銀河戦記/波動編 第二部 第一章 Ⅳ 転送
第一章
Ⅳ 転送
侯爵の艦隊が停船しており、その旗艦にフォルミダビーレ号が横付けしている。
旗艦の乗船口から中へ入るアレックスだが、護衛としてアントニーノ・アッデージ船長とエルネスト・マルキオンニ白兵部隊長が従った。敵の懐に飛び込んでいくのは危険じゃないかと思われるが、自身に何かあればアムレス号の主砲が火を噴くと伝えてあった。万が一の場合は、転送装置を使うまでだ。
艦橋までくると、司令官が立って待ち受けていた。
「お待ちしておりました、殿下。マーティン・ウォーズリー少佐と申します」
「殿下と呼称されるのですか?」
「はい。王位継承の証のエメラルドもそうですが、かの伝説のロストシップにお乗りになられている。これはもう疑いのない事実です」
そばに控えていた副官も言った。
「私は、グレーム・アーモンド中尉と申します。この船の名は『エンディミオン』と言います。船乗りなら、ロストシップのことを知らない者はいません。旧トラピスト星系連合王国の正統なる王家の血筋であることを認めます」
どうやらアムレス号ことロストシップの威厳がこの二人の士官を納得させたようだ。
「どうです、一度私の船に来てみますか?」
「ロストシップにですか? ぜひお願いします」
ウォーズリー少佐は前のめりに乗り気だった。
「自分も同行させてください!」
副官も興味津々の表情で頼み込んだ。
「いいでしょう。転送装置を使います」
「転送装置? この艦には装置はありませんが?」
「大丈夫です。携帯端末がありますから」
と、腰にぶら下げていたホルスターから端末を取り出して見せる。
「この小さな端末が転送装置なのですか?」
「はい。そばに来て手を繋いでください」
指示されたようにアレックスと手を繋ぐ二人。
端末でアムレス号に指示を与えるアレックス。
『転送してくれ、三名だ』
『了解しました』
三人の身体が輝いた後、姿が消えて転送された。
ウォーズリー少佐が気が付くと、目の前には見たこともない計器類が並んだ船橋であった。
何より驚いたのは、乗員が女性とロボットがそれぞれ一人と一台しかいないことだった。
「乗員は、他にいないのですか?」
アーモンド中尉が尋ねると、
「はい。この船は、基本的に高性能のコンピューターが動かしています。補助的に人が操作して動かすこともできます」
エダが答えてくれた。
「逆なんですね。普通人が動かして機械が補助してくれるのですよね。さすがロストシップと呼ばれるだけありますね」
ウォーズリー少佐は目を丸くしていた。
「お名前を伺っていいですか?」
この船に似つかわしくない美しい女性を気にしたのか尋ねるアーモンド中尉。
「エダと申します。この船の管理人ですが、残念ながら人間ではありません。まあ、ヒューマノイドというところです」
「管理人? ヒューマノイド?」
惚れられたら後々面倒だと思ったのか、正直に正体を明かすエダだった。
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銀河戦記/波動編 第二部 第一章 Ⅲ 応戦
第一章
Ⅲ 応戦
アムレス号の船橋。
アレックスとエダの前にあるスクリーンに、ロベスピエール侯爵とハルバート伯爵が映し出されている。
スクリーンの伯爵が尋ねる。
『君は何がしたいんだ?』
「王位継承の証がこちらにあります。分裂してしまったアルデラーン公国を再興します」
『すると何か? 君が公国の王を名乗るというのか?』
侯爵が憤慨した声で質問した。
「そうです。分裂したままだと、いずれケンタウロス帝国の侵略を許してしまいます。それを許さないためにも、一刻も早く防戦できる体制を整えなければなりません」
ケンタウロス帝国は、オリオン腕内の領域を平定した後、銀河渦状腕間隙に掛る『レマゲンの橋』を渡ってペルセウス湾に到達して、支配領域を広げていった。そして銀河系の反対側、地球からは観測不可能な領域目前まで迫っていた。
その領域は、ケンタウロス帝国とアルデラーン公国、そしてトリスタニア共和国が接する国際中立地帯となっていた。最も遅くそこへ到達した帝国は、侵略する前に自国を富国強兵することを最優先に行っていた。
そして、十分な兵力が蓄えられて、そろそろ侵略を始めようかという趨勢となっていたのだ。
『ちょっと失礼します』
侯爵船から割り込み通信が入った。
『向こうの船の後方にとんでもない奴が隠れていました』
と、画面が切り替わって後方に待機していたフォルミダビーレ号を映した。
『なんだ?』
『この船は、トリスタニア共和国から国際手配されている海賊船です』
『海賊船だと!』
『間違いありません』
王族を名乗る相手が海賊だと知り、怒り心頭を発する侯爵。
『君は海賊なのか?』
「否定はしません。孤児院にいるところを、海賊に拾われたんです。この船アムレス号を発見できたのも、彼らのお陰です」
