銀河戦記/拍動編 第三章 Ⅰ 脱獄
2023.01.14

第三章


Ⅰ 脱獄


 トラピスト連合王国、トリタニア宮殿女王の間。
 椅子に腰かけ、お茶を啜りながら窓の外の夜景を何とはなしに見つめている女王。
 戸口の外で、何やら騒動が起きているようだった。

 女王の間の戸口前。
「ここは女王の間だ。女王様の許可なく入室は許されない」
「そんな事言わずに、ぜひ女王様にお知らせいなければならない事があるのです」
 一人の男が、衛兵に謁見を申し出ていた。
「それならば、明朝にしろ! 女王様はもうすぐお休みのお時間だ。明日の朝早くに侍従長にその旨を告げて許可を貰ってからお会いしろ」
 騒動を聞きつけて侍女が扉を開けて出てくる。
「何を騒いでいるのです。女王様のお部屋の前ですよ!」
「女王様に重要な要件をお伝えに参りました」
 必死に取次ぎを願う男。
「明日以降にしなさい」
 侍女も断ろうとするが、
「何の騒ぎですか?」
 女王の耳元に届いたようである。
 側に歩み寄って報告する侍女。
「はい。ある男が、女王様に謁見を願い出ております」
「こんな時分に?」
「左様に。まったく無礼な男です」
「今は、誰にも会いたくありません」
「かしこまりました。そのように伝えてまいります」
 扉の方へと歩いていく侍女。
 ふと思い浮かんだような表情の女王。
「ところで、その男は何者ですか?」
「はい。情報局の者かと存じます。全く情報局長のベロナールには厳重注意させておきましょう」
「情報局員とな? ちょっと待ちなさい。その男を通して下さい」
「え?」
「その男の話を聞いてみましょう」
「は、はい。分かりました」


 女王の間に招き入れられて、自身が手に入れた情報を報告する男。
 聞いて驚く女王だった。
「それは本当ですか?」
「真実です。ですから、このような時分とは重々の上で、女王様に一刻も早くお知らせに参ったのでございます」
「よく知らせに来てくれました。感謝致します」
「ですが女王様。そのアレックスという青年が、アレクサンダー様であるという確定はございませんが」
「諜報員X17号の報告によりますと、アレクサンダー様であるという確証はまだ取れてはおりませんが、彼の生まれ育った背景に加えて、容貌がフレデリック様によく似てらっしゃるといこと。何よりも肩口に王家の紋章の痣があったそうです」
「王家の紋章の痣ですって!」
「はい。これはもう間違いないでしょう」
「その諜報員と連絡は取れないのですか?」
「それは不可能です。彼らは敵中に潜み、監視の目を盗んで連絡を取っているのです。こちらから呼び出すことは出来ませんし、通信を送っている時が一番危険なのですから」
「そうですか……。そのアレックスという青年を呼んでもらって、直に話し合えば本人かどうかが、はっきりすると思ったのですけれども……」
「申し訳ございません」
「いえ。それだけ分かっただけでも大したものです。それでその諜報員は、これからどうするとか言ってましたか?」
「はっ。その青年以下の囚人たちと共に、インゲル星脱出計画に加わると報告してきました」
「こちらから救援を送ることはできないのですか?」
「それは不可能です。敵の絶対防衛圏内ですので……。すなわち彼らですら、果たして脱出できるかも難しいのです」
「そう……。ただ神に祈るだけなのね」
「まさに、その通りです。しかし我々もただ黙って見ているわけではありません。敵の目をインゲル星から遠ざけるために、当局及びトラピストのすべてをかけて陽動作戦に出ております。彼らが少しでも脱出しやすいようにです」
「心強い限りです。感謝致します」
「いえ。すべて女王様のために……」


