陰陽退魔士・逢坂蘭子/第四章 夢見のミサンガ
其の参 「119番だ」 「110番は、俺がしよう」 「自動車には近づくな! ガソリンが漏れているぞ、爆発の危険がある」  野次馬が次々と叫んでいる。 「しかし、今の見た?」 「そうよね。車が急にカーブして激突したのよね」 「直前に女の子に気が付いて、急ハンドル切ったんなら、良くあることだよ」  目の前で起こったスリリングな事故に、よほど急いでいない者以外は立ち止まって野次馬している。 「運転手は無事か?」 「この有様じゃ、即死だろ」 「そうね。こうもめちゃくちゃに壊れていたんじゃ、助けようにも助けられないよ。レスキュー待ちだね、生きていればの話だけど」  さて、京子はというと、横断歩道にしゃがみ込んで、肩を震わせていた。  いつまでのこうしているわけにもいかない。蘭子が肩を貸して立ち上がらせて、横断歩道を渡っていった。  やがて四方からサイレンの音が近づいてくる。  事故現場に到着したパトカーから降りてきた警察官は、事故処理班、交通整理班、事情聴取などに分担して、それぞれ活動をはじめた。  救急車も追っ付けやってきたが、 「こりゃだめだな。レスキューを呼ばなきゃだめだ」  一目見て、自分達では手の施しようがないと判断したようだ。 「それよりガソリンが漏れている、化学消防車もいる」 「もしもし、運転手さん、聞こえますか?」  恐る恐る近づいて、自動車に閉じ込められた運転手に向かって、声を掛ける警察官。  返事はなく身動きしないようだが、火を噴きそうな状況では、車の中に潜り込んで脈を診ることもできない。  追っ付け救急車とレスキュー車、そして化学消防車が到着した。 「事故を目撃した方はいらっしゃいますか?」  警察官が野次馬に向かって質問している。 「そんなもん。ここにいる連中みんなが目撃しているよ」 「白昼往来の事故だかんな」 「それでは、一番近くで目撃した方は?」 「それでしたら、そこの女子高生達ですね。何せ危うく轢かれそうになったんだから」 「轢かれそうになった?」 「赤信号無視の自動車にね。奇跡でしたよ」 「判りました。早速聞いてみましょう。おい、君はこの人や他の人から証言を取ってくれ」  別の警察官に指令して、蘭子たちに近づいていく。蘭子たちが未成年だし、より多くの証言を得るためだろう。できればこれだけ大勢の野次馬がいるのだから、いろいろな角度からの目撃証言も欲しいところだ。 「君達いいかな?」  やさしく微笑みながら話し掛けてくる警察官。轢かれそうになったと聞いて、怖がらせないようにしているのだろう。 「事故の証言を取りたいんだけど、話せる人はいるかな?」  蘭子が手を上げた。 「私がお話しましょう」 「お名前と住所、それから学校名もお願いします」 「阿倍野女子高校一年生の逢坂蘭子です。ここにいるのはみんなクラスメイトです。住所は阿倍野区……」 「阿倍野女子高というとすぐ近くだね。それで事件の様子は?」 「この横断歩道の反対側で赤信号で待っていました。歩行者信号が青になったので、渡り始めた途端でした。突然猛スピードで自動車が交差点に突っ込んできたんです」 「交差点に突っ込んできたんだね」 「はい。あちらの方からです。良く『黄色当然、赤勝負』とか言われるでしょう? 信号無視の暴走で横断歩道を渡る歩行者にも視線に入っていない。そんな感じでしたね」 「黄色当然、赤勝負……ですか。なんとなく状況が理解できそうです」 「横断歩道に差し掛かる直前でした。突然、車が右へ急カーブして、横転しながら信号機に激突しました」 「なるほど、急ハンドルで横転ですか……。ブレーキ音とか聞こえませんでしたか?」 「いいえ、聞こえませんでした」 「聞こえなかったと……。確かにブレーキ跡はなさそうですね。ブレーキとアクセルを踏み間違えて、暴走ということが良くありますが、どれくらいのスピードが出てたみたいですか??」 「どれくらいと言われても、スピードメーターが見えたわけじゃなし、とにかく全速力という感じでしたね」 「全速力ねえ……。やっぱり踏み間違えたのかなあ。横断歩道を渡る君達に気がついて、目一杯ブレーキを踏み込んだがアクセルだったとかね」 「ああ、それは判りませんけど」  それから身振り手振りを交えての実況検分に入った。自動車がどういうコースを走ってきて、どのように急カーブして、どんな具合に横転して信号機に激突したか。チョークで自動車の推定軌跡を描き、メジャーで測量していた。  そんな間にも、レスキュー車の救出作業は続いている。  運転席を下に横転して、信号機にめり込むように激突しているために、極度に困難な状態である。まず自動車を信号機から引き離して、横転した状態を起こしにかかる。そして運転席側からカッターや溶断機でドアを外して運転手を救出するのである。  化学消防車は、こぼれたガソリンなどに引火しないように、中和剤を撒いている。
   
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