梢ちゃんの非日常 特別編/梢ちゃん宇宙へ行く!
2021.08.04

梢ちゃんの非日常(ルナリアン戦記前章)


特別編 梢、宇宙へ行く~軌道エレベーター~

 その朝は、梢にとって特別な朝となるだろう。

 ベッドの上で起きて目をこすっている梢。
 パジャマを着替えさせながら、梓がやさしく語り掛ける。
「いつもお利口にしているから、今日は特別な場所に連れて行ってあげるからね」
「とくべつ?」
「そうよ。とっても素敵なところよ」
 首を傾げながらも、ワクワク気分になる梢。
「朝食を食べたら出発しますからね」
「はーい!」
 と元気よく答える。

 真条寺邸から併設された私設国際空港へと移動する。
 CIQ(税関・出入国管理・検疫)を通り、専用の橋状構造物(ボーディング・ブリッジ)を渡って、屋敷に横付けされた飛行機に直接乗船できる。
「ひこうきだあ!」
 と言いながら、いつもの気分が良い時にやる飛行機走りする梢。
 一般客はおらず迷惑をかけることもないので制止はしない。
「いらっしゃいませ!」
 搭乗口で客室乗務員が頭を下げて挨拶すると、梢も真似てピョコンと頭を下げた。
 思わず微笑む乗務員。
「こちらへどうぞ」
 と言いながら、主翼がある機体中央より少し前方の席に案内した。
 主翼近く主脚部(ランディングギア)付近は飛行機の重心になり、揺れが少ないからである。少し前にするのは、展望の関係からで、翼のある場所は景色が見えにくいから。
「ここに座る!」
 と窓際の特等席に座る梢。
 幼児用のチャイルドシートが設置されており、座ったままで外を眺めることができる。
 梓は、隣の通路席に座った。
 付き添いのメイド達も、重心を考えながらその周囲に着席した。
「いらっしゃいませ!」
 と再び、乗務員の声。
 声の方を見ると、絵利香が搭乗していた。
「あ! 絵利香だ!」
「こんにちは、梢ちゃん」
 通路を隔てた側に座る絵利香。
「皆様他、搭乗員すべて揃いました。出発できます」
 乗務員が出発を促す。
「出発してください」
「かしこまりました。シートベルトをお締めくださいませ」
 梢のシートベルを締めてやってから、自分もベルトを締める。

 やがて飛行機は誘導路へと進み、滑走路に入る。
 機内スピーカーからポーンという音が鳴ると同時に、シートベルトサインが点灯する。この音は、運航乗務員が客室乗務員に離陸開始を知らせる合図である。その音で客室乗務員が乗客にシートベルト着用を促す。


 そして離陸。
「操縦士が手動で飛行機を飛ばすのは平均すると10分間にも満たない」とされるほど自動化が進んでいるが、離陸だけは手動で行われる。
 ボーイングやエアバスなど航空機メーカーから提供されるフライトマニュアルで「このモデルはこの高度、もしくは時間に達するまでは自動操縦を使ってはいけない」というルールがそれぞれ決まっている。
 やがて空へと舞い上がる。
 巡行高度四万~五万フィート(一万二千~一万五千メートル)前後に達したところで、シートベルトのサインが消える。
「あ! 飛行機が飛んでるよ」
 と梢が叫ぶので確認すると、平行するように米軍戦闘機が併進している。
 どうやら護衛で周辺警備しているようであった。


 目的地までは六時間近くかかる長時間フライトである。
 機外を眺めるのに飽きた梢は、機内放送幼児番組に見入っている。
 途中機内食を珍しそうに食べているうちに目的地が見えてきた。

 太平洋赤道直下にある孤島を拡張増設して、空港・港湾と軌道エレベータが造られた宇宙空港と呼ぶべき施設。
 地上から天空に向かって一直線に伸びる軌道エレベーターは壮大だった。
 カーボンナノチューブの円筒の中を、高度約三万六千kmの静止軌道上まで、ビル七階分に相当する耐圧カプセルが超伝導リニア方式で昇ってゆく方式である。簡単に言うと、リニア新幹線を宇宙へと走らせる感じである。
 平均速度は千二百km/hほど、都合片道三十時間の一泊二日の宇宙旅行となる。