『たばかったな! sその宝石も奪い取ったものだろうが! 認めんぞ!』
通信が途切れた。
十数分後、前方の艦隊が動き出した。
「前方艦隊にエネルギー反応増加が伺えます。どうやら戦闘態勢に入ったようです」
「応戦準備だ。フォルミダビーレ号にも連絡」
『了解シマシタ』
「敵艦を撃沈させてはいけない。動きを止めるだけだ。エンジン噴射口を狙え」
アレックスの考えは、アルデラーン公国の再興であるから、宥和政策は大事である。
相手が撃ってきたからといって反撃・撃沈してしまっては、味方にはなってはくれない。
『噴射口を狙えだって? そりゃ難しいな』
アーデッジ船長が愚痴をこぼす。
「お願いします」
『分かったよ。やればいいんだろ』
向き直って戦闘指示を出しているアーデッジ船長だった。
『敵艦ヨリ、ロックオンサレマシタ』
「小ワープ準備! 目標、敵艦の左舷側近接」
『目標設定シマシタ』
「敵艦撃ってきました!」
エダが言うのと同時に、
「ワープ!」
アレックスが下令する。
敵艦の目前で消えるアムレス号。
敵艦の放った攻撃が宙を舞った。
敵艦隊旗艦艦橋。
「敵船、消失!」
レーダー手が報告する。
「なんだと! ワープしたのか?」
どこへ行ったのかと焦る司令官。
次の瞬間だった。
「敵船出現しました。左舷七時の方向です」
レーダー手が金切り声を出す。
「後ろか! 回頭だ、取り舵一杯!」
だが、敵船の攻撃の方が早かった。
激しい震動が艦内を揺らした。
「艦尾に被弾!」
「損傷を報告しろ!」
「エンジン噴射口を破壊されました」
「補助エンジンに切り替えしろ!」
「それでは、戦闘速度が出せません!」
「二番艦、三番艦もエンジンをやられました」
唇を噛んで悔しがる司令官。
「機動性がまるで違う。歯が立たない」
「敵船より入電。停船せよ、撃沈はしないから降伏せよ」
無傷な艦がまだ三隻残っていたが、このまま戦っても損害を増やすだけなのは明白な事実だった。
「分かった……停船だ。降伏の意思表示を」
停船して、降伏の信号弾を上げる旗艦。
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銀河戦記/波動編 第二部 第一章 Ⅱ 王族の末裔
第一章
Ⅱ 王族の末裔
ハルバート伯爵邸パーティー会場。
会場内に慌てた様子で従者が入ってきて、伯爵に耳打ちした。
「なんだと! それは本当か?」
来賓客に聞こえないように、小声で確認する伯爵。
「はい。侯爵様のお船から連絡が入りました」
「侯爵の船だと?」
会場を見れば、ロベスピエール公爵にも従者が近づいて耳打ちしているようだった。
かと思うと、ツカツカと伯爵の方へと近づいてくる。
「聞かれましたか?」
「はい。侯爵様のお船がら連絡が入ったそうで、これから通信室に参ります」
「うむ。私も同席させてくれ」
「分かりました」
それから会場に向かって、
「皆さま、急用が出来ましたのでしばらく席を外させていただきます。戻るまでご自由に食事など堪能していてください」
と申し送って中座する伯爵だった。
通信室に入る伯爵と侯爵。
すでに通信設備は、侯爵家の船と繋がったままになっていた。
「どういうことだ。もう一度詳しく説明してくれ」
侯爵が、船の指揮官に尋ねた。
「相手側は、数百年前に滅んだ旧トラピスト星系連合王国の王族だと言っています」
「トラピスト星系連合王国だと? それは我々の祖先でもあるはずだが」
「もちろんですが。まずはこれを見てください」
というと、目の前のスクリーンに、宇宙空間に停止している船が映し出された。
「この船は?」
「アムレス号です。過去の船籍リストを確認しますと、かつてケンタウロス帝国の追撃を避けて、トラピスト星系連合王国から銀河渦状腕間隙『タルシエンの橋』そして『ルビコンの橋』を渡って、この『たて・ケンタウロス腕』にたどり着いた時の伝説の船です。すなわちトラピスト王国の船で、乗船している者が王族ということになります」
その説明を聞いてロベスピエール侯爵が言った。
「わしも聞いたことがあるぞ、伝説のロストシップのことは。この『たて・ケンタウロス腕』にたどり着いて最初の国家を興した後、いずこかへと消えたとかいう船だな」
侯爵は興味津々という表情をして語った。
「その船は、代々王家の者が所有していたと聞くが……」
伯爵も多少なりとも由縁を聞きかじっていたようだ。
「つまり、その船には今も王家の者が乗っているということだよな。相手の船に繋いでくれ」
画面が切り替わって、アムレス号の船橋、そして船長席に座ったアレックスが映し出された。
その姿というか若さに驚く二人。
「まだ、子供じゃないか!」
それにもまして伯爵を驚かしたのは、隣に控えている女性だった。
見たことあるようで、しばらく見つめていたが、
「貴様は! 娘が生まれた時に姿を晦(くら)ました召使じゃないか!」
「覚えておられましたか。私の本当の名前はエダと申します』
「と、ということは? その少年は?」
