梢ちゃんの非日常 page.7
2021.07.26

梢ちゃんの非日常(ルナリアン戦記前章譚)


page.7

 夜になった。
 パジャマに着替える梢だが、三歳ではまだ自分一人でボタンを止められないので、絵利香が手伝っている。以前はボタンのないパジャマを着せていたが、三歳になってからはボタンの着け外しの練習をかねて、胸元にボタンありのパジャマに変えた。
『はい。いいわよ』
『わーい!』
 はしゃぎながら、ベッドにダイブインする梢。絵利香が泊まりに来た時は、いつも梢ははしゃぎまわる。躾にきびしい梓と違って、絵利香はわりと自由にさせてくれることを知っているからだ。
『梢ちゃん。何か忘れてなあい?』
『ないよ……』
 ベッドの上でとぼけた表情を見せて、ぷるぷると首を横に振る梢。その仕草は、梓が何かをごまかそうとする時に、よくやるのとまったく同じだった。
 ……姿形だけでなく、こんなところまで梓に似てるんだから……
『もう……歯磨きは?』
『ん……しなくちゃ、だめ?』
 じぃー、と絵利香を上目つかいにみつめる梢。ばれてしまったが、できればやりたくないって感じだ。年齢的に第一反抗期に入っているので、ちっちゃな抵抗をみせているのだ。
 梓がいるときは、否応無しにやらされるのだが、絵利香は自主性を大切にしたいと思っている。だから何とか自分から歯磨きする気にさせればいいのだが。
『だーめ。お利口にしてなくちゃ、ママからお土産もらえないわよ』
『はーい』
 意外に素直に答えたかと思うと、ベッドから降りて洗面所に向かった。梢は、本来聞き分けの良い娘である。小さな抵抗をみせて、それが通ればいいな、という程度のものである。絵利香も後を追って洗面所に行く。梢は踏み台を持ち出して、それに乗っかって棚の上から、歯ブラシの入ったコップを取り出した。
『はい、絵利香のだよ』
 絵利香は時々泊まるので、専用のコップと歯ブラシが置いてある。それには稚拙な文字で「ERIKA」と書かれてある。各自のコップを判別するために、梢が自分でサインペンで書いたものである。他には「MAMA」「KOZUE」というコップが置かれてある。アルファベットの全部をすら覚えていない梢だが、その三つの単語のスペルだけは、梓から教えてもらって書けるようになっていた。文字を覚えた梢は、至る所でその名前を書きまくっていた。個人が常用として使用するもの、梢のおもちゃ類から、梓の部屋のノブに掛けられた「MAMA&KOZUE」というプレートをはじめとして、食堂やバルコニーの椅子の背もたれの裏とかである。
『ありがとう』
 コップを受け取る絵利香。その隣に並び、自分のコップを取って、一緒に歯磨きをはじめる梢。

 絵利香は近くのソファーに腰掛けて言った。
『はい。梢ちゃん、横になって』
『はーい』
 ソファーに横になり、絵利香の膝に頭を乗せる梢。
『はい。あーんして』
 梢が大きく口を開ける。
 梢の歯磨きは、自分一人ではまだ十分にできないので、梓や絵利香の手できれいに歯ブラシで磨いてあげるのだ。もちろん歯磨き粉などは使わない。だいたい虫歯一本なく、虫歯の原因でもあるミュータンス菌すら保持していない、梓や梢そして絵利香達には必要のないもので、歯ブラシだけで充分だ。歯磨き粉に含まれる研磨材は、きれいな歯を削ってしまうだけで逆効果である。
 ひとしきり磨いてあげて、きれいになったと判断した絵利香は、
『はい、いいわよ。うがいして』
 と、解放してやる。
『はーい』
 洗面所での歯磨きを終えて、ふたたびベッドに戻った梢。
『絵利香、ここ、ここ』
 といって、自分の右側をぽんぽんと叩いている。一緒にベッドに入ろうと言っているのである。ちなみに左側は母親である梓の定位置であり、パンダのぬいぐるみが寝かせつけてある。梓が出張外泊で、絵利香が代わりに添い寝してあげる時には、いつもベッドに持ち込んでくるのだ。パンダには梓の香りが染み付いているので、身代わりのつもりで置いているようだ。梓がいないのを寂しがっているのではなくて、母娘三人での川の字寝を思い起こしてのことらしい。
 絵利香は、絵本を持ち出してベッドに入る。
『お利口だったから、絵本を読んであげましょうね』
『うん』
 目をきらりと輝かせる梢。
 眠くなるまでの間、いつも梓や絵利香から絵本を読んでもらっている梢であった。

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