そこには異常は見当たらない。
続いて胸部の切開に入る。
皮膚を割き、ろっ骨を電動鋸で切り開く。
執刀者の目に飛び込んできたのは……。
「な、なんだこれは!」
肋骨と肺の間には、壁側胸膜と臓側胸膜があり、その隙間/胸膜腔は漿液で満たされて呼吸時に摩擦を和らげる作用があるのだが……。
漿液のある空間が、何かでびっしりと詰まっていた。
壁側胸膜を切り開いて調べてみる。
「植物の根だ!」
植物の根が、葉脈のように肺を覆っていた。
「レントゲン撮影で、網目状の影が映っていたのはこれか!」
根の一部が心臓に達して、冠状動脈に入り込んでいた。
「この根が心筋梗塞を引き起こしたのか……」
さらに根をかき分けて、臓側胸膜を切り、肺を切り開くと、
「うひゃあ! こりゃひどいな……」
肺の内側は完全に植物の根で覆われていた。
植物の根を取り出して鑑定してみると、シダ植物のものだと判明した。
「どうやら……このシダ植物の胞子を吸い込んでしまうと、肺の中で発芽して体内の栄養分を吸収して成長するようだ。まるで冬虫夏草だな……」
この冬虫夏草に侵された者は、仲間の三分の一に及んでいた。
日頃からマスクを着用している医者・生物学者などや、虚弱体質で外出しない者などが、正常でいられただけだった。
このままでは全滅する。
探索艇は着陸時に故障して、再び宇宙へは逃げられない。
何とかして、この星で生き延びる手段を考えなければならない。
対処法が考えられた。
1、まずは船内に入り込んだ胞子の完全除去。
a、高性能のフィルターを使った換気装置の設置。
b、出入り口には、ジェット噴流エアカーテンで外気の侵入を防ぐ。
2、船外に出る時は、胞子を吸い込まないように、完全防塵のマスク着用の義務化。
a、帰還時には、衣服を脱ぎシャワーを浴びてから、別の新しい衣服に着替える。
b、脱いだ衣服は、洗濯滅菌処理する。
3、胞子の発芽を抑制し、成長を阻止して枯れ死させる人畜無害の薬剤の開発。
a、喘息治療薬のように吸引タイプのもの。
b、注射もしくは点滴による静注タイプ。
しかし、すでに感染が進行している者は、手遅れで対処法も効果がなかった。
喘息発作や肺栓塞症、心筋梗塞などで次々と亡くなっていく。
やがて皮膚から棘が出てきている患者もいた。
調べてみると、その棘は植物の根であった。
体内を巡っていた植物の根が、ついに皮膚を突き破って外に出てきたのだ。
そうこうするうちに眼球の窪みから、小さな芽がでてきた者がいた。
「これはまずいな……」
芽が成長して、胞子体が出来て胞子を撒き散らすようになったら大変だ。
船内が再び胞子で汚染されてしまう。
忍びないが、その身体を船の外に運んで埋葬した。
数か月後、その身体はシダ植物となっていた。
今になって気づいたのだが、この惑星の地上に動物がいなかったのもこれで納得することができた。
肺呼吸する地上の動物は存在しえないのだ。
魚が生存できるのは、海中には胞子は届かないからだ。
このシダ植物は、動物の体内では栄養吸収して目覚ましく成長するが、湿ったジメジメした場所の土なら成長度は極端に遅くはなるが、単独で生育できて何とか植生を保つことができるようだ。
単刀直入に表現すると、寄生もできるシダ植物ということである。
寄生植物の存在のために、外へ出て働く者はいなくなった。
耕作は中止され、備蓄された食糧で食いつなぐだけの生活が続く。
食糧が底を尽きかけて、残り少ない食糧を巡っての争奪がはじまった。
劣勢に立たされ飢えに苦しむ者が、死なばもろともとばかりに、換気扇のフィルターを取り外した。
胞子を含んだ空気が船内に充満してゆく。
突然の出来事に、胞子対策の余裕もなく全員が感染してしまった。
次々と発症して倒れてゆく乗員達。
最期の一人となった私は、この惑星にたどり着いた冒険者のために、警告の文書を残しておく。
たった一人で生きていく気力はない。
いつ発症して身体中を根っ子に乗っ取られるかは時間の問題。
私は、自殺装置というものを作成した。
ジャック・ケヴォーキアンが考案したタナトロンという装置に似ている。
点滴装置に、チオペンタールなどの麻酔薬の入った輸液バック、高濃度塩化カリウムの入った輸液バックが吊るされている。
スイッチを押すと、まず麻酔薬が点滴されて、一定時間後に昏睡状態となった後に、塩化カリウムが点滴される。眠っている間に心臓発作で死に至るのだ。
装置に繋がった末梢(まっしょう)静脈留置カテーテルを、左腕に挿入して静に死が訪れるのを待つ。
静かな時間が過ぎ去ってゆく。
やがて眠りに落ちた私は……。
参考
最近スイスでは、フィリップ・ニチケ:サルコと呼ばれる安楽死マシンが、法的に問題ないという見解を出した。薬物としてペントバルビタールナトリウムを使用する。
追記、その後問題ないというのは誤報であると発表された。
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