陰陽退魔士・逢坂蘭子/蘇我入鹿の怨霊

其の廿弐 石上直弘  突如、落ち武者の姿をした亡霊が地の底から湧いて出るように出現した。 「課長、気をつけてください。犯人が外法で霊を呼び出しています」 「霊?といわれても、私には見えないぞ」  といいつつ胸元のホルスターから銃を取り出す井上課長。  辺りを見回すが猫一匹見ることはできなかった。 「銃は無駄です!相手は怨霊です」 「どうすりゃいいんだ」 「夜闇を払い、光を降ろす五芒の印!」  暗視の術を唱えると、井上課長の目にも見えるようになった。  おどろおどろしい怨霊の姿にたじろぐ井上課長。  そりゃそうだろう。  怨霊などというものに、普段から接したことなど皆無だから。  お化け屋敷とは違うということである。  と、上着の内側が微かに光っているのが見えた。  内ポケットに入れたお守りが輝いていた。  おもむろに取り出してみる。  するといっそう輝きを増して、襲いかかろうとしていた怨霊を消し去った。 「なるほど……これは良いな」  蘭子が護法を掛けていた効力のようである。  怨霊程度ならお守りでも役に立っている。  それを確認した蘭子は、安心して犯人と対峙できる。 「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」  怨霊を九字の呪法で消し去りながら、板蓋宮跡の中へと歩みを進める二人。  やがて跡地の中ほどに人影が現れた。 「待っていたよ」  暗がりで佇む人影は、近づくにつれてはっきりと表情を読み取れるようになる。  石上直弘その人だった。 「石上だな!」  井上課長が尋ねる。 「その通り」  続いて蘭子が続く。 「なぜ、罪もない人々を殺(あや)める」 「なぜだと?」 「そうだ。金城聡子をなぜ殺した!」 「足手まといになったからだ」 「足手まといだと?」 「七星剣に封じ込まれた入鹿の怨念を呼び起こすためには、血を吸わせる必要があった のだ。剣を手に入れる助手として、かつ最初の生贄として彼女が必要だった」 「なんてこと……そのために人の命を弄ぶとは」 「妖刀とは血を吸うものじゃないかな?」  妖刀として名高いものに村正が上げられる。  徳川家康の祖父清康と父広忠は、共に家臣の反乱によって殺害され、家康の嫡男信康 も織田信長に謀反を疑われ、死罪と成った際に使われた刀もそろれぞれ村正である。 「話がそれたな。おまえら、一人は刑事のようだが、娘の方は……陰陽師か?」 「その通りよ」 「なるほどな。で、どうするつもりだ?」 「その刀、七星剣を返しなさい」 「せっかく手に入れたものを、返せと言われて返す馬鹿はいない」  至極当然な反応である。
     
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