女性化短編小説集「ある日突然に」 I

page-1  その日、私は風邪で会社を早退しました。  酷い悪寒で、身体がぶるぶる震えて、足取りも重いのです。 「家に帰ったら、風邪薬を飲んですぐに寝よう」  帰路の途中に病院があるのに気づきました。  病院の看板には、診療項目として、産婦人科と内科とが記されています。 「産婦人科か……」  大きなお腹を抱えた妊婦が出入りするのを目にします。  気恥ずかしくて、さすがに入るのがためらわれます。 「でも内科とも、ちゃんと書いてあるよな」  この酷い症状は風邪薬だけでは治りそうもありません。  意を決して、その病院へと入っていきます。  すると、男性である私に対し、異様な妊婦達の視線が集中します。  判り切っていたことですが……。  マスクをし咳を連発する私をみれば風邪だとすぐに判るはず。  ここは内科でもあるのです。  受付けで初診の手続きを済ませてベンチで待っていると、すぐに呼び出しがかかり ました。 「いやに早いな」  すると看護婦が、他の妊婦達にも聞こえるように答えてくれました。 「ひどい風邪のようですから先に診療します。院内感染で他の妊婦さん達にうつして は大変ですからね。風邪は妊婦には大敵なんですよ。お腹の子にも差し障りがありま す」 「それもそうだね」  診療室に入ると、早速医師が診療をはじめます。  シャツをまくしあげた胸や背に聴診器をあてていた医師が変な事を言い出しました。 「君、結構色白だね。身体もわりと細身だし」 「ええ、まあ……」 「それに童顔だ。女性と間違われたことはないかね」 「は、はあ。たまにあります」 「だろうねえ。女装した経験は?」 「ありません」 「そうか。化粧して髪型もそれなりにすれば、立派に女性として通用するはずだよ」 「な、何言っているんですか」  変なこと言う医師だと思いました。 「新型肺炎ということもあるので、検査用の血液を少し採取してもいいかね」 「新型肺炎?」  それは2003年夏に、中国を発祥地として全世界に蔓延し、死者もたくさん出し た病気です。 「いや、念のためだよ」  驚いた表情をみて医師が確認するように言いました。 「わかりました。どうぞ」  看護婦が早速注射を静脈に刺して血液を採取していきました。  やがて診断が下されました。 「症状はひどいが、たんなる風邪だね」 「そうですか、良かったです」 「注射を打てばすぐに良くなるよ」  と言って、そばのもう一人の看護婦に合図を送りました。 「一応速攻性のある静脈注射と、持続性のある筋肉注射の二本打ってあげよう」 「二本も打つのですか?」 「その酷い咳と悪寒をすぐに止めるために、まずは一本。そして風邪の症状を抑える ための風邪の特効薬をもう一本だよ」 「そうでしたか」  看護婦がトレーに乗せて運んできた二本の注射を、静脈と筋肉にたてつづけに打た れました。 「よし、これでいい。三十分もすれば咳も悪寒もたちどころにおさまるはずだ。即効 性がある分、副作用もあるが気にしなくてもいいだろう」 「副作用があるんですか?」 「ああ、命に関わるようなものじゃないから安心したまえ」  診療代を払って、その病院を後にしました。  両腕に処置された注射箇所の痛みが続いています。  家に帰りつきました。  部屋に入り、パジャマに着替えるのですが、咳と悪寒がきれいに治まっていました。 「へえ、さすがに注射だな。すぐに効いているよ」  しかし身体全体がほてって熱く感じるのは何故でしょう。  とにかく今日は何もする気が起こりません。  すぐに布団を敷いて寝る事にしました。  股間の当たりがひどく痛みます。  インフルエンザなど高熱を発する疾患では、睾丸などが高熱の影響で痛みを伴う事 があるのを知っていました。睾丸は熱に弱いのです、それは身体の体外にあって、ラ ジエーター効果をもたらす陰嚢に収められていることからも理解できるでしょう。
   
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