陰陽退魔士・逢坂蘭子/第四章 夢見のミサンガ
其の肆  大阪府立阿倍野女子高等学校グラウンド。  体育の授業で、蘭子達が準備運動している。学校指定のジャージスタイルである。 「集合!」  体育教諭が笛を鳴らして、鉄棒前に一同を呼び集める。 「今日は、鉄棒の蹴上がりのテストをする」 「ええ、テスト!」 「いきなり、ひどいよ」  黄色い悲鳴が沸き起こる。 「蹴上がりができなければ、逆上がりでもいいぞ。何でもいいから鉄棒に這い上がれ。で きた者は、一対のバスケットゴールを使って、自由にプレイしてよい。できない者は、で きるまで特訓だ!」 「きゃあ! 横暴教師よ」 「セクハラよ」 「誰がセクハラじゃ。勝手なこと抜かすんじゃない。出席順一番からはじめるぞ。石 川!」 「はい!」  一番の石川久美は、一度目は失敗したものの、二度目にはくるりと鉄棒に這い上がった。 逆上がりである」 「よし、合格}  合格したものの一人では何もできないので、少し離れた所に腰を降ろして、他の合格者 が出るのを待っている。 「あたし、鉄棒苦手なのよね。小学校の時に結局できずじまいだった」 「わたしだってそうよ」 「ご同輩!」  京子達が抱き合って、苦しみを分かち合おうとしていた。 「逢坂蘭子」  名前を呼ばれて蘭子が鉄棒に向かう。  精神統一をはかってから、リズムカルに身体を動かす。美しいフォルムを見せて、鉄棒 の上に這い上がる。反動を利用した完璧な蹴上がりで、そのまま大車輪に移行できるくら いの余裕があった。 「さすがだな、逢坂。合格だ」 「ありがとうございます」  律儀に礼をして、久美の横に並ぶ蘭子。  何を隠そう。蘭子はスポーツ万能だったのである。特に武道と呼ばれるスポーツには 並々ならぬ力量を持っている。小学校の時は柔道、中学校の時は剣道と大阪大会の個人戦 では、いつもベスト4に勝ち上がっていた。  そして高校生になった今は、弓道に所属しているが、往年の活躍を知っている先輩達か ら、剣道部や柔道部への入部を勧められている。  京子の番がやってきた。  彼女はできなかった口らしい。おどおどと鉄棒に手を掛けるが、なかなか動こうとはし ない。小学校の時にできなかったことは、大人になってもできないままというのは良くあ ることである。自転車に乗れないという大人も少なからずいる。  ともかく蹴上がりか逆上がりである。  できなければ居残り特訓。バスケットチームへの方には回れない。 「京子、頑張れ!」  智子が声援を送る。  京子が観念して動き出す。  するとどうだろう。  あれだけおどおどしていたのに、軽く体重を持ち上げて鉄棒の上に這いがったのである。  信じられないといった表情の京子であった。 「ようし、合格だ。次!」  ゆっくりと鉄棒を降りて、蘭子のそばに腰を降ろす京子。 「できたじゃない。おめでとう」  祝福する蘭子の言葉にも、呆然とした表情の京子。  その時、智子は鉄棒に這い上がれずに悪戦苦闘していた。 「おい。鴨川、本気出しているのか? おまえができないはずないだろう」 「そうなんだけど……。おかしいな」  智子は学業はとんとサッパリだが、体育にかけてはずば抜けた運動神経と反射神経を持 っていた。中学生の時には、テニス部のキャプテンを任され、この学校でも先輩に誘われ てテニス部に入部。一年生ながらも試合に出場して好成績を収めている。 「深夜映画の見すぎで疲れてんじゃないのか?」 「そうかも……。BS2でいい映画やってるから」 「とにかく不合格だ。居残れ!」 「ほえ〜」  だらしない声を出して居残り組みに入る智子。  一通りのテストを終えて、居残り鉄棒組みと、合格バスケット組みとに判れての授業が はじまった。  近鉄南大阪線大阪阿倍野橋駅。  構内の自動改札口を通る京子がいる。  彼女は電車通学である。  3番ホームに発着する準急か急行電車に乗り、河内松原駅で降りる。急行なら一駅だが、 準急なら途中駅で急行通過待ちがある。急行は早いが混雑しているし、準急は遅いが座れ ることが多い。その時の体調や荷物量、急いでいるかどうかでどちらかに決める。  丁度、準急が発車待ちで停車しており、しかも後続急行のない河内松原先着なので、都 合よく乗り込むことにする。座席に腰を降ろし、鞄から本を取り出して読もうとした時に、 はす向かいに憧れの人が座っているのに気が付いた。  同じ阿倍野区にある大阪府立住吉高等学校の二年生で、両校との間には古くからの交流 があって、生徒間の交流も盛んである。  京子は、演劇部の交流会において、顔見知りになっていた。  相手と視線が合った。 「あれ……?」  明らかに京子に関心を持ったようだ。  席を立ってこちらに向かってきて、京子の前に立った。 「君、阿倍野女子高校の演劇部だろ?」 「は、はい。そうです」 「名前を聞いてもいいかい?」 「真谷京子です。一年三組です」 「そうか、君も近鉄通学組みなのか……。駅はどこ?」 「河内松原駅です」 「僕は河内天美駅だよ。隣に座ってもいいかい?」 「はい、どうぞ」  礼儀正しい少年だった。  大阪府立住吉高等学校は公立にしては制服がなく、髪型自由でピアスも可という粋な校 風である。平成17年のスーパーサイエンスハイスクールの指定校となっている。  それから二人は演劇の話で盛り上がった。  憧れの人と知り合え、仲良く慣れそうな雰囲気に幸せそうな京子であった。  出会いがあれば、別れもある。  そばにいたカップルが言い争いをはじめた。 「もうあなたとは付き合わないわ。さよならよ」 「ちょっと待てよ」  電車を降りる女性と追いかける男性。 「いい加減にして!」  男性の頬に力強い平手打ちを食らわして、さっさと改札口から出て行った。  取り残され呆然と立ち尽くす男性。
   
↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v
小説・詩ランキング

11
11