女性化短編小説集「ある日突然に」より I

page-2  朝になりました。  ひどい寝汗です。風邪の回復期によく見られる現象であることが判ります。  汗を拭おうと腕を動かした時でした。  胸の部分に異様な感覚が走りました。  あわてて飛び起き、布団を跳ねのけて確認します。 「なんや! これは!」  私は絶句しました。パジャマをはだけた胸には、見事に大きく膨らんだ豊かな乳房 があったのです。  おそるおそる触ってみると、弾力のある膨らみであることが確認できました。  風呂場にある鏡に、自分自身の身体を映してみました。  豊かなバストに、大きなヒップが確認されました。 「もしかして副作用があると言ってたのこのことか!」  身体は、どこからみてもまさしく女性のボディーラインでした。  ただ一ヶ所を除いて……。  股間には見慣れた例のモノがぶらさがっていたのです。薬のせいで小さくなっては いますが、さすがにここまでは変化の余地がなかったようです。  とにかく一大事です。  この状態をなんとかしなければなりません。  会社の出勤時間はとうに過ぎていました。 「電話しなくちゃ。風邪ということで休ませてもらおう」  会社に連絡を取ります。所属の庶務課への直通回線をダイヤルします。  発信音の後に、電話の向こうから○○○○商事ですという受付嬢の声が届きます。 「庶務課の倉本里美ですが」  と声を出した途端に驚きました。キーの高い女性の声になっていたのです。  相手から返事が戻ってきます。 「倉本……。確かに庶務課に倉本はいますが、そちら様は?」  女性の声で男性職員の名前を出したので確認してきたようです。 「あ、あの……倉本の姉です」  とっさに結婚して近くに住んでいる姉を装いました。就職の際の身元保証人になっ ていますし、姉が看病の為に訪問していることは有り得る事です。 「お姉さまですか」 「はい。倉本は風邪で、休ませていただきたいのですが」 「かしこまりました。上司にはお伝えいたします。昨日は早退されたようですし、ご 容体もかなりひどかったご様子ですが、二・三日お休みということになりそうです か?」  本格的な風邪となれば一日では治らない。二・三日高熱が続くことも良くあるこ と。それを確認していたようです。 「はい。最低三日は寝込むかもしれません」 「わかりました。その点も合わせて報告しておきます」 「それでは、お願いします」 「はい。お大事にどうぞ」  送受器を置いて、思わずため息をもらします。 「声まで、女性になってしまうとは……」  もう一度、あの病院に行くしかない。  あの注射のせいで、こんな女性の身体になってしまったのは明らかなようです。  きっと解毒剤もあるに違いないはずです。  不思議な事には、注射のせいで熱も悪寒もすっかり治まっていました。  さっそくパジャマを脱いで着替えます。  しかし、大きな胸のせいで、シャツのボタンを留めることができません。ズボンも やはり大きなお尻が邪魔でファスナーを上げることができません。  しかたなくTシャツにジャージの上下を着て出かけることにしました。  ジャージの上からも、大きな胸の膨らみがはっきりと見えるので、人目につかない ように腕を組むようにして、胸を押さえていなければいけませんでした。  そして通行人が見えなくなると駆け出します。一刻も早く病院に着きたかったから です。  大きな胸がTシャツの下で、ぷるるんぷるるんと軽やかに弾みます。大きな胸とい うものは、走るのにはまったくの邪魔物でしかない事を再認識しました。世の女性達 はこのようなものを胸にくっつけて生活していると思うと気の毒にも感じました。も っともそれが男性にとっては、魅力の一つでもある事も知っています。  乳首がシャツに擦れて、痛いというか微妙な感覚が全身を駆け抜けていきます。  やっとの思いで病院にたどり着きました。  受付けを済まし順番待ちでベンチに座ります。  腕組をし、胸の膨らみに気づかれないようにします。  やがて自分の番になり、処置室に入るなり医師に食って掛かりました。 「一体何を注射したのですか?」 「女性ホルモンと成長ホルモンだよ。超即効性のハイパーエストロゲンとアンチアン ドロゲンの混合剤、そしてスーパー成長ホルモンをね。効果はご覧の通り、一晩で女 性化してしまうという素晴らしい薬だよ。でも、風邪もちゃんと治っただろう。風邪 薬を混ぜておいたから」  何という事でしょうか。  本来の目的だった風邪の薬は二番煎じ的な言い方です。 「元に戻してください」 「といっても薬じゃ治らないし、となると手術になるが、大胸筋の中まで浸潤した乳 腺組織を取り除くのは大変だぞ。全身麻酔をかけてじっくりと組織を取り除いていか なければならない。大手術になる」 「そんなこと知りませんよ。あなたが勝手にホルモン剤を投与したから、こんな身体 になったんです。手術でもいいですから、元のまんまに戻してください」 「そうか、そうまで言うのなら」  入院手続がとられ即日の手術となりました。  手術前の緊張を解きほぐす為の前麻酔薬を飲まされた後に手術台の上に乗りました。  乳房の上に執刀ラインが引かれていきます。  やがて前麻酔剤が効きはじめたのを確認して、 「それじゃあ、オペを開始するよ」  と本麻酔用のマスクが掛けられました。  やがて意識が遠くなっていきます。
     
 
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