双子が生まれた時に、身体障碍者として捨て子にした男児ではないか。
『その通りです。伯爵さま、あなたのご嫡男ですよ』
「まさか……あの時の子供か……」
『思い出されましたか?』
「あ、ああ、それで今更連絡してくるとは、なんの魂胆だ?」
『魂胆もなにも、トラピスト星系連合王国の再興を考えております』
「王国の再興だと?」
『ここに、王位継承の証であるエメラルドの首飾りがあります』
といいつつ、大きな緑色のエメラルドを中心にダイヤが散りばめられた首飾りを手にしていた。
「そ、それは、あの時盗まれたもの!」
『この首飾りは、正統なる王位継承者に代々受け継がれてきた国宝です』
「そうだったのか?」
『トラピスト星系連合王国を離れて数百年、王位継承の証というこの宝石を持って王国を再建するため、こちらのアレクサンダー様が戻ってこられたのです』
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銀河戦記/波動編 第二部 第一章 Ⅰ 惑星サンジェルマン
第一章
Ⅰ 惑星サンジェルマン
惑星サンジェルマン。
ロバート・ハルバート伯爵の宮殿。
侍女たちがせわしなく走り回っている。
今日は伯爵令嬢の十四歳の誕生祝いのパーティーであった。
大広間には、宮廷音楽隊によって静かな曲が流されている中、招待された貴族や富裕層の人々が、談笑しながらテーブルに並べられた食事に舌鼓を打っていた。
音楽の曲調が変わり照明が落とされた。
やがて、正面壇上にスポットライトが当てられる。
ゆっくりとした足取りで伯爵が現れて壇上に登った。
「ご来賓のみなさま、我が娘の誕生日を祝いにご来訪いただき感謝の極でございます」
簡単な時候の挨拶をすると、
「では、我が娘レイチェルを紹介しよう」
広間の袖口から、着飾った女性がしずしずと現れた。
誰からともなく拍手が沸き上がった。
「この娘レイチェルは、年頃でそろそろ婿殿をと思っております」
ざわざわと騒ぐ人々。
そもそもこのパーティーに参加している者の多くが、伯爵令嬢との縁談を目的としているからだ。
もし一人娘との縁談が結ばれれば、伯爵位と領地が手に入ることになる。
会場内をゆっくりと歩いて、参加者に挨拶をして回る令嬢だった。
男子のいる貴族は、逆玉の輿を狙って令嬢に対して愛想よく話しかけていた。
そんな中、一人だけ雰囲気の違う人物がいた。
ロベスピエール侯爵である。
参加者の中では最高位の爵位を持っているので、逆玉の輿には関係ないが、侯爵には別の腹積もりがあるようだ。
覇権主義思想のある侯爵の狙いは、領土の拡張の一言である。
子息を令嬢と結婚させて領地を我が物とする魂胆であろう。
傍に立っているのが三男でイケメンだった。
令嬢が近づくとすかさず声を掛けていた。
その表情は、自分は侯爵家で令嬢は伯爵家、自分の方が格上で縁談も間違いないという雰囲気であった。
一通りの目通しを終えて、伯爵の元に戻る令嬢。
その頃、惑星サンジェルマンへと舞い戻ってきた少年達を乗せたフォルミダビーレ号とアムレス号。
フォルミダビーレ号の船橋に集まる少年達。
正面スクリーンに映し出されている故郷の星。
「この星が僕たちの生まれたところか?」
惑星の外、宇宙から眺めたことがない少年達が感激するのは当然だろう。
その時警報が鳴り響いた。
「前方から未確認船が接近中です」
レーダー手のルイーザが報告する。
「相手船より入電!」
と、レンツォ・ブランド通信士。
「繋いでくれ」
通信モニターに相手方が投影される。
『所属と船名を名乗りたまえ。こちらはロベスピエール侯爵様の船である』
と尋ねられても、フォルミダビーレ号は海賊船であるから所属などない。
「ロベスピエール侯爵の船? ここはハルバート伯爵の領地だろ?」
何はともかく返答に窮するアーデッジ船長だった。
「船は武装されています。民間船ではなく、戦闘艦のようですね。海賊船だと分かれば撃ってきますね」
「うむ」
どう答えようかと困っていた、その時だった。
『こちらは、旧トラピスト星系連合王国所属のアムレス号です』
アレックスがアムレス号から発信していた。
『アムレス号だと? トラピスト星系連合王国とは……ちょっと待て』
しばらく無音が続いた。
おそらく船籍リストのデータを検索していたのだろう。
数百年も前の船である、膨大な船籍リストを遡るのに時間が掛かっているようだった。船籍リストには、所属などの他、船影写真も添付されている。その船影と目前のアムレス号を比較して同一船体であることを確認したようだ。
『アムレス号とは……すると君は王族なのか?』
伝説のロストシップのことは、船乗りなら誰でも知っている。
『一応、そういうことになっております』
『伯爵と連絡を取る。しばらく待ってくれ』
通信が途切れた。
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