銀河戦記/波動編 第六章 Ⅶ パッシブ・レーダー
第六章
Ⅶ パッシブ・レーダー
ブラックホールを無事に乗り越えて、タルシエンの橋の末端出口にたどり着いたフォルミダビーレ号。
目前は、オリオン腕に位置するケンタウルス帝国領である。
出国時よりも入国時の方が難しいのは世の常である。
「タルシエンの橋を出ます」
ウルデリコ・ジェネラーリ航海長が伝える。
「総員、警戒態勢!」
帝国艦隊が、どこから出てくるか分からないので、警戒するに越したことはない。
「先進波パッシブ・レーダーを使う」
敵艦隊の動きを探るために、電磁波などを発する通常のレーダーは逆にこちらの居場所を逆探知されるので、隠密行動の時用のパッシブ・レーダーを使う。 宇宙空間を飛び交っている電磁波が敵艦に当たって反射されて届いたものを探知して敵の居場所を探ることができる。
惑星上にはどこにでも放送局があり、帝国全土に行き渡らせるために先進波通信(超光速通信)の放送が行われている。その放送局の先進波周波数を利用して、敵の位置を探るのだ。
「この辺りだと、惑星トゥールーズの国営放送局があります」
通信士のレンツォ・ブランドが調べた。
「よし、そこの周波数にセットしろ」
「了解しました」
惑星トゥールーズには、タルシエンの橋からの侵略者を撃退するための強大な軍事基地があった。当然、強力なレーダーがタルシエンの橋出口を監視している。
しかしながら、広大な宇宙を航行するたった一隻の船を探知するのは難しい。仮にレーダーにその影が投影されたとしても、隕石などの漂流物である可能性があるからである。なので、艦隊などの多数の映像を捕らえない限り見過ごされることが多いのだ。
惑星トゥールーズに近づかないように、迂回しながら航行を続けるフォルミダビーレ号。
「このまま無事に通過できればいいのだがな」
ふと呟くアーデッジ船長。
しかし、それは甘い考えだった。
「前方に感あり! 一隻がこちらに向かってきます」
レーダー手が叫ぶ。
「見つかったか。総員戦闘配備!」
戦闘配備に動き回る乗員達。
「たった一隻なのを見ると、船か漂流物かを確認するために近づいている可能性があります」
リナルディ副長が考察する。
「戦っても逃げても、本国に連絡されて追撃捜査がはじまると思われます」
「戦って撃沈などしたら、復習戦だと血眼になって追撃してくるだろうな」
「そうですね。逃げた方が得策ではありますがね」
「敵艦のエンジン部に魚雷一発かまして動きを止めて、その隙に逃げるというのはどうだ?」
「いいですね。それで行きましょう」
数時間後、両者は対峙した。
「敵艦発見!」
目前に敵艦が姿を現した。
「コルベット級哨戒艇だな」
「火力はこちらの方が上ですが、速度はあちらが上です」
「相手側より通信が入っています」
「無視だ。魚雷攻撃で返事をしようか」
「了解。魚雷戦用意、目標敵艦後部エンジン部」
次第に接近する両船。
「第二弾を、敵艦退避運動予測位置に設定」
「設定しました」
さらに近づく。
「停船せよと言ってます」
「返信は、魚雷発射だ!」
「発射! 続いて十秒後に第二弾発射」
船首から連続で発射される魚雷。
第一弾は回避するも、第二弾に被弾炎上してしまう敵艦だった。
「魚雷命中!」
「敵艦、漂流を始めました」
「よし! 脇をすり抜けて戦線離脱する」
速度を上げて逃走を始めるフォルミダビーレ号だった。
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銀河戦記/波動編 第六章 Ⅵ タルシエンの橋
第六章
Ⅵ タルシエンの橋
フォルミダビーレ号とアーデッジ船長達は、行方不明となった仲間の消息を確認するために、アンツーク星に向かうべくトリスタニア共和国を航行していた。
途中に出会う軍艦に対しては、その足の速さを活かして逃げまくり、商船・貨物船とみれば襲い掛かって物資を奪っていった。
