銀河戦記/鳴動編 第一部 第二十三章 新提督誕生 Ⅰ
2021.05.03

第二十三章 新提督誕生




 シャイニング基地通信室。
 暗がりの中、壁面に並ぶパネルスクリーンに一人一人の審議官が映し出されている。
 部屋の中央に一人、直立不動でいるのはアレックスであった。
「……それでは、先の軍法会議にて裁定された通りに、貴官に少将の官位を与え、第八師団タルシエン要塞司令官、並びにシャイニング基地、カラカス基地、クリーグ基地を統括するアル・サフリエニ方面軍司令官に任ずる」
「はっ! ありがとうございます。謹んでお受けいたします」
「なお、タルシエン要塞においてはフランク・ガードナー少将率いる第五師団の司令部を併設することとする」
「了解しました」
「また貴官の昇進に際し、第十七艦隊の後任として貴下の武将の准将への昇進と艦隊司令官の任官を承認するものとする」
「ありがとうございます」
「なおいっそうの精進を期待したい。以上である。ご苦労であった」
 パネルスクリーンが一斉に閉じて真っ暗になった。
「提督、おめでとうございます」
 部屋の照明が灯されて、パトリシアとジェシカが歩み寄ってくる。
「ありがとう」
 部屋を出る三人。
 通路を歩きながら質問するアレックス。
「これでやっと自由の身ですね」
「ああ、そうだな」
 これまでのアレックスは、軍法会議の審議預かりの身だった。
 第十七艦隊司令官という地位はすでに解任されており、タルシエン要塞攻略のために仮に与えられていたのである。
「タルシエン要塞はどうなっているか」
「ケースン中佐、コズミック少佐、そしてジュビロ・カービン……さんでしたっけ? その三人でシステムのチェックを行っています。あれだけ巨大な要塞ですから、コンピューターシステムを総取替えするわけにもいかず、そのまま利用させてもらうしかありません。現在、コンピューターなどの使用マニュアル作成や、ウィルスが潜んでいないかとか日夜不眠不休で取り組んでおります」
「またレイティーのぼやきを聞かされそうだな」
「でもちゃんとやってますよ。ぶつくさ言ってますけど」
「しかし、ジュビロさんのことですが……。民間人に軍のコンピューターをいじらせても大丈夫なのでしょうか?」
「最高軍事機密ということか?」
「はい……」
「確かにそうかも知れないがね。仮にジュビロを引き離したところで……いや、何でもない。協力してもらえるのならそれでいいじゃないか。責任は私が取る」
 そう……。
 闇の帝王とさえ言われる天才ハッカーに掛かれば、要塞のシステムに介入することなど容易いだろう。いずれ要塞のコンピューターは本星の軍事コンピューターネットに接続されることになる。つまりジュビロを隔離しても無駄なことだ。
「提督がそうおっしゃられるのなら構いませんが」
「何にしても、あれだけ巨大なシステムだ。一人でも多くのシステムエンジニアが必要だ」
「それはそうですけどね」


