銀河戦記/波動編 第三章 Ⅵ ドクター


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第三章


Ⅵ ドクター


「補給部長が呼んだドクターがいらしたようです。すでに医務室に行かれました」
 アレックスが報告する。
「ああ、言い忘れていました。精神科医しかいませんでした」
「精神科医? まあ、いないよりましだろう。一応挨拶にでも行ってみるか」
 アーデッジ船長が応える。
 本来なら、呼ばれた者が挨拶しに来るのが常識だろうが……。
「アレックス君も一緒に来てくれ」
「自分もですか? 分かりました」
「リナルディ副長、後を頼む」
「分かりました」
 船橋をリナルディーに任せて、医務室へと向かうアーデッジ船長とアレックス。

 医務室に入ると、新任の医者が出迎えた。
「オフェーリア・ザッカリーニです。よろしくお願いします」
 軽く会釈する女医。
「船長のアッデージだ。こっちは、副長のアレックス君だ」
「副長? お若いですのね」
「ああ確かに若いが、稀代の逸材だよ」
 自分の才能を褒められて、こそばゆいアレックスだった。
 船長がべた褒めするアレックスに興味津々のオフェーリア女医だった。
 アレックスをじっと見つめながら、
「あなたの瞳、翠眼だけどどこの出身?」
 単刀直入に尋ねると、
「惑星サンジェルマンだよ。おそらくトリスタニアの民だ」
 船長が代わりに答える。
「そうみたいです」
「視力とかには異常はないの?」
「ありません。視力も色覚も正常です」
「くわしく調べさせてもらってもいいかしら」
「……と言ってますけど?」
 と、船長に向き直るアレックス。
 精密検査となれば、しばらく職務を離れる事になるから確認したのである。
「ああ、構わないぞ。どんな遺伝子病が潜んでいるかも知れないからな。とことん調べて貰え」
「分かりました」
「今すぐ調べるのか?」
「ええ。できれば早い方がいいでしょうから」
「分かった。後で検査報告をしてくれ」
 そういうと、軽く右手を振って医務室を出ていくアーデッジ船長だった。
 その後姿を見送りながら、
「では、早速診察しましょうか。そこの椅子に座って頂戴」
 というと、着席を勧めて診察道具を棚から取り出した。
 まずは一通りの健康診断をしてから、長軸の綿棒を手にして、
「細胞を採取させてね」
 鼻から差し入れて鼻腔奥の細胞を移し取った。
「遺伝子検査ですか?」
「そうよ」
「確か、専攻は精神科医と伺いましたが、遺伝子検査のような病理学も?」
「精神病と遺伝子病には相関関係が認められているから、一応習得したのよ。歴史的にも近親結婚を繰り返して、遺伝病により精神障害者を排出して滅んだ王族・貴族は数知れないわ」
 遺伝子病で滅んだ王朝としては、スペインのハプスブルク家が有名だ。カルロス2世は、身体に障害があり、心身喪失状態だった。当時の文献には、カルロス2世が話せるようになったのは4歳、歩けるようになったのは8歳になってからだったと記されている。晩年は立ち上がることも困難で、幻覚に悩まされ、ひんぱんにけいれんを起こしていたという。また、性的に不能でもあり、結局はこれがハプスブルク家の断絶を招いた。
「なるほど……」
「それじゃ、今日のところはこれいいわ。検査結果が分かったら再診断のために呼びますから、また来てね」
「分かりました」
 医務室を退出するアレックス。
 ふと振り返ると、採取した検体を検査機器に注入し、興味津々な表情でモニターを見つめるオフェーリア女医がいた。


