陰陽退魔士・逢坂蘭子/第三章 夢鏡の虚像
其の捌
ここで思わずため息をつく蘭子であった。
陰陽師の家系である彼女だから納得できる内容ではあるが、一般人が読めばとても信じ
られないことであろう。まさに怪奇的な内容が記されていた。
しかし疑念が一つ残った。
この封魔法を使用すれば、夢鏡魔人を再び鏡の中へ封印することができるかも知れない
が、全く同じ手が通用するかというと、魔人も馬鹿ではあるまい。必ず対抗手段を打って
くるであろう。
悩んでいると、
「あ、続きがあるじゃない」
書物には、まだページが残っていた。
「また、お婆ちゃんに叱られるところね。『おまえは間が抜けているぞ』はい、はい。気
をつけます」
先を読み続けることにする。
ページをめくると、まず附録と書かれてある。さらにページをめくる。
「夢鏡魔人退滅法」
という文字が飛び込んでくる。
「退滅法か……」
おそらくここから先に、同梱の二枚の鏡を使って魔人を退治する方法が記されているの
であろう。文字の字体がそれまでと全く異なっているところを見ると、封魔法を読んだ後
世の子孫が退滅法を編み出して、その内容を書き記し附録として付け足したのだろう。
再びその内容を現代文に直してみよう。
■夢鏡魔人退滅法■
序の文。
ご先祖様の書き残した【夢鏡魔人封魔法】を拝読し、なるほど素晴らしい呪法を完成し
てくれたと感謝した。
実際にも我が世代においても、鏡を媒体とする虚空の世界に住む夢鏡魔人ほどでないに
しても、亜流の夢魔人ともいうべき妖魔が徘徊し、人々を大いに苦しめているのだ。この
妖魔は鏡を媒体としない実体のある魔人で、人の夢の中に入り込んで悪夢を見せ、苦しむ
際に生じる負の精神波を活力源としているらしい。人を殺しはしないが、ほとんど廃人と
なってしまう。そして次なる獲物を見つけて乗り移るその際に、一時的に実体化する。そ
の時が、退治する絶好の機会であるが、いつ乗り移るかが判断できない。それよりもまず、
魔人に取り憑かれて悪夢を見られているのか、ただ単に自身の過去の古傷を思い出し悪夢
として苦しんでいるのか、識別することが困難だ。
仮に取り憑かれている人を見つけて魔人をその身体に一時的に封印できたとしても、相
手は夢の中の虚像と化している。ご先祖様も述べておられるように虚像は絶対に倒せない。
そこで何か策はないかと書物をあさり、ついに封魔法が書かれたこの書物を見い出した。
これを参考にすれば、夢魔人を退治することはできなくても、鏡やこれに替わる何物かに
封印することができるだろう。
即座に実行に移すことにしたのだが、夢魔人は送り込んだ式神によって、あっさりと倒
されてしまったのである。意外な出来事を推察するにあたり、夢鏡魔人は鏡の中の世界に
生きているのに対し、夢魔人はこちらの世界に生きているという違いのせいかも知れない。
(注・これは相対性理論や量子理論の質量とエネルギー変換を考えると判りやすい。夢鏡
魔人が完全なる虚像であるのに対し、夢魔人は実体があって夢の中に入る際に、その質量
をエネルギー化しているのである。ゆえにそのエネルギーをゼロにしてしまえば、実体も
存在しえなくなって消滅してしまうのである)