そして関門となるタルシエンの橋へとやってきた。
タルシエンの橋は、銀河渦状腕『いて・りゅうこつ腕(トリスタニア共和国)』と『オリオン腕(ケンタウロス帝国)』の間を繋ぐ航行可能域のことである。
だがタルシエンの橋の手前には、共和国軍最強の防衛軍事基地シャイニングがあった。その両脇を固めるように、クリーグ基地、カラカス基地がある。
それらの基地を横目に通り過ぎるフォルミダビーレ号。
基地側では、タルシエンの橋を通って侵略してくるケンタウロス帝国の動きを監視していたが、内国後方から接近する一隻の船には注意が疎かになっていたのである。
何の抵抗もなくタルシエンの橋に突入するフォルミダビーレ号。
「後ろの艦隊は動いているか?」
「いいえ。微動だにしません」
「だろうな。防衛が主任務の基地だから、深追いはしないということだ」
「しかし、帝国側出口が問題です。手ぐすね引いて待ち構えていますよ」
「まあ、たった一隻だから気づかないで見逃してくれるのを祈るだけだ」
タルシエンの橋を航行するにあたって、ワープ航法は短距離に限定されていた。何せ、両岸国家の戦略上の都合から、航海図が公開されていない上に、空間が安定しておらず、長距離ワープを行うととんでもない場所に飛ばされることもあるからである。
「ワープ完了」
数度のワープを終えて、タルシエンの橋を五分の一ほど渡った時だった。
突然、船が大きく震動した。
「どうした?」
アーデッジ船長が、報告を求める。
「分かりません。確認します」
リナルディ副長が返答する。
「船が強力な力で引っ張られて流されています」
答えを出したのは、ウルデリコ・ジェネラーリ航海長だった。
「詳しく教えてくれ」
「重力加速度計によると、前方三万二千光秒に超強力な重力物質があります。光学レーダー観測できないので、おそらくブラックホールかと思われます」
「ブラックホールの重力に引きずられているのか?」
「距離的にはかなり距離が離れているのですが、何せブラックホールですので」
「重力圏から離脱する試案は?」
「只今、計算しているところです」
「早くしてくれよ」
船がブラックホールに近づくにつれて速度が上昇してゆく。
「前方モニター投影してくれ」
モニターを確認するアーデッジ船長。
しかし、まばらに映る恒星の他には何も映ってはいなかった。
それでも目を凝らして見つめると、宇宙空間の一角に星が全く映り込んでいない箇所があった。
「あそこにブラックホールがあるのか?」
そこへ航海長がやってきた。
「計算が終了しました。ブラックホールの重力圏から離脱できます」
「よし、やってくれ」
「かしこまりました」
ブラックホール脱出行が開始された。
「運航コンピューターに、計算されたルートを設定する」
燃料消費を最低限に、最も船に影響の少ない、最も安全なコースを、最も早く駆け抜けられるルートである。もちろんブラックホールの影響下では、ワープは使えない。
「ルート設定完了!」
解説
*タルシエンの橋=天の川銀河のいて腕とオリオン腕の間の領域、地球から約
6500光年の位置にある「こぎつね座OBアソシエーション」と呼ばれるフィラメ
ント構造の大質量星形成領域が発見された。
2022年、大阪府立大学 藤田 真司 研究員、名古屋市科学館 河野 樹人 学芸員、
国立天文台野辺山宇宙電波観測所 西村 淳 特任准教授を中心とする研究グルー
プは、野辺山 45m 電波望遠鏡を用いて、天の川銀河の腕間に位置する大質量星
形成領域「こぎつね座OBアソシエーション」に対する大規模な分子ガス雲の観測
を行いました。
観測の結果、この領域で長さ100光年にわたる巨大フィラメント状分子ガス雲
の存在を初めて明らかにしました。
