陰陽退魔士・逢坂蘭子/第三章 夢鏡の虚像
其の拾  数時間後、祖母である土御門家晴代の居室。  書物庫から持ち出した二枚と合わせて三枚の魔鏡を挟んで、蘭子と晴代が対面している。 「扉はしっかりと閉めて呪法は掛けてきたか?」 「はい」 「それで【夢魔人封魔法】はしっかり読んで、頭の中に叩き込んだか?」 「退滅法をも合わせてしっかりと……」 「なら、良い」  しばし沈黙が流れた。  庭先から虫の鳴き声が寂しく聞こえてくる。  その泣き声に聞き入るように、庭先の方に目を向けながら、晴代が静かに尋ねる。 「これからどうするつもりだ」 「もちろん夢鏡魔人を倒します。この手で……」 「その手で倒すとな? すると退滅法の最期の手段を使うのか?」 「はい!」 「いつ?」 「今夜です」  驚いて目を見張る晴代。  今さっき退滅法を覚えたばかりで、いきなり実践しようというのだから無理もない。 「早急過ぎはしまいか? まだ、練習もしていないというのに」 「魔人は待ってはくれません。今夜か明日にも、友達は殺されるかもしれないのです」 「そうかもしれないが……」  前のめりになり、手を突いて懇願する蘭子。 「お願いします。許可してください」  目を閉じ腕を組んで考え込む晴代。 「呪法に失敗したら、その娘の命はむろん、おまえの命もないのだぞ」 「覚悟の上です!」 「そこまで言うのなら許可しよう」 「ありがとうございます」 「ただし! その呪法、儂が掛ける」 「おばあちゃんが?」 「馬鹿におしでない! これでも土御門家の総帥だぞ」  声を荒げて怒る晴代。 「失礼しました」  素直に謝る蘭子。  やがて静かな口調に戻って、晴代が話し出す。 「いいか、蘭子。この呪法は失敗が許されない。その娘とおまえの命が掛かっているのだ からな。未熟なおまえでは力不足だ。だから呪法は儂がやる。おまえを鏡の中の世界へ送 り込んでやる。そして魔人と力の限り戦え。たとえ敗れてお前の命を失っても、その娘の 命だけは守り通してやる。いいな、蘭子」 「はい、判りました」 「よし、いい返事だ」  さわやかな笑顔になって見詰め合う二人。  この時、蘭子は気づいていた。  【夢鏡魔人封魔法】という書物を晴代は知っていた。当然として、実際に呪法を確かめ るため弟子に協力を頼んで、練習を続けていたに違いない。そして鏡の中へ自分自身や弟 子達を送り込むことに成功していたのだろう。だからこその今の言葉なのである。 「そうと決まったら、早速その娘の家へ向かうぞ」 「はい!」  蘭子は魔鏡を包み始めた。 「これを使え」  晴代が棚から取り出してきたのは、長方形の薄い桐の箱で、蓋を開けると仕切り板が付 いていた。魔鏡同士ががぶつかり合って割れるという危険性を、仕切り板が防いでくれる というわけである。魔鏡を慎重に包んで桐箱に納めて、さらに動かないように新聞紙で詰 め物をして蓋をし、風呂敷で丁寧に包んで、小脇に抱えて立ち上がる蘭子。皿や鏡のよう な割れやすいものは、包んだ上で上下に重ねるのではなく、横に連ねるように梱包運搬す るのが原則だ。 「虎徹はここに置いておくのだ。魔の精神波が漏れて呪法に支障をきたすかも知れぬ」 「判りました」  蘭子は懐から御守懐剣を取り出して、棚の引き出しにしまった。 「よし! 行くぞ、案内しろ」 「判りました」  二人連れ立って、近藤道子の向かうのだった。  すでに日は暮れて辻を吹き抜ける風は冷たかった。
     
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