 基地の食堂。
 昼休み時間、多くの将兵が食事を取っている。
 話題は、もちろんタルシエン要塞陥落についてである。
「とうとう要塞を落として、連邦にも逆侵攻できるようになったというわけだな」
「そう簡単にいかないさ。タルシエンの橋の片側を押さえただけじゃないか。もう片側の出口も押さえないと侵攻は無理だよ」
「それにしても、うちの提督はすごいよな。誰も成しえなかったあの要塞の攻略を、ほんの数日で成し遂げちゃうんだもんな」
「だってよお、士官学校の時からずっと作戦を練っていたっていうじゃないか。当然じゃないのか?」
「作戦立案者のレイチェル・ウィング少佐とパトリシア・ウィンザー少佐は、二階級特進らしいぜ」
「つうことは大佐か?」
「一体、大佐は何人になるんだ? ディープス・ロイド中佐も大佐昇進が内定してるんだぜ」
「多すぎることはないだろう。何せタルシエン要塞というものがあるんだ。要塞司令官とか、駐留艦隊司令官とか、いくらでもポストはあるだろう」
「なあ、第十七艦隊だけどさあ。次期司令官は誰だと思う?」
「ううん、どうなんだろうね」
「現在、司令官は空位なんだろ?」
「ああ、軍法会議でランドール提督は司令官の地位を剥奪されたらしいからな」
「やっぱり、艦隊司令官となれば俺達のオニール大佐だな」
「当然だな」
 頷く隊員達。
「おい、おまえら!」
 食事をしていた隊員たちを取り囲むようにして、別の一団が立っていた。
 仁王立ちと言ったほうがいいだろう。
「今言ったことを、もう一度言ってみろ」
「はん? 何だおまえら」
「こいつら、チェスター大佐配下の連中だぜ」
「ああ、副司令官のか」
「聞こえなかったのか。先ほど言ったこともう一度言え!」
「何をすごんでるんだよ。ああ、言ってやるぜ。次ぎの艦隊司令官はゴードン・オニール大佐だよ」
「その、根拠はなんだ?」
「知らないのか、退役間近な大佐はいかに功績を上げて昇進点に達していても、将軍にはなれないんだよ。勇退して後進に道を譲ることになってんだよ。慣例だよ」
「そうそう。たとえ司令官になっても、すぐまた退役じゃしようがないだろ」
「つまり、俺達のオニール大佐が司令官になるに決まってるってこと」
「ふざけるな!」
「まだ発表もされていないのに、勝手に決めるんじゃねえ」
「だから、決まってるも同然だと、言ってるんだよ。馬鹿か」
「なんだと!」
 ついに口喧嘩から殴り合いにまで進展してしまう。
「やれやれ!」
 野次馬達が囃し立て、喧嘩がやりやすいようにテーブルを片付けていく。
「どっちも負けるなよ」