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銀河戦記/波動編 第六章 Ⅴ ミスト艦隊
第六章
V ミスト艦隊
トリスタニア共和国デュプロス星系内を航行するフォルミダビーレ号。
海賊基地のある国際中立地帯から、トリスタニア共和国に入った最初の恒星系であるデュプロスは、太陽系木星に比して、実に二十倍もの質量を持つ巨大惑星『カリス』と『カナン』を従えている。
カリスには衛星ミストがあり、国境を守る辺境警備艦隊が配置されている。
「惑星カリスによるスイングバイ(重力アシスト)は順調に推移しています」
リナルディ副長が報告する。
アンツーク星への長旅において、燃料節約のために惑星による重力アシスト(Gravity Assist; GA)で加速して時短を図る。
カリスの平均公転軌道速度は36.37km/s。重力アシスト加速の期待値は、相対質量比は無視できるので、およそ90%程度と推定され、最大32.741km/sの加速度が得られる。
「このまますんなりと通過できればいいのだがな」
アーデッジ船長の危惧は実現する。
前方に衛星ミストから発進した警備艦隊が出現したのである。
「前方艦隊より入電しています」
「繋いでくれ」
正面スクリーンに人の姿が映し出される。
スクリーンの人物が警告する。
「我々は、デュプロス星系方面ミスト艦隊である。貴船は、我々の聖域を侵害している。所属と指揮官の名前を述べよ」
国際中立地帯からトリスタニア共和国へと最初に訪れることになるデュプロス星系を通過する船、旅客船や商船などは事前に通行許可を得てから入域するという手続きがある。
許可なく無断で入域したフォルミダビーレ号に対して、臨検が入るのは当然だろう。
「いかがいたしますか?」
リナルディ副長が耳打ちする。
「トリスタニア共和国に対しては、これまで海賊行為をしたことがない。ただ通過するだけだし、ゆえにここでは我々は民間船ということになる」
「そうは言っても、この船は艤装されていますから、民間船だとは思ってはくれないでしょう」
「だよな。しようがねえ、さっさととんずらを決め込むとしよう」
「通信に何と答えるのですか?」
「通過通航権を訴える」
すべての艦船および航空機が、国際海峡の航路を、もっぱら継続的かつ迅速に通過するために航行および上空飛行の自由を行使する権利を、通過通航権という。
『馬鹿な。ここは国際海峡ではない』
「そうか……。なら強引に通らせてもらいましょう」
『なんだと!』
通信端末を切るアーデッジだった。
「機関最大、光子帆を展開させろ! 全速力で逃げるぞ!」
「了解! 全速力で逃げます」
速度を上げるフォルミダビーレ号。
その目前に立ち塞がるミスト艦隊。
だが、両者には決定的な違いがあった。
恒星間航行のできる宇宙船であるフォルミダビーレ号に対して、ミスト艦は巨大惑星の強力な重力に逆らって動ける惑星間航行艦であった。
いわば速度優先の競走馬と、馬力優先の荷役馬といってよいだろう。
重力アシストで速度を上げていたフォルミダビーレ号とは桁違いの速度差があるミスト艦隊。
フォルミダビーレ号は、ミスト艦隊の艦と艦の間を高速ですり抜けてゆき、ミスト側の砲雷撃戦を不可能にしていた。同士討ちとなるからである。
「まもなくすれ違いを完了します」
ウルデリコ・ジェネラーリ航海長が報告する。
「進路そのまま。敵艦隊の艦尾発射ミサイルを警戒しつつ、全速力で駆け抜けろ!」
すれ違いを終えて、両者が離れつつあった。
「すれ違い完了。進路そのまま、全速力離脱!」
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銀河戦記/波動編 第六章 Ⅳ エダ
第六章
Ⅳ エダ
その女性は『エダ』と名乗った。
旧トラピスト星系連合王国の王族の一人、フレデリック第三王子に仕えており、後にその息子アレクサンダー王子の従者となった。