 数時間後、呼び出されて医務室に戻ったアレックス。
「検査結果が出たわよ」
 と少し興奮気味に解説を始める。

 虹彩の色を決める遺伝子はメラニン色素に関わるもので、たくさんあるが主に2種類あるといわれている。
 染色体15 EYCL3優性=茶色、劣性=青色
 染色体19 EYCL1優性=緑色、劣性=青色
 これらの組み合わせによって目の色は決まるといわれている。
 瞳の色はメラニン色素が多い順に黒→茶→緑→青となってる。
 さらに、この染色体15の中に、非常に近い位置にOCA2遺伝子とHERC2遺伝子という2つの遺伝子が存在する。OCA2遺伝子から生成されるPタンパク質は、メラニンを生成し貯蔵するメラノソームという細胞の成熟に関わっており、虹彩に存在するメラニンの量と質に重要な役割を担っている。OCA2遺伝子に時々見られるいくつかの変異では、機能的なPタンパク質の生産量が減少する。Pタンパク質が少ないということは、虹彩に存在するメラニンが少ないことを意味し、そのようなOCA2遺伝子変異を持つ人の目は、茶色ではなく青色に近い色になる。
 また、HERC2遺伝子のイントロン86という領域には、OCA2遺伝子の発現を制御し、必要に応じてオン・オフにするDNAセグメントが含まれています。HERC2遺伝子のこの領域に起こる変異の中には、OCA2遺伝子の発現を低下させるものがあり、それによりPタンパク質の生成が減少し、虹彩のメラニン量が減少することで目の色が薄くなることが示されています。
 これまでに、ASIP、IRF4、SLC24A4、SLC24A5、SLC45A2、TPCN2、TYR、TYRP1などが目の色に関与する遺伝子として報告されており、これらの遺伝子とOCA2、HERC2の遺伝子が組み合わさって、一人ひとり異なる目の色を作り出していると考えられてる。
 と語られるように、目の色を決定する遺伝子はそれぞれなので、人により瞳の色は千差万別に異なる。

 とそのように遺伝子についての解説を繰り広げた。
「まあ、結論から言えば生命活動に支障の出る遺伝子病はないわね。単に虹彩の緑色が強いということだけね」
「そうですか……」
 あっけない診断に拍子抜けするアレックスだった。



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銀河戦記/波動編 第三章 Ⅴ 先見の明


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第三章


V 先見の明

 宇宙を進むフォルミダビーレ号。
 周囲にはケンタウロス帝国の艦艇の姿は見当たらない。
「本船を追跡する艦艇は見当たりません。振り切ったようです」
 ルイーザが報告する。
「よろしい。本船の損傷報告せよ」
「損傷軽微、航行に支障ありません」
 大きなため息をついてから、アーデッジ船長に向き直って、
「作戦終了。指揮権をお返しします」
 軽く会釈をする。
「ご苦労様、流石だった。すべての船員を代表してお礼を言おう」
「恐縮です」
「疲れただろう。休息していいぞ」
「それではご厚意に甘えて休ませていただきます」
 踵を返して退室扉の方へと歩いてゆくアレックス。
 すると誰ともなしに拍手が始まり、全員が喜びを表現するように鳴り響いた。
 アレックスが扉の向こうに姿を消すと、
「基地に帰投する。弾薬をかなり消費してしまったからな。補給が必要だ」
 新たなる行き先を指令するアーデッジ船長だった。
「取り舵一杯! 基地に向けて転進する」
 フィオレンツォ・リナルディ副長が復唱する。
 アーデッジは副長に尋ねる。
「彼の采配をどう思った?」
「アレックス君の指揮のことですか?」
「そうだ」
「そうですね。士官学校を目指していたというだけに、戦闘指揮能力は素晴らしいものを持っているようです。重力や磁場とか硬い氷表面を利用しての跳弾とか、この惑星の特徴を知り尽くして利用するとは流石です」
「おそらくこの惑星に到着した時から既に、万が一にも惑星戦になった時のことを頭の中でシュミレーションしていたのだろう。そうでなければ、二つ返事で指揮権移譲を引き受けるわけがない」
「先見の明というか、先読みに優れた才能ですね」
「ふむ。彼の作戦指揮能力は、ロストシップの戦力にも匹敵するかもしれないな」
「かもしれませんが、ロストシップは欲しいものです」
「それは当然だ」