 宇宙船アムレス号の船橋。
 計器を操作するロビーとエダ。
「インゲル星到着は、後何時間ですか?」
「9時間で到着シマス」
「そう。間もなくね」
 自動扉が開いて、イレーヌが入ってくる。
「あら、イレーヌ眠らないのですか?」
「あの……眠れなくて」
「明日は忙しくなりますよ。敵の絶対防衛圏内をアレックス様をお助けに行くのですから。イレーヌ様にもご協力願うかも知れません」
「でも、本当にアレックスを助け出せるのでしょうか」
「そう……。それにしても、どうして地球を出発してすぐにインゲル星へ向かわなかったのですか? セルジオ閣下は、あれからすぐにインゲル星に向かったというじゃないですか。アレックスの脱出がより困難になってしまったわ」
「いえ。直行した方がかえって敵の防備を固くしてしまうだけです。我々の目的地が悟られ、手を打たれてしまうからです。時期を待つのです」
「時期を待つ……?」
「そうです。待っているのです」
 エダ、言い切ってスクリーンを凝視する。
 イレーヌ、エダの表所を訝し気に見つめている。


 インゲル星空港。
 セルジオ艦が、今まさに着陸しようとしている。
 その様子を空港ロビーから見つめる、苦虫を潰した表情の司令と副官がいる。
 そのすぐ背後には、銃を隠し持つビューロン少尉が控えている。
「いいか、平静を装っているのだぞ。少しでもおかしなそぶりを見せてみろ。腕輪の毒針が命取りになるぞ」
「あまりいい気になるな!」
「お前は黙っていろ! もはや上官でもなんでもない。逆に俺たちの捕虜なのだからな」
「何を!」
 ヘイグ中尉がい切りまくる。
「中尉。ここは逆らわない方がいいぞ」
「司令。何をおっしゃるのです。こんな奴らの言いなりになれと?」
「いいから、言われた通りにしろ。今は服従してはいても、いずれ再び立場が逆転することは目に見えている。セルジオ様の船を奪われたとしても、制宙権はこちらにあるのだからな。下手に逆らって命を落としてもつまらんだろう」
「分かりました。指令がそうおっしゃるのなら」
 二人の腕には、猛毒薬が仕込まれた時限式腕輪が装着されている。
 一定時間が経過すれば自動的に腕輪は外れるが、無理に外そうとしたり指示に従わなければ遠隔で毒針が出て死に至るという代物である。
 また周囲の音声を無線で知らせるという機能も備えている。
 仲間の一人が持つ無線に連絡が入る。
「総員配置に着きました」
「分かった」
 司令に向き直り、
「それでは上手いことやってくれよな」
 というと、仲間に合図を送って、その場から立ち去る。
 居残った司令、まじまじと腕輪を見つめていたが、
「考えても仕方あるまい。閣下をお出迎えにいくとしよう」
 部屋を出て、空港へと歩き出す司令だった。


 貴賓室。
 椅子に深く腰掛けて、司令より報告を受けているセルジオ。
「ところで、つい二週間ほど前に、ここへ送られてきたアレックスとかいう小僧はどうしておる」
「はい。送られてきた当初は度々反抗的な態度を取っておりましたが、今は大人しくしております」
「そうか……。では平穏無事なんだな」
「はい……」
 腕輪を気にしながら答える司令だった。
「アレックスという青年に随分興味をお持ちのようですが、一体何者ですか? 閣下のご来訪も彼にお会いに?」
「まあ、そんなところだ。儂は疲れておる少し休ませてくれないか」
「かしこまりました」
 司令は中尉に、寝室へ案内するように指示した。


 空港周辺。
 警戒厳重な中、武装した囚人・軍人達が物陰に隠れながら、徐々にセルジオ艦へと向かっていく。
 巡回する警護する兵士がいる。
 リーダー格が、ブロックサインを送って、反対側にいる仲間に指示を出す。確認の合図を返す仲間。
 そこで、わざと音を立てて注意をこちら側に向かせるリーダー。
 音に気付いて、銃を構えて近づいてくる兵士。
 反対側の仲間が、察知されないように兵士の背後に近づき、声を出させないように、首根っこを捻って倒した。
 兵士をその場に残して、さらにセルジオ艦に近づいてゆく。


