銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 Ⅱ
2021.06.11

第二章 デュプロス星系会戦




 重力アシストに突入して十二分、巨大惑星の背後から赤く輝く小さな星が現れた。
 カリスの衛星ミストである。
 デュプロス星系において人類生存可能な星にして、カリスとカナン双方の中に存在する唯一の衛星である。
 二つの巨大惑星は周囲の星間物質を飲み込んで、三つ目の惑星どころか衛星さえも存在しえないはずだった。
 ミストは、恒星系が完成したその後に、どこからか迷い込んできた小惑星を取り込んで衛星としたと推測されている。
 実際に、巨大惑星の重力の及ばない最外縁には、いわゆるカイバーベルトと呼ばれる小惑星群がある。そこから軌道を外れた小惑星が第二惑星カナンに引かれはじめた。
 そのままでは、カナンに衝突するはずだったが、たまたま内合を終えたばかりの第一惑星カリスによって軌道を変えられて、その衛星軌道に入った。
 それがミストが衛星として成り立った要因ではないかとされている。

 ミストはカリスの強大な重力によって、潮汐ロックを受けて常に同じ表面を向けている。一公転一自転というわけである。
 その地表はカリスの重力の影響を受けて至る所で火山が噴出して地表を赤く染め上げている。地熱を利用した豊富な発電量によって人類の生活を潤していた。

「せっかくここまで来たのに。立ち寄りもせずに素通りとはね」
「仕方ありませんよ。それより、ほら。お出迎えです」
 ミストから発進したと思われる艦隊が目前に迫っていた。
「ミスト及びデュプロス星系を警護する警備艦隊です」
「警備艦隊より入電です」
「スクリーンに流して」

 スクリーンの人物が警告する。
「我々は、デュプロス星系方面ミスト艦隊である。貴艦らは、我々の聖域を侵害している。所属と指揮官の名前を述べよ」
 相手は旧共和国同盟の正規の軍隊ではないとはいえ、節度ある軍規にのっとった警備艦隊である。
 いきなり戦闘を仕掛けてくるようなことはしない。
 まずは自分が名乗り、そして相手に問いただす。
 それに対して襟を正してスザンナが静かに答える。
「こちらはアル・サフリエニ方面軍所属、アレックス・ランドール提督率いるサラマンダー艦隊です。」
「サ、サラマンダー艦隊!」
 さすがにその名前を聞かされては、驚愕の表情を隠せないようだった。
 スザンナが共和国同盟解放戦線としてではなく、旧共和国同盟軍の称号を名乗ったのは、敵対する意思のないことを伝えたいからだった。
「我々は、デュプロスに危害を加えるつもりはありません。ただ、通過を認めてもらいたいだけです」

「これまでにも貴艦らと同じように、周辺国家の艦隊が銀河帝国へ亡命するためにここを通過しようとしたが、ことごとく追い返したのだ。一度でも通過を許したことが伝われば、同様のことが立て続けに発生するだろうからだ」
「でしょうね……」
 スザンナが納得したように頷く。
 バーナード星系連邦に組みして総督軍に編入されるか、共和国同盟解放戦線に加担するか、そのどちらにも賛同し得ない国家や軍隊にとって第三の選択肢が、銀河帝国への亡命であった。
 しかし帝国へ亡命するには、最寄の星系であるこのデュプロスからもかなりの道のりを要するために、補給のために立ち寄る必要があった。


「貴艦らがサラマンダー艦隊という証拠を見せてくれ。ランドール提督を出してくれないか」
 彼らが確認のためにランドール提督を出してくれと言うのは無理からぬことだろう。
 ニュースにたびたび登場する共和国同盟の英雄であるアレックスを知らない人間はいないだろうが、旗艦艦隊司令のスザンナやパトリシアを含めたその他の参謀達はほとんど知られていなかった。
「提督はただ今会議に出席しておりまして、すぐには……。お待ちいただけますか」
 まさか昼寝をしているらしいとは言えなかった。
「いいでしょう、三時間……。三時間待ちましょう。それを過ぎたら攻撃を開始します」
 サラマンダー艦隊相手に勝てる見込みなどないはずだった。
 さりとてこのまま通過を許すわけにもいかない。
 万が一、戦闘を避けるために迂回してくれるかもしれない。
 そういう思考が働いたのかもしれない。
「そ、それは……」
 と、スザンナが言いかけたときだった。
 通信に割り込みが入ってアレックスが答えていた。
「了解した。私がアレックス・ランドールです。これより貴艦に挨拶に向かうので乗艦を許可されたい」
 サラマンダー艦橋にいる一同が耳を疑った。
「提督の艀のドルフィン号のパイロットから出港許可願いが出ています」
 オペレーターが報告すると同時にアレックスよりスザンナに連絡が届く。
「スザンナ。わたしが相手の艦に赴いて直接交渉をする。艀を出してくれ」
「まさか提督お一人で、ミスト艦隊に出向かわれるおつもりですか?」
「相手の所領内に侵入しているのだ。こちらから赴くのが礼儀というものだろう」
「判りました。一緒にSPを同行させます」
「それなら大丈夫だ。ここにコレットを連れてきている」
「コレット・サブリナ大尉ですか? しかし彼女は特務捜査官ではないですか……」
「射撃の腕前ならサラマンダーでは誰にも負けないぴか一だぞ」
「判りました。艀を出します」
 出港管制オペレーターに合図を送るスザンナ。
「ドルフィン号へ、出港を許可する。三番ゲートより出港せよ」
 一連のアレックスの行動について、驚きの感ある一同だった。
 普段は昼寝するといって艦橋を離れたり、艦隊運用をスザンナに任せて自室に籠ったりと、一見傍若無人とも思える行動をとるアレックス。
 しかし、ここぞというときには霊能力者のように、先取りする行動を見せる。
「ミスト艦隊へ、ランドール提督自ら艀に乗って、そちらへ伺うとのことです」
「分かった。ゲートを開けてお待ちする」

 発着ゲート。
 係留されている格納庫から三番ゲートに移動を開始するドルフィン号。
 その機体には小柄ながらもサラマンダーの図柄が施されていて、一目でランドール専用機であることが判るようになっている。
 やがて発進ゲートがゆっくりと開いていく。
『ドルフィン号、発進OKです。どうぞ』
『了解。ドルフィン号、発進します』
 エンジンを吹かせて静かに宇宙空間に出るドルフィン号。
 戦闘機ではないので、武装はないし高速も出せない、あくまでも艦と艦の間を移動するための手段としての機体である。
 静かにミスト艦隊の旗艦に近づいていく。
 やがてミスト艦隊の着艦口が開いて誘導ビーコンが発射された。
『誘導ビーコンに乗ってください。こちらで誘導します』
『了解。誘導ビーコンを捕らえました。誘導をお願いします』
 双方とも旧共和国同盟のシステムを持っているので、着艦には何のトラブルを起こすこともなく、着艦ゲートへと進入に成功した。

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2021.06.11 12:23 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)
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