 海賊基地に舞い戻ってきたフォルミダビーレ号が、桟橋に係留されている。
 海賊ギルド本部で、補給物資の申請を行っている主計科補給部長ファビアーノ・エルコラーニ。
 担当者が書類を差し出しながら、
「以上、一億二千万ギルになります」
 と手続きを進める。
「分かった」
 書類に署名をする補給部長。
「あ、それから医者はいるか?」
「医者ねえ……どこも引く手あまたですからねえ」
 端末を操作して捜している。
「いましたよ。しかし、専門は精神科医(psichiatra)ですけどね。それでもよければ」
「怪我などの手当てはできるか?」
「まあ、応急処置くらいなら医学者の基本だからできますよ」
「いいだろう。その人を頼む」
「分かりました。後で船に行くように伝えておきます」
「よろしく頼む」

 船橋に戻りアーデッジ船長に、補給の件を報告するエルコラーニ。
 書類をパラパラと捲りながら、
「値上げしたのか? いつもより二割ほど高いじゃないか」
 頭を抱えるように呟く。
「ケンタウロス帝国からの物資が滞っているらしいです。帝国側が国境警備を強化したらしくて、輸送船の往来が制限されているのです」
「そうか……。海賊討伐もその一環というところか」
「しばらくは、ケンタウロス方面への遠征は控えた方がいいですね」
「残念だな」
 商船などを襲撃する場合、三つの国家のどちらへ行けばより多く稼げるかというとケンタウルス帝国側である。
 古代国家である地球を含有するオリオン腕とペルセウス腕を統治するケンタウルス帝国は古くから開発と交易が盛んだったことと、侵略国家であるために資源が集中していたからである。
 惑星国家サンジェルマンのあるたて・ケンタウルス腕にある各諸国はまだまだ開発途上国に過ぎなかった。
 そして、いて・りゅうこつ腕を統治するトリスタニア共和国連邦は、帝国の侵略に備えて強力な国境警備艦隊を配置しているから近づくことも難しい。



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銀河戦記/波動編 第三章 Ⅳ 惑星上空戦


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第三章


Ⅳ 惑星上空戦


 船橋ではアレックスが次々と指示を出していた。
「敵艦隊の配置図をモニターに映してください」
「モニターに映します」
「正面の艦を拡大投影できますか?」
「できます」
 大写しされた艦影をじっと見つめて、自分の記憶にある帝国艦艇リストを呼び起こした。
「グランド・フランソワーズ (Grande Francoise)か……」
 艦種はもちろんのこと艦の兵装もバッチリだ。
 陽子砲(proton cannon)を主砲に据え、副砲にはパルスレーザー砲、高射砲としてバルカン砲を装備している。そして止めに艦首に光子魚雷発射管二門。
「正面の艦に目標照準固定!」
「正面の艦に照準を固定します」
「全速前進! 艦首光子魚雷装填! 惑星重力を加味して弾道を補正」
「全速前進!」
「魚雷弾道重力補正完了」
「艦首光子魚雷装填!」
 慌ただしく指示を出すアレックスとそれに応えるオペレーター達。
「敵艦の艦首に高エネルギー反応!」
「退避行動は?」
「必要ない! このまま直進する!」
「敵艦発射します!」
 敵艦から陽子砲が発射された。
 一筋の光条がフォルミダビーレ号に襲い掛かる。
 船橋のモニターが焼け付くくらいに輝き船内を真っ白に輝かせた。
 悲鳴を上げるオペレーター達。
 もう駄目だと誰もが思った瞬間だった。
 光の筋が大きく反れて惑星側に曲がっていったのである。
「は、外れた?」
 一同が首を傾げる。
「そうか、分かった! 惑星の磁場が陽子を曲げたんだ!」
 誰かが叫ぶ。
「今度は、こちらから攻撃する。第二射を撃たれる前に始末する。魚雷発射!」
「了解! 魚雷発射します!」
 艦首から光子魚雷が発射される。
 エネルギー砲ではないので、惑星磁場に曲げられることなく一直線に敵艦に向かう。
「命中です!」
 敵艦の艦首部が炎上している。
「戦闘機発進! 敵の左舷側の高射砲を重点的に攻撃せよ」
「戦闘機発進!」
 戦闘機が発進してゆく。
 その中には、エヴァン・ケインもいた。
 空戦隊長ロドリゴ・モンタナーリにすぐ後ろに付いている。
「こちらブルーリーダー、全機左舷側高射砲を叩くぞ」
「ケイン了解しました」
 応答するケイン。
「よし、アタックだ!」
 高射砲を徹底的に破壊してゆく飛行編隊。
 ほぼ壊滅させたところで、
「こちらブルーリーダー、敵艦高射砲を沈黙させました」
 船橋へ連絡を入れる。
『了解。全機帰投せよ』
「こちらブルーリーダー。これより帰投します」

