陰陽退魔士・逢坂蘭子/第三章 夢鏡の虚像
其の漆  しかし、女性達の奇行死は治まらなかった。  日常的に女性達は、炊事・洗濯・掃除と水に関わる家事に携わっている。飲料水を蓄え ている水がめ、洗濯のためにタライに張った水、掃除のために桶に汲んだ水。その水面が 鏡面となって【人にあらざる者】を呼び出している事がわかった。  水はありとあらゆる場所に存在する。川の水面、防火用水、雨後の水溜りなど。  がために、【人にあらざる者】の動きを封じることは不可能だった。  人々は、絶大なる人気を誇っていた陰陽師に救いを求めてきた。そして、我が安部氏土 御門家の門を叩いたのである。  ■相手を知るべし。  敵を倒すには、まず相手のことを良く知らねばならない。  これまでに判っていることを列挙すると。  一、若い女性に憑依して奇行死させること。  二、鏡および鏡様になった水面などを媒介とすること。  三、発症するのは、眠っている時に起きるらしいこと。  四、誰もその姿を見たことがなく、おそらく人の心の中(夢?)と鏡の中とを移動する ものである。これをもって今後は夢鏡魔人と称することにする。  ■退治方法について  これまでに述べてきたように、夢の世界と鏡の世界とを往来する虚像の魔人であること が判った。ゆえに実体である我々が虚像を倒すことは絶対に不可能である。  では、どうすれば良いか。  答えは一つ。  魔人を鏡の中に閉じ込めて出られないように封印することである。  しかし、鏡は無限に存在し、すべての鏡の封印は不可能。  そこで、魔を封じることのできる退魔鏡を用意し、これに夢鏡魔人を追い込んで封印し てしまうのである。  魔人が鏡の世界から抜け出して、特定の女性の夢の中に憑依している時こそが、封印す ることのできる機会である。その女性の中に一旦封印し、かつ女性が死なないように眠ら せておく。死んでしまえば夢は消失し、魔人が解放されてしまうからである。  特定の女性の夢の中に閉じ込めたなら、夢の中に入り込むことのできる式神を使って魔 人と戦わせるのだ。倒すことは不可能だろうが苦しめることはできるはずである。ここで 奇門遁甲八陣の呪法を張り巡らせ、死門だけを開けておいて、そこに退魔鏡を置いておく。 ここで女性の封印を解いてやると、苦し紛れに奇門遁甲の開いた門から退魔鏡の中へと逃 げ込むはずである。だが飛んで火にいる夏の虫。魔人はその魔鏡からは二度と抜け出せな くなるというわけである。  早速、退魔鏡を作ることのできる鏡師を探すことにした。しかし奇門遁甲八陣図という 微細彫刻を施せる鏡師が見つからない。  仕方なく、全国行脚しながら鏡師を探し出す旅を続け、志摩国の大王村波切というとこ ろで鏡師を見い出し、ついに退魔鏡を手に入れたのである。  急ぎ摂津国へと引き返して阿倍野に舞い戻った。  かねてよりの計画通りに女性の夢の中に潜んでいた夢鏡魔人を退魔鏡の中に封印するこ とに成功した。そして地中深くに退魔鏡を埋めることにしたのである。  しかしながら、万が一退魔鏡が掘り出されてしまうこともあり得る。そのために、後世 の子孫のために、この書物を残しておこう。  建保三年一月六日記(西暦1215年2月6日)     土御門晴康
     
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