 食堂に入ってくるアレックス達。
「何だ、これは?」
 食堂内で起こっている騒動に目を丸くしている。
「喧嘩ですね」
 中央部で幾人かの隊員がくんずほずれつの喧嘩を続け、周りの者がはやし立てていた。
「みんな元気だな」
「何言ってんですか、提督! 喧嘩を止めないのですか?」
「いいじゃないか、やらせておけよ。途中で止めたほうが後々しこりが残るものさ。さあ、こっちは食事をしようじゃないか」
 と言いながら、喧嘩には見向きもせずに、背を向けて配膳台の方へと歩いていく。
「今日も料理長お勧め料理ですか?」
「ああ、時間がないのでね」
 いつもはメニューを見ながらゆったりと食事をするのだが、タルシエン要塞のことで目が回るほどの忙しさだったのである。造り置きされてあるお勧め料理なら、待たされることなくすぐに食べられる。
 騒動の中にあってアレックスに気が付いた者がいた。
 会議に遅刻して便所掃除を言いつけられた、あのアンドリュー・レイモンド曹長だった。
「全員、気をつけ!」
 食堂の隅々に届くような、大声を張り上げる曹長。
 喧嘩していた者達も、思わず静止して声のした方に振り向いている。
「て、提督?」
 全員がアレックスの姿に気が付いて動きを止め、一斉に敬礼を施した。
「何だ……。止めたのか」
 しようがない……といった表情で、膳をテーブルに置き、席に着くアレックス。
 レイモンド曹長が、アレックスの前にやってくる。
「提督」
「喧嘩していた者を、前に並ばせろ」
「はっ!」
 敬礼して、喧嘩していた者達のそばに駆け寄る曹長。
 その間に別の隊員が、アレックスの前にあるテーブルをどかせていた。
「おまえら、提督の前に整列しろ」
 立ち上がってアレックスの前に整列する隊員。
 怪我して立てない者には肩を貸して立たせている。
「悪いな、忙しい身でね。食事を取りながらにさせてもらうよ」
「お食事を取りながらでも結構です。どうぞ、ご質問を」
 誰しもがアレックスの超常的な忙しさを理解していた。
 じきに戦闘だという時に、「昼寝する」と言って部屋に戻ったこともある。食べられる時に食べ、眠れるときに眠る。そんなアレックスを、誰も責めることも邪魔をすることもしなかった。
「うん……おお、これ旨いな」
「提督!」
 皆が緊張して、アレックスの言葉に耳を傾けている。この場を和ませる、冗談ともとれる発言は通じないようだった。
「外したか……。ジェシカ、頼む」
「なんで、わたしが?」
「君が一番の適任者だからな。こういうのは得意だろ」
「もう……」
 ぶつぶつ言いながらも整列している乗員の前に歩み出るジェシカ。
「それで、喧嘩の原因は何ですか?」
「はっ! 第十七艦隊の次期司令官は誰かと言うことでした」
「なるほど……。つまり、チェスター大佐かオニール大佐かということですね」
「その通りです」
「で、殴り合いの喧嘩になったってわけですか」
「はい」
「次期司令官を決めるのは提督です。将兵達の全員に公平に昇進の機会を与え、士気の低下とならないように心砕いています。それをないがしろにして勝手な判断をし、士気の混乱を招く喧嘩をするというのは、提督に対する冒涜以外の何ものでもないと思いますが、違いますか?」
 言葉に詰まる将兵達。
 一言一言がその胸をえぐった。
「喧嘩をするほど力が有り余っているのなら、その情熱をもっと前向きな力となるように努力し、艦隊の糧となるようにしないのですか?」
 そして周囲を見回しながら、
「喧嘩を眺めていた他の人たちも同罪です。なぜ止めなかったのですか? あまつさえ喧嘩をあおるような言動をするなどは、同じ艦隊に所属する者として情けない限りです。提督を慕い、提督の下に集った仲間じゃなかったのですか? 何度も死にそうになった局面を共に戦い、切り抜けてきた同じ第十七艦隊の同士じゃなかったのですか? 一人一人が提督の言葉を信じ、共に生きるために心を一つに結束しなければ、素晴らしい明日はやってこないのです」
 静まり返っていた。
 誰しもが、その言葉に意味する熱い思いを理解していた。
「その辺でいいだろう。ありがとう、ジェシカ」
 食事を終えて立ち上がるアレックス。
「レイモンド曹長」
「はいっ!」
「後のことは、君に任せる」
「私がですか?」
「そうだ。騒動を起こした者には罰を与えねばならない。君の思うとおりに処罰したまえ。便所掃除でも何でもいいぞ」
 くすくすという笑い声が聞こえた。
「提督……」
 赤くなるレイモンド。
「その前に、医務室で治療を受けさせたまえ。以上だ、全員解散しろ」
 そう言うなり、膳を持ち上げて回収台の方へ歩いていく。
「総員、提督に対し敬礼!」
 一斉の敬礼を受けながら、食堂を退室していくアレックス。
「おらおら、聞いたとおりだ。さっさと医務室へ行きやがれ」
 喧嘩をしていた者の尻を引っ叩くようにして、移動を促すレイモンド。

 食堂を出て通路を歩くアレックス達。
「君達、食事はいいのかね?」
「血を流していた者もいましたからね。食欲が湧きませんし、あの状態で食事はできませんよ」
「そうか……自分だけ食事して、済まなかったね」
「いえ」
「何にしても早急に、次期艦隊司令官を選定しないと、他の艦でも同様の事態が起きるのは、避けられないだろうな」
「そうかも知れませんね」
「難しい問題だよ。これは……」
「提督……」
 アレックスが今なお、次期艦隊司令官の選出に苦慮していることを知っているパトリシアとジェシカだった。
 アレックスが抱えている最大の問題。隊員同士が喧嘩をするほどの次期艦隊司令官選出は、早急に解決しなければならなかった。

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2021.05.03 13:13 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
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