 船橋では次の段階へと進んでいた。
「面舵十度。敵艦の左舷に対して、砲撃を開始する。左舷砲台に砲雷撃戦発令!」
 敵艦の高射砲を破壊したことで、接近してすれ違いざまの砲撃戦が可能になったのだ。
『戦闘機全機帰投しました。全機損害はありません』
 モレノ・ジョルダーノ甲板長から報告が入った。
 やがてすれ違いを始める両艦。
「左舷砲塔、攻撃開始! 撃ちまくれ!」
 敵艦側面に対してレーザーキャノンが掃射されて破壊していく。
「右舷より急速接近する艦あり!」
「右舷砲塔、攻撃開始!」
 右舷も攻撃を開始したが、敵艦の艦首はバリアーで防御されて、レーザーキャノンでは効果がなかった。
「下部砲塔に徹甲弾装填! 惑星表面に向けて入射角四十五度となるような発射角で撃つ! 跳弾コースを計算せよ」
『計算終了、発射角度補正完了OKです』
『徹甲弾装填しました』
「撃て!」
 徹甲弾が発射され、惑星表面の氷に弾かれてコースを変え、敵艦の艦底部に襲い掛かる。
「敵艦に命中! 撃沈です」
 さらに正面敵艦とのすれ違いが終了して、距離を離していく。
「よし! このまま全速前進で惑星を離脱する!」
「全速前進します」
 逃げ足だけは早い海賊船なので、ケンタウルス艦隊との距離をどんどんと突き放してゆく。



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銀河戦記/波動編 第三章 Ⅲ 君が指揮しろ!


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第三章


Ⅲ 君が指揮しろ!


 ゆっくりと離れてゆくレ・ウンボルト号。
「フォガッツィ殿……。あんなこと言ってますけど、こちらが例の船を見つけたら横取りするつもりでよ」
 フィオレンツォ・リナルディ副長が怒りの声で言った。
「まあ、ありうるだろうな」
「奪われる前に我々の手で運用してしまえばいいでしょう」
「未知の宇宙船だぞ。船の動かし方から兵装の扱い方も分らんだろ? 技術力のある専門家でもいなけりゃ無用の長物になる」
「なるほど」

