妖奇退魔夜行/胞衣壺(えなつぼ)の怪 其の肆
2019.05.31


陰陽退魔士・逢坂蘭子/胞衣壺(えなつぼ)の怪(金曜劇場)


其の肆 胞衣壺

「被害者は女性ばかりです。いかに夜とはいえ、ズタズタに切り裂いて内蔵を取り出す
には時間が掛かります。にも関わらず目撃者が一人もいない」
「察するに犯人は【人にあらざる者】ではないかと仰るのかな?」
 春代が意図を読んで尋ねた。
「その通りです」
「して、わざわざご足労なさったのは……」
「もちろん、蘭子さんのお力を頂きたいと」
「だろうな」
 春代と課長の会話を耳にしながらも、怪訝な表情をしている蘭子。
「どうした? 蘭子」
「実はですね。今回の事件と関連がありそうな出来事がありました」
「それはどのような?」
 井上課長が身を乗り出すようにした。
 蘭子が思い起こしたのは、先日の地鎮祭の出来事だった。
 胞衣壺が掘り起こされて持ち去られた日の翌日に、最初の切り裂き事件が起きていた。
「えなつぼ……それは、どんなものですか?」
「【胞衣(えな)】とは胎盤のことじゃて、それを入れるつぼだから【胞衣壺】とい
う」

 昔の日本(平安・奈良時代)では、胎盤を子供の分身と考えて、大切に扱う風習があ
った。
 陶器製の壺に胎盤を入れ、筆・墨・銅銭そして刀子(とうす・小刀)を一緒に納めて
地中に埋めていた。
 これらの品々は、当時の役人の必需品で、子供の立身出世を願うためである。
 人にたくさん踏まれるほど、子供がすくすく成長すると考えられて、人通りの多い間
口や土間に埋められることが多かった。
 大きさは、口径12cm・高さ16cmのものから、口径20cm・高さ30cmく
らいのものが多く出土している。

「昔の風習じゃて、今では廃れてしまっておるなあ。せいぜい戦前までのことじゃて」
 刀子という言葉を耳にして、糸口が一つ解明したような表情をする井上課長。
「その刀子の長さはどれくらいのものでしょうか?」
「そうさな……壺の大きさにもよるが、五寸から一尺くらいじゃのお」
 春代は古い尺貫法に生きる世代である。
 すかさずメートル法に言い直す井上課長。
「15cmから30cmですね」
 井上課長の脳裏には、殺人の凶器として十分な長さがあるな、という推測が生まれて
いることだろう。
 銃刀法では、刃渡り6cm以上の刃物は携行してはならないと、取り締まっている。
「刀子は、そもそも魔除けの意味があります。葬式でのご遺体に守り刀を持たせるのと
同じです」
 *参照=蘇我入鹿の怨霊
「さて、そろそろ本題に入ろうかのう。刑事さんよ」
 井上課長の来訪目的を訪ねる春代。
 これまで長々と、時候の挨拶よろしく話していたのだが……。
「はい。単刀直入に言います。連続通り魔殺人事件の捜査協力をお願いに参りました」
「なるほど、陰陽師としてのご依頼かな?」
「その通りです」
「ほほう。うら若き娘に殺人犯の捜査に加われと?」
 春代は高齢のため、陰陽師の仕事はすべて蘭子が請け負っている。
 もちろん井上課長とて承知である。
 蘭子には、陰陽師としての仕事以外にも、女子高校生としての勉強も大切である。

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