純愛・郁よ

(十七)縁台将棋  駒を並べおわって、勝負開始だ。  俺達が将棋に興じている間も、女性達は何かと働いている。  部屋の掃除・洗濯からはじまって、夕食の下ごしらえや漬け物を作ったり忙しい。 「よう。早速、花婿相手に勝負かね」  垣根の一部が開閉できる柵のところから大工風の男が入ってきた。  確か宴会に出席していた客だ。 「おう。結構強いぞ。負けそうだ」  俺はすでに敵陣に龍を成り込んでいた。手加減してばれたら気を害するだろうから 実力通りの力を出している。 「そうみたいだな」  どっこいしょとばかりに縁側に腰掛けて、 「郁ちゃん! お茶持ってきてよ」  と、奥に向かって図々しく叫ぶ。 「はーい。お待ちになってえ」  奥から、郁の声が返ってくる。  田舎の家庭は開放的だ。  勝手知ったる他人の家。誰でもいつでも自由にずかずかと入ってこれる。 「これが終わったら、今度はおれと勝負してくれ。武司君と言ったっけ?」 「時間が残っていればな」  父親が釘を刺す。 「ああ、そうか……。今度は、武司君の実家に行くんだったな」  二人の将棋の観戦に入る客人。  いわゆる縁台将棋という図式だな。  郁がお茶を入れて持ってきた。 「はい、お父さん」  と言ってその膝元に茶托に乗せられた湯飲みを置いた。 「すまんね」  と、盤を凝視したまま答えている。 「はい、武司」 「うん」  と、いつものように答えてから。あ、父親が目の前にいるんだ。もっと愛想良く答 えた方がよかったか? と父親をみると、何も感じていないようだ。思考中で耳に入 っていなかったようだ。 「はい、源さんも」 「ありがとう、郁ちゃん。こうやってシラフで見ると、ほんとに美人になったね」 「どうも、ありがとう」  あれ?  ここの一家が郁を女扱いするのは判るが、来客までそうなのは何故だ?  もしかしたら、知らないんじゃないか?  かなり小さい時から女の子として過ごしていたというから、近所の人々は郁を女と 信じ込んでいるみたいだ。  そうでなきゃ、宴会にあれだけの数のご近所さんが肴持ってやって来ないはずだ。  郁との縁談がとんとん拍子に進んだのはそのせいか……。  ご近所さんには郁が女と思われているから、この地で祝言を挙げても何ら支障はな いというわけだ。  その郁は、にこにこと微笑みながら、俺のすぐ側に正座している。
     
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