陰陽退魔士・逢坂蘭子/蘇我入鹿の怨霊

其の廿参 剣を交える  しばらくありふれた問答が続いたが、 「この場所へおまえらを呼び寄せたのは何故だか分かるか?」  と、先に切り出したのは石上だった。  この場所、板蓋宮跡は蘇我入鹿が惨殺された所である。  伝承では、斬首された首が数百メートル先へ飛んでいったとか、村人を襲ったとかと かで首塚が作られているのであるが……。  「さらし首」なという見せしめは、武家社会になってからであり、貴族社会であった 当時なら、野外に遺体ともども打ち捨てられたものと思われる。  ならば……。 「蘇我入鹿か?」  当然の反問である。 「見るがいい」  というと、七星剣を上段に構えたかと思うと、えいやっとばかりに地面に突き刺した。  地面から稲光が放射状に光ったかと思うと、無数の魑魅魍魎(ちみもうりょう)が湧 き出てきた。  石上がさらに右手を水平にかざすと、手のひらから、霊光(オーラ)のようなものが 地面へと伸びていく。  その地面が盛り上がりを見せたかと思うと、何かが土中より出現した。  それはゆっくりと上昇して、石上の手の上に。  骸骨だった。 「蘇我入鹿の首だよ」  おどろおどろしいオーラを発しているその首を差し出しながら、 「入鹿の首と、怨念の籠った七星剣、入鹿が討ち取られた板蓋宮跡。そして時刻は鬼が 這い出る丑三つ時。道具はすべて揃った」 「何をするつもりだ?」 「知れたことよ」  と言いながら地に突き刺した七星剣を抜いて、天に向けて捧げた。  凄まじい気の流れが怒涛の様に周囲に広がり、闇の中から無数の怨霊が沸き出し、奈 良の街中へと拡散していった。  毒気を含んだ黒い霧が流れ出し、道行く人々が次々と倒れてゆく。  街中に溢れ出した怨霊は、至る所で災いを巻き起こし、人々を渦中に引きずり込んで いく。  台所のコンロが自然点火して火事となり、交差点信号が誤作動を起こして交通事故が あちらこちらで発生する。  板蓋宮跡にいる蘭子達からも、街や村が火に包まれていくのを目の当たりにすること となった。 「問答無用ということですね」  竹刀鞘袋から布都御魂を静かに引き抜く蘭子。 「そういうことらしいな」  石上も入鹿の首を地面に置いて、七星剣を構える。  蘭子が石上に向かって布都御魂を振りかざす。  もちろん生殺しないように、当身を狙ってである。  だが、いとも簡単に受け止められてしまう。 「おまえが剣道の猛者ということは知っている。だが、自分も四段の腕前でね」  鉄と鉄が交差する度に火花が飛び、瞬間暗闇を照らす。  井上課長は思う。  貴重な文化財を使って、チャンバラとは!  しかし、心配はご無用。  どちらも怨霊の籠った霊剣である。  そうは簡単に折れたりはしなかった。 「なるほど『霊験あらたか』ということか」  納得する井上課長であった。
     
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