銀河戦記/鳴動編 第二部 第四章 皇位継承の証 Ⅰ
2021.06.18

第四章 皇位継承の証




 首都星アルデランのアルタミラ宮殿。
 謁見の間に居並ぶ大臣・将軍達の表情は一様に重苦しい。
 マーガレット皇女が、摂政であるエリザベス皇女の裁定を受けていた。
「マーガレットよ。我が帝国の治安を乱し、テロなどの破壊行為なども誘発したことは悪しき重罪である。事の次第は皇室議会において処遇を決定することになる。追って裁定が下るまで、自室にて謹慎を命じる」
 うやうやしく頭を下げて処分を承諾するマーガレット皇女。
 そしてくるりと翻り姿勢を正して自室へと向かい始め、その後を侍女が従った。警備兵が二人その後ろから付いてくるが、連行するというようなことはしない。皇女としての誇りに委ねられた一幕であった。
 マーガレットが退室し、続いてアレックスに対する労いの言葉が、エリザベスより発せられた。
「今回の任務。よくぞ無事にマーガレットを連れてこられた。感謝の言葉もないくらいである。その功績を讃えて、中将待遇で銀河帝国特別客員提督の地位を与え、この謁見の間における列席を許し、貴下の二千隻の艦船に対して、帝国内での自由行動を認める」
 ほうっ。
 という感嘆の声が、将軍達の間から沸き起こった。

 貴賓室。
 謁見を終えたアレックスが、応接セットに腰掛けてパトリシアと会談している。
 アレックスがマーガレット保護作戦に出撃している間、パトリシアはこの部屋に留め置かれていた。
 いわゆる人質というやつで、大臣達からの要望であったと言われる。それでも世話係として侍女が二人付けられたのは皇女の計らいらしい。
「艦隊の帝国内自由行動が認められたので、スザンナ達には軍事ステーションから、最寄の惑星タランでの半舷休息を与えることにした」
「休暇と言っても先立つものが必要でしょう?」
「ははは、それなら心配はいらない。帝国軍から一人ひとりに【おこづかい】が支給されたよ。内乱を鎮圧した感謝の気持ちらしいが……。本来なら彼らが成すべき事だったからな」
「至れり尽くせりですね」
「しかし、これからが正念場だ。帝国側との交渉の席がやっと設置されたというところだな。まだまだ先は遠いよ」
「そうですね」
 事態は好転したとはいえ、解放戦線との協定に結び付けるには、多くの障害を乗り越えなければならない。特に問題なのは、あの頭の固い大臣達である。あれほど保守的に凝り固まった役人達を説得するのは、並大抵の苦労では済まないだろう。
「ジュリエッタ皇女様がお見えになりました」
 侍女が来訪者を告げた。
「お通ししてください」
 アレックスが答えると、侍女は重厚な扉を大きく開いて、ジュリエッタ皇女を迎え入れた。
「宮殿の住み心地は、いかがですか?」
「はい。侍女の方も付けて頂いて、至れり尽くせりで感謝致しております。十二分に満足しております」
「それは結構です。何か必要なものがございましたら、何なりと侍女にお申し付けください」
「ありがとうございます」
「ところで明晩に戦勝祝賀のパーティーが開催されることが決まりました。つきましては提督にもぜひ参加されますよう、お誘いに参りました」
「戦勝祝賀ですか……」
「内乱が鎮圧されたことを受けて、ウェセックス公が主催されます。その功労者であるランドール提督にもお誘いがかかったのです」
「しかし、私のような門外漢が参加してよろしいのでしょうか?」
「大丈夫です。パーティーには高級軍人も招待されておりまして、客員中将に召されたのですから、参加の資格はあります」
「そうですか……。判りました、慎んでお受けいたします」
 断る理由はなかった。


 祝賀パーティーには、皇族・貴族が数多く参加するだろうから、印象を良くし解放戦線との交渉に道を開く好機会となるはずである。
「しかし、わたしはパーティーに着る服がありません」
 パーティーともなれば、女性同伴が原則である。アレックスの同伴として参加するにはそれなりの衣装も必要である。参加者達は着飾ってくるだろうし、まさか軍服でというわけにもいくまい。
「それなら心配要りません」
 皇女が侍女に合図を送ると、部屋の片隅の扉を開け放った。
 そこはクローゼットであった。ただ広い空間に豪華なドレスがずらりと並んでいた。
 すごい!
 パトリシアの目が輝いていた。まるでウエディングドレスのような衣装を目の前にして、軍人からごく普通の女性に戻っていた。
「これは貴賓室にお招き入りした方々のためにご用意しているものです。お気に入りになられたドレスがございましたら、ご自由にお召しになされて結構です。着付けには侍女がお手伝いします」
「本当によろしいのでしょうか?」
 念押しの確認をするパトリシア。
 どのドレスを取っても、パトリシアの年収をはるかに越えていそうなものばかりなのである。さすがに遠慮がちになるのも当然であろう。
「どうぞご遠慮なく」
 微笑みながら促すジュリエッタ皇女。
 というわけで、パトリシアがドレスを選んでいる間、ジュリエッタと相談するアレックスであった。
「マーガレット皇女様はどうなるのでしょうか?」
「帝国に対して反乱を引き起こしたことは重大で、死刑を持って処遇されることもありえます。皇室議会の決定に不服を訴え、あまつさえ反乱を企てたのですから、皇室議会の印象が非常に悪いのです。少なくとも皇家の地位と権利を剥奪されるのは避けられないでしょう」
「皇家の家系から抹消ですか……」
「致し方のないことです」
「そうですか……」
 深いため息をもらすアレックスだった。

 戦勝祝賀パーティーの夜がやってきた。
 宮廷には、貴族や高級軍人が婦人を伴って、次々と馳せ参じていた。
 大広間にはすでに多くの参列者が集まり、宮廷楽団がつまびやかな音楽を奏でていた。
 貴賓室の中にも、その音楽が届いていた。
 儀礼用軍服に身を包んだアレックスは、客員中将提督として頂いた勲章を胸に飾り準備は整っていた。しかしパトリシアの方は、そう簡単には済まない。豪華なドレスを着込むには一人では不可能で、侍女が二人掛かりで着付けを手伝っていた。そして高級な香水をたっぷりと振り掛けて支度は整った。
「いかがですか?」
 アレックスの前に姿を現わしたパトリシアは、さながらお姫様のようであった。
「うん。きれいだよ」
「ありがとうございます」
 うやうやしく頭を下げるパトリシア。ドレスを着込んだだけで、立ち居振る舞いも貴族のように変身していた。
「しかし……、何か物足りないな」
 アレックスが感じたのは、ドレスにふさわしい装飾品が全くないことであった。パーティーに参列する女性達は、ネックレスやイヤリングなどドレスに見合った高価な装飾品を身に纏うのが普通だった。
「宝石類がないと貧弱というか、やっぱり見映えがねえ……」
 パトリシアも気になっていたらしく、紫色の箱を持ち出して言った。
「実は、これを持ってきていたんです」
 蓋を開けると、深緑色の大粒エメラルドを中心にダイヤモンドを配したあの首飾りだった。それはアレックスが婚約指輪の代わりに譲ったものだった。
「そんなイミテーションで大丈夫か?」
「ないよりはましかと思いますけど……」
「まあ、仕方がないか……。僕達にはそれが精一杯だからな」
「ええ……」
 パトリシアにしてみれば、イミテーションだろうと大切な首飾りには違いなかった。夫婦関係を約束する記念の品であったから。

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2021.06.18 08:35 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)
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