陰陽退魔士・逢坂蘭子/第三章 夢鏡の虚像
其の玖  こちらの夢魔人は、式神を使って退治することはできた。もう一歩進めて、鏡の中の世 界の夢鏡魔人をも式神を使って倒せないものか。  ご先祖様によれば、式神を使っても夢の中にいる魔人は倒せないらしい。となれば鏡の 中へ直接式神を送り込んだらどうだろうか。  早速、方策を練り始めることにする。現時点では鏡の中へ式神を送り込むことは不可能 だった。何か特殊な道具立てを考案しなければならない。  まず思いついたのが、合わせ鏡である。二枚の鏡を相向かわせて、その中心に式神を呼 び出すための人形を置いてやる。すると双方の鏡の中には、人形と反対側の鏡の像が無限 に連続して映り込まれる。この状態で鏡の中に映る人形に働きかけて、式神を出現させる ことができれば成功である。と、簡単に言ってしまったが、鏡の中にまで通ずる呪法がな い。我々が会得しているすべての呪法は、この世界の中においてのみ通用するものだった。 虚空の世界である鏡の中にまでは届かない。  鏡を四面や六面にもしたりして、試行錯誤の日々が続くが、一向に鏡の中の人形は答え てはくれない。  二十年の月日が過ぎ去っていた。  未だに打開策は見い出せない。  ほとんど諦めの心境に陥ったとき、突然閃くものがあった。  人の夢の中には、式神を送り込ませることが可能であることは判っている。  そうだ!  夢の中も虚空の世界なのである。虚空の世界同士ならば、たとえ異質であっても移動が 可能なのではないか?  それは夢鏡魔人の行動を考えれば納得する。奴は夢と鏡の世界とを行き来していたでは ないか。  まず式神を夢の中へ送り込み、そして鏡の中の世界へと転送するのだ。  理論がまとまれば方策を考える。  さらに二十年をかけて、【夢の魔鏡】と【鏡の魔鏡】という二つの魔鏡を完成させた。 この二枚の鏡を相対面させ、その中央に式神を呼び出す人形を置いて準備は完了である。 そして夢の世界と鏡の世界とを行き来する呪法も完成させた。  しかし問題がある。これには夢を見てくれる実験体が必要だった。幸いにも実弟である 一番弟子が名乗りを挙げてくれた。彼には大いに感謝し、成功すれば土御門家の名跡を与 えると約束した。  彼には早速眠ってもらって、人体実験がはじまった。  そしてついに、式神を鏡の中へと送り込むことに成功したのである。さらにもう一体を 送り込んで戦わせることも行ったがこれもうまくいって、こちらの世界から鏡の世界の式 神を自由に使役することができるようになったのである。  これでやっと夢鏡魔人を倒す方策が完成し、万が一復活することがあっても、この書物 を読んだ後世の子孫によって倒されるだろう。  一番弟子との約束通りに、彼に土御門家の名跡を譲り、私は引退することにした。  それからの隠居生活は悠々自適のはずだった。  しかし、何か物足りない。大切なものをどこかに置き忘れているような気分がどうして も拭えない。悶々とした日々が続いたある日、当然思い浮かんだのである。  夢鏡魔人をこの手で倒せないものかと……。  すなわち自分自身の魂を鏡の世界へ送り込んで、直接に魔人を倒したいものだと。  思いは月日が経つに連れて大きくなってゆく。  どうせこの身は老いさらばえて余命幾ばくもなし。たとえ失敗してもなんぼのものか、 後悔はしない。  居ても立ってもいられなくなった私は、一番弟子に頼み込んで協力してもらうことにし た。もちろん名跡を継いだ彼に人体実験を行うことはできない。彼の弟子の一人が手を挙 げてくれた。私にとっては孫弟子ということになる。  そして、彼と孫弟子との協力を得て、自分自身の魂を鏡の中へ送り込むことに成功した のである。  ここに至り、夢鏡魔人退滅法の完成を見たのである。  果たせるかな残念なことに、夢鏡魔人はすでに【夢鏡魔人封魔法】によって魔鏡に封印 されたままなので、この方策を試す機会がない。  せめて後世の子孫のために【夢鏡魔人退滅法】を書き記しておくことにする。      応仁元年正月二日記(西暦1467年2月6日)           土御門晴樹
     
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