 数時間後、惑星地表の探査が終了。
「目立った穴、金属反応とも感知できません。地下水脈も見当たらず極普通の岩石惑星ですね」
 地質学者のテオドージオ・バトーニが報告する。
「無駄足だったか」
「次の惑星に向かいますか?」
「どこだ?」
「恒星アブルッツォ第二惑星ペスカーラになります」
「惑星名がついているのか? 調査も済んでいるのではないか?」
「いいえ。ペスカーラは巨大氷惑星。赤色矮星のアプルッツォからも遠く、届く光も弱く地表温度は氷点下二百度ほどですので利用価値なしとして調査放棄されているのです」
「つまり船などを隠すには都合が良いとも言えるな」
「調査しますか?」
「おう。やってくれ」
 氷惑星の調査が開始される。
 しかし、表面はすべて氷で覆われており、軌道上からのレーダー探知の電磁波は反射してしまう。
 惑星表面の至る所に地震発生装置と観測機を降ろして地震波による探査が開始される。
 地表は通常の氷で覆われているが、中心部は数百万気圧にして数千度の高温となる氷(多型氷XⅨ)の層で出来ており、その上層には超イオン氷、さらにその上には導電性のある水の層となっていて磁力線を発生させている。
「どうだ。何か見つかったか?」
「だめです、何も見つかりません」
「仕方あるまい。次に行こうか」
 と、その時だった。
「後方に感あり!」
 ルイーザが叫ぶ。
「なんだ、ガスパロが戻ってきたのか?」
「違います! ケンタウロス帝国辺境艦隊のようです。一直線でこっちに向かっています」
「逃げるぞ。調査機器は放置する」
「やばいです。前方にも艦隊、囲まれています」
 ルイーザが悲鳴を上げる。
「ガスパロの奴が通報しやがったようですね」
「まさか仲間を売るなんて」
「奴ならやりますよ」
 非難囂(ひなんごうごう)々の声が上がる。
「さてと……。この緊急事態をどうやって切り抜けるかだな」
 国家間において軍艦同士が戦い捕虜となった者には、国際捕虜条約に則って生命が保証される。
 しかし海賊行為をなす者には、条約は適用されない。
 宣戦布告なしに攻撃したり、捕らえた海賊を処刑するのも違法ではない。
 考え込むアーデッジ船長。
 そしてアレックスを見つめると、
「アレックス君。君が操艦してみろ」
「自分がですか?」
「そうだ、任せる」
 運命をアレックスに委ねる船長だった。
「逃げるのは得意だが、現状では逃げ切るのは不可能だ。我々は軍艦と戦った経験がないが、君は士官学校進学のために戦術理論などを猛勉強したのだろう? その知恵を貸してくれ」
「分かりました」
 淡々と答えて、正面に向き直り下令するアレックス。
「船長の命により、自分アレックスが指揮を執る。総員戦闘配備!」
 船内に警報音とアレックスの指揮命令の声が鳴り響く。
 各自の受け持ち区域へと駆け回る船員たち。
 甲板ではモレノ・ジョルダーノが戦闘機発進準備を進めている。
 戦闘機に乗り込むエヴァン・ケイン。
「ガキ達の腕前を見せてもらおうか」
 モレノは呟く。



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銀河戦記/波動編 第三章 Ⅱ 戦闘回避


第三章


Ⅱ 戦闘回避


 リンディスファーンb星の低軌道を航行しているフォルミダビーレ号。
「敵船の位置は?」
 アッデージ船長が尋ねると、
「丁度惑星の反対側を航行中です。速度変わらず」
 ルイーザが答える。
「このまま行けばおよそ六十分後に会敵できます」
 アレックスが伝えると、
「副長のデータを確認しました」
 ウルデリコ・ジェネラーリ航海長が確認した。
「副長は、暗算で軌道計算をしたのかね?」
 感心する船長。
「はい。簡単な計算ですから」
 他のオペレーター達も同様に感じているようだった。
「ふむ。先ほどのことと言い、見習いにしておくには惜しいな。今から見習いを卒業して正式に副長として任についてくれ」
 船内から「ほー」という感嘆の声が溢れた。
「分かりました。務めさせていただきます」
「よろしくな」
 フィオレンツォ・リナルディ副長が、アレックスの肩を叩いた。
 こうして正式な副長に就任したアレックス。
 リナルディーは正副長兼船長代理として、アーデッジ船長が休息などで席を外している時に指揮を執る。

「まもなく遭遇します」
 アレックスが報告し、船長が下令する。
「総員、戦闘配備!」
 船内では、モレノ・ジョルダーノ甲板長が戦闘機への搭乗を促していた。
 エヴァン・ケインが戦闘機に乗り込む。
「大丈夫か?」
 ジョルダーノが声を掛ける。
「任せてください」
 元気よく答えるケイン。
 パイロットが全員乗り込んだことを確認して、
「戦闘機、発進準備完了しました」
 端末で連絡を入れるジョルダーノ。
『了解。誘導員は総員退避せよ』
 管制室から応答があり、船内の空気が抜かれてゆく。
「頑張れよ。俺は砲台から援護する」
 甲板長であり砲手でもあるジョルダーノはそういうと待避所へ走ってゆく。