 本日は、軌道エレベーター開通式典の日だ。
 主賓は、AFC総裁の真条寺梓と梢である。
「皆様、本日はご多忙の中をご臨席賜りまして、誠にありがとうございます。まもなく○○時より、オープニングセレモニーを始めさせていただきます。いま、しばらくお待ちください」
 司会者が開式予告を行っている。
 梢は、天空に伸びる円柱を見上げ続けている。
 その間にも、式典は進んでゆく。
「それでは、まず初めに主催者を代表いたしまして、財団法人軌道エレベーター社・会長のジェームス・スチュワートより、皆様にご挨拶を申し上げます」
 壇上に運営会社の社長が上がって挨拶を行っている。
 そのあとには、来賓祝辞・祝電披露と続いている。
 長い式典に、梢が飽きはじめているようだった。
「それではこれより、テープカットに移らせていただきます。お名前を申し上げますので、恐れ入りますがテープの前にお進みください」
 梢の名前が呼ばれ、アテンドの案内で、テープカット台の中央に立ち鋏を持たされる梢。その両脇には、梓と絵利香が立っている。
 ファンファーレが鳴り響き、司会者が合図する。
「それではテープカットをどうぞ!」
 隣の梓に耳打ちされて、小さな手でテープをカットする梢だった。

 式典が終われば、早速試乗会である。
 他の招待客と共に、絵利香と手を繋いで軌道エレベーターに乗り込む梢。
 カプセル内の一室(一区画)はホテル並みの施設があり、ベッドで休んだりTV鑑賞もできる。
 そんな区画が二十層に重なっており、最下層には厨房があって昇降機を使って各区画へ食事を届けるようになっている。エレベーター内のエレベーターがあるわけだ。
 長旅と長い式典に付き合わされたので、疲れて眠ってしまう梢だった。
「眠っちゃったわ」
 ベッドに寝かせつけて、縁に腰かけながらその寝顔を見つめている。
「この子が、大人になる頃には宇宙旅行も身近なものとなって、月には何千何万という都市が造られて、沢山の人々が暮らしているでしょうね」
「資源を巡る国家間の紛争も起きるかも知れないわ」
「21年6月の国連・宇宙空間平和利用委員会がオーストリアで始まったけど、中国は参加せず独自に開発する気満々だよ」
「そのうち、『月は古来より中国固有の領土だ』とか言い出すんじゃない?」

 やがてたどり着いた宇宙ステーションは、かの有名な『2001年宇宙の旅』でおなじみの円盤管状のチュープが、地表に対して水平となるように回転して、居住スペースに重力を発生させている。
 地球側と反対の場所には、ルナベースへと向かうスペースバスが運行されている宇宙ドックが接続されている。
 また接近する隕石や宇宙デブリを破壊・軌道変更させることのできる強力なレーザー砲が設置されている。そのことに関して『宇宙兵器じゃないか』との声も上がったが、平和利用であると主張の上、政治力で抑え込んでしまった。


 梢が目覚めたとき、そこは宇宙空間だった。

 静止軌道とは言っても名前の通りに静止しているわけではない。
 人工衛星というと地球の周りを回っているという感があるが、実際は地球の丸みに沿って落ち続けて(自由落下運動)いるというのが実体である。
 静止衛星は地球の自転方向に落下する角速度と、地球が自転する角速度が一致しているから静止しているように見えるだけだ。

 外壁シールドガラスにへばりつく様にしている梢。
「あれが地球よ」
「ちきゅう?」
「梢ちゃんの住んでいる星よ」
「ふうん……」
 宇宙とは何か、地球とは何か、三歳の梢に理解できるはずもない。
 瞳を真ん丸に見開いて、漆黒の宇宙に浮かぶ青く輝く地球に魅入っている。
 感動のあまりか、言葉を出すのも忘れているようだ。

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