 セルジオの寝室。
 窓から空港の方角を見つめているセルジオ。
 そこへ一人の将校が入ってくる。
 セルジオ付きのガードナー少佐である。
「閣下。我々の艦が囚人達によって乗っ取られました」
「そうか……」
「しかし、本当にこれで良かったのでしょうか」
「何がだね」
「報告によれば、あのアレックスはトラピスト王家の一族とか。我々の手中からわざわざ逃がしてやるとは……。私には理解できません」
「君は、アレックスを人質にしてトラピストとの戦争を有利に進めようと思っているのかね」
「その通りです」
「甘いな」
「甘い……?」
「そうだ。君はトラピストの内情をあまり知らないようだな」
「はい。ある程度といったところでしょう」
 知らない将校に色々と教え始めるセルジオ。
「いいかね。トラピストは、部族大公制を取る連合王国なのだ。つまり大公を称するいくつかの小国家が寄り集まってできているのだ。
 そして大公の中で最も実力や名声のある者が選ばれて、王や女王となる。
 王の息子が自動的に王位を継ぐという世襲制ではなくて、実力本位なのだ。
 だからこそ、トラピストは今なお強大であり、我々が手をこまねいているのもそのためなのだ。
 いいかね。ここからが肝心なのだが……アレックスがクリスティーナ女王の息子ないし近い親類であったとしても、トラピスト王国の人々それも大公達の支持がない限り王位を継ぐことはできないし、王族一員としても迎え入れてくれないのだ……。すなわち、今のアレックスは、トラピスト人ではあっても王侯貴族ではない。
 トラピストに対して、人質的価値は無に等しいということだ。現況においてわな」
 セルジオの長い説明が終わった。
「それはわかりました。ではなぜ、アレックスを追ってここへ来た理由が他にあると仰るのですか?」
「君は、我々の絶対防衛圏内に出現した謎の宇宙船のことを考えてみたかね。誰が何のために建造して運航させているのか」
「宇宙船といえば、トランターの戦いに参加したアムレス号に類似しているという事は知っております」
「そのアムレス号といえば、クリスティーナ女王の第三王子のフレデリックが乗り込み、我々を悩まし続けたのは君も知っているな」
「はい。しかし、その後消息を絶ったまま、我々はおろか女王も行方を知らないとか」
「その通りだよ。噂では、フレデリックは死んだらしいと聞いておるが、アムレス号は未だに発見されていない。そして、そのアムレス号によく似た宇宙船が出現した。しかもアレックスをインゲル星へ護送した直後にだ。加えてアレックスと恋仲と噂されているイレーヌ王女を連れてだ」
「では閣下は、アレックスの背後にあの宇宙船を動かす人物なり組織が控えているとおっしゃるのですね」
「そうとしか思えないだろ。トランターの戦いに参加した儂は、当時一将校だったが……。ゴーランド艦隊が散々に破れて、命からがら逃げだした一人だ。あのアムレス号には恨みがあるのだ。あの憎きフレデリックの息子らしい人物がいることを情報局から知った儂は、自ら太陽系連合王国を訪れたのだ。そして地下組織に入っていたアレックスを捕えてこの目にした時、儂は確証を得た。儂は考えた。アレックスをここで殺すより彼を利用して、背後にあるものを見つけ出してやろうとな」
「なるほど……案の定、敵は動き出したというわけですね」
「その通りだ。しかし、敵の存在は確認できたが、まだ尻尾を掴んではいない。そこで、私はさらにアレックスを自由に泳がせておこうと思う。組織の正体がはっきりするまで」
「そういうわけでしたか。するとこの反乱も、閣下はご存じでしたのですね。そしてわざと艦を乗っ取らせると」
「この私も、この後どう進展するか皆目見当がつかん。だが反乱軍に潜ませていた諜報員からいずれ連絡があるだろう」
「そして一番都合のよい時に一網打尽という寸法」
「さあ、理解したところで、儂はもう寝るぞ。本当に疲れた」
「これは失礼しました」
 引き下がろうとする少佐だったが、
「代わりの艦を大至急寄こさせてくれ。地球政府軍の艦は乗り心地が悪いでな」
「かしこまりました」
「ああ、それから……。ボイジャー大佐にご苦労だったと伝えておいてくれ」
「分かりました」



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