銀河戦記/鳴動編 第二部 第八章 トランター解放 Ⅰ
2021.07.12

第八章 トランター解放




 決戦場を離脱してから、敵艦隊の攻撃を受けることもなく首都星トランターへと近づきつつあった。
「メビウスとは連絡が取れないか?」
「はい。ジャミングがひどくて」
「そうか……まあ、便りのないのは良い便りというからな」
 例え通信手段が妨害されていたとしても、いくらでも連絡手段はある。
 何せ彼らは、ネットワークを自由に渡り歩くことのできる連中なのだ。
 通常通信による交互通話はできなくても、情報網を撹乱・操作して、いくらでも連絡を取ることができるはず。
 それをしないのは、計画が予定どおり順調にはかどっていて、連絡の必要性がないからである。
 その綿密なる計画は、アレックスが絶大なる信頼を預けている、レイチェル・ウィング大佐の脳裏の中にある。
 敵の只中に送り込んで、のっぴきならぬ背水の陣を任せたのも、その信頼の証。
 万が一、寝返ったとしても恨みはしない。
 それだけの覚悟があった。
「提督、何をお考えになっているのですか?」
 パトリシアが怪訝そうに尋ねた。
 どうやら深刻そうな表情になっていたらしい。
 今回の作戦にはパトリシアは、作戦参謀として参画していない。
 心苦しい判断ではあったがいたし方のないこと。
「今頃、彼らはどうしているだろうかと思っていたのさ」
 当たり障りのない返答をするアレックス。
「そうですね。フランソワも大役を任されて奮闘しているでしょうね」
「ああ、そうだな……」
 遠きそらから願うだけである。

「前方に艦影! トランター守備艦隊かと思われます」
 正面スクリーンに投影される敵艦隊の艦影。
「艦数、およそ百万!」
 こちらの勢力は、アル・サフリエニ方面軍が抜けて百二十万隻である。
 艦数ではほぼ互角とはいえ、総督軍と一戦交えたばかりで、将兵達も疲弊していると思われる。
 敗勢を逆転勝利したことで、士気は高まっているだろうが、無理強いはしたくない。
「無駄な戦いはしたくないな……。交渉を呼びかけてみよ」
 守備艦隊は、旧共和国同盟軍が七割以上を占めていた。
 同胞同士の戦いは、敵味方共々避けたいと考えるのが尋常であろう。
 交渉次第では、無血停戦も可能。
 問題は三割の連邦軍であろうが、旧共和国同盟軍が味方についてくれれば何のこともない。
「応答ありません」
「艦隊の動きも見られません。首都星トランターの前面に布陣したままです」
「そうか……。参謀達の間で論議紛糾して、結論が出せないでいるのかも知れないな」
「あるいは連邦軍の監察官が張り付いているのかも知れませんよ」
「監察官か……」
 艦隊司令官には、統合参謀本部からの指令無視や反乱を防ぎ監視するための監察官が同行することになっていた。
 以前にも第十七艦隊司令官になったアレックスに同行していた監察官が、ニールセン中将の密偵として抹殺しようとしたことがあった。
*第一部 第十八章 監察官
 同様に旧共和国同盟軍の司令官にも、連邦軍の監察官が張り付いていて、総督軍の命令を遵守するように働きかけているだろうことは、想像だに難しくない。
「しばらく様子を見よう。全艦停止だ」
「戦闘態勢は?」
「必要ない。それより、同盟軍側の総指揮艦を割り出してくれ」
「三分ほどお待ちください」
 アレックスの乗艦するサラマンダーは、共和国同盟軍の朋友艦であり、艦体を動かす艦政システムコンピューターはまったく同じものを搭載している。
 トランター滅亡後に艦政システムの改造が行われていない限り、何らかのアクセスが可能なはずである。
「艦体リモコンコードですね」
 パトリシアは気づいているようであった。
 数百万隻もの艦隊が整然と行軍するには、個々に判断して行動していては、列が乱れたり最悪接触事故を起こしかねない。
 そこで重要なものが【艦隊リモコンコード】と呼ばれるものである。
 旗艦より発信されるこのリモコンコードに同調させることによって、個々の艦隻同士の相対距離を自動的に調整して衝突を回避すると共に理路整然と行進が可能になる。いざという時には旗艦に呼応して効率の良い戦闘を行うことができる。
「指揮艦が判りました。旧第一艦隊第十八部隊の旗艦、戦艦サジタリウム。司令はアンディー・レイン少将」
 共和国同盟軍には定員二十七名の准将と九名の少将がいたが、知らない名前だった。
 同盟壊滅後の総督軍への編入によって昇進したものと思われる。
 将軍の名前は全員覚えているが、定員のない佐官クラスまでは覚えきれない。
「しかし少将か。前職は大佐級以下のはずだよな。戦死してもいないのに、二階級特進とはね」
 将兵達を手なずけるための特別昇進が実施されたのだろうが、その給与体系はどうなっているのかと心配したりもする。
 ただでさえ、ベラケルス星域決戦において壊滅した三百万隻の艦隊に従軍して戦死した六千万人に及ぶ将兵達の遺族年金だけでも莫大な金額になるはずである。
 共和国同盟軍の給与規定や年金条例に従うならば、とても賄い切れない財政負担を強いられるはずである。
「ともかく連絡を取ってみるか。アクセスコードが変更されてなければ良いが」
 アレックスは、指揮パネルを操作して、サジタリウムへのアクセスを試みた。

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2021.07.12 08:21 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)
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