 船橋、アレックスが報告する。
「総員、戦闘配備完了しました」
「そのまま待機せよ」
 戦闘体勢が完了し、敵船へと近づいてゆくフォルミダビーレ号。
 やがて、その行く手に敵船が姿を現した。
「敵船確認!」
「主砲発射準備!」
 緊張がマックスになった時だった。
「待ってください!」
 レンツォ・ブランド通信士が叫ぶ。
「相手船より入電! 味方です!」
「味方だと?」
「相手船の確認完了。レ・ウンボルト号です!」
「ガスパロ・フォガッツィの船か?」
「間違いありません」
 攻撃されて興奮していたし、海賊船には軍艦に搭載されているような味方識別信号装置など付いていない。
 冷静さも欠けていたから確認を怠っていたようだ。
「繋いでくれ」
「繋ぎます」
 ブランド通信士が端末を操作すると、船長の手元のモニターに相手の姿が映し出された。
『よお、大丈夫だったか? こっちの魚雷長が間違って発射しちまってな』
「そうでしたか……」
 と返答したが、意図的に攻撃を仕掛けてきたのは明白だった。
 舌打ちしながらも、丁寧に言葉を選ぶ。
「誰しも過ちはあるものです。お互いに気を付けましょう」
「そうだな……。ところで君たちは、例の船を捜していたのだったな。まさか、この惑星にあるのかな?」
「いえ、あらゆる星を調査しているので、この惑星に立ち寄っただけです」
「そうか……。ま、頑張りな」
 通信が途切れた。

 憤慨するオペレーター達だった。
「よく言いましたよね。間違ったなんて」
「そうですよ。確実に狙って撃ってきました。退避行動しなければ当たっていました」
「正確に目標ロックしてました」
「船長は、どうして言い返さなかったのですか?」
 口々に不満を漏らしていた。
「まあ、そういきり立つな」
 ガスパロは曲がりなりにも海賊組織の幹部であり、一級下のクラス「ソルジャー」のアーデッジには楯突くことができない相手なのである。
 下手をすれば、あることないこと並べ立てて糾弾されるのは必至である。
 そもそも彼が悪意を持つに至った理由は簡単である。
 アーデッジが海賊頭領のアッカルドと懇意にしていることが気に入らないのである。
 ボス(頭領)に直に会えるのはカポ・レジーム(capo régime、幹部)のみのはずなのに、頻繁に面会を許されている。
 幹部やアンダーボス(若頭)を通り越してコンシリエーレ(consigliere、顧問)を任されるのでないかと噂もされている。
 次のアンダーボスを狙っているガスパロにとって、目の上のたん瘤なのである。



 豆知識

 軌道を回る人工衛星を加速させると、より高高度軌道へと移行するが、周回軌道を回る限りその速度は遅くなる。
 加速すると遅くなるという不思議な現象が起こる。
 具体的には、低軌道を回る衛星の速度は秒速8km「第一宇宙速度」ほどであるが、高軌道である静止衛星は秒速3kmほどとなっている。
 これはフィギアスケーターがスピンする時に、大きく手足を広げて回転をはじめてから、手足を窄(すぼ)めると高速で回転できる事と似ている。
 加速の運動エネルギーが、位置エネルギー(ポテンシャルエネルギー)に変換されるからである。周回軌道上における加速とは、位置エネルギーを加えると理解すると良い。
 地球上で高さ h にある質量 m の物体が地表まで任意の経路に沿って落下するときに,重力加速度を g とすると,重力がこの物体に対して行う仕事は mgh ,この間に物体は他に対して mgh だけの仕事をすることができる。 mgh を重力の位置エネルギーという。
 低軌道を回る物体よりも、高軌道を回る物体の方が、位置エネルギー(ポテンシャルエネルギー)が高いということを理解する必要がある。
 衛星軌道を回る人工衛星は、ただ回っているのではなくて、地球の重心に向かって重力加速度gを受けて、地球の丸みに沿って永遠に落下し続けている。




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