それから数百年後、彼女がどうして今日まで生き伸びてきたかは謎である。
アレックスはルイーザと共に、エダに案内されてとある部屋にたどり着いた。
そこには二つの冷凍睡眠カプセルが安置されていた。
「この施設を建設された旧トラピスト星系連合王国第三王子フレデリック夫妻のご子息、アレックス様ご夫妻のご遺体です」
それから、親子二代に渡ってレジスタンスとして活躍した時代背景の解説をするエダ。
「なるほど……」
感心するアレックスとエダだった。
その後、アレックスの深層意識の映像のことと、ロストシップのことを離すルイーザ。
興味津々の表情で耳を傾けるエダ。
「さてと……あなた方がロストシップと呼ぶ戦艦を捜しているということは理解しました」
「ご存じないでしょうか?」
「そうですね……」
とここでアレックスの方を見つめてから、
「アレックス様がいなければ、知らないと答えるところですが、ご本人を前にして嘘もつけないでしょう」
「船をご存じなのですね?」
「はい。あなた方の求めている船は、ここアンツーク星にあります」
その頃、海賊ギルドのアジト。
少年達がアンツーク星にて消息不明になったという報告が、レンタルショップから連絡がきていた。
アントニーノ・アッデージ船長は意気消沈していた。
「レンタルシップ損失に対する損害賠償請求が届いています」
会計係が書類を手渡す。
「船が破壊されたというのは事実なのか?」
「確かです。レンタルショップの事故調査班が、惑星地表で破壊された船の残骸とフライトレコーダーを発見しているそうです」
「ルイーザと少年達はどうなっているんだ?」
「遺体は見つからなかったそうです」
「ということは、生きている可能性があるな」
「まさか、捜索に出るおつもりですか?」
「当然だ。仲間を見殺しにはできない」
数時間後、海賊頭領のガスパロ・フォガッツィに面会し、捜索願いを訴えるアーデッジだった。
「許可できないな」
あっさりと船長の申し出を拒絶するフォガッツィ。
「どうしてですか?」
「女とガキぐらい見捨てても大したことはないだろ」
「しかし……」
「あきらめろ!」
取り付く島もなく、捜索願を拒絶されるアーデッジだった。
フォルミダビーレ号(for·mi·dà·bi·le)に戻ったアーデッジ。
「いかがでしたか?」
副長のフィオレンツォ・リナルディが尋ねた。
「ダメだったよ」
「やはりですか」
「それでも行くけどね。放っておくわけにはいかないからな」
「裏切り行為と見なされませんか?」
「構うもんか」
船長席に深々と座り込むアーデッジ。
「発進準備をしてくれ」
「了解。発進準備!」
リナルディ副長がオペレーターに伝えると、
「発進準備!」
復唱するオペレーター。
活気づく船橋。
「機関始動!」
「船台ロック解除」
「微速前進」
ゆっくりと動き出してゆくフォルミダビーレ号。
そしてドックを通過して、宇宙空間へと乗り出した。
「ボスから連絡です」
レンツォ・ブランド通信士が報告する。
「繋いでくれ」
スクリーンにフォガッツィが映し出された。
「どこへ行くつもりだ? いや、言わずもがなか」
「ロストシップ探しを引き継ぐだけですよ」
「ギルド長の命令に逆らったんだから、除名処分だ。どこへでも好き勝手に。行きやがれ」
「ありがとうございます」
通信が途切れた。
「除名ですか……あんな奴の下にいるくらいなら、アウトローの方が気が楽です」
リナルディ副長がため息をつく。
「しかし補給などは、自給自足になるがな」
自給自足とは、即ち商船襲撃などの海賊行為ということになる。
「大丈夫ですよ」
オペレーター達も同じ気持ちだったようだ。
「よおし、アンツーク星へ向かう」
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