陰陽退魔士・逢坂蘭子/第三章 夢鏡の虚像
其の陸  錠前を外して扉を開けて中に入り、戸口脇の棚から燭台を取ってローソクに赤燐マッチ で点火して明かりを確保、今度は中から閂をかける。  なお、ここから先は呪法の使用は厳禁である。呪法の影響で書物の内容が書き換わって しまう可能性があるからだ。  先に立って書物庫の中を進む祖母と、後に従う蘭子。  総檜でできた書棚の前で立ち止まる祖母。燭台を棚の上に置いて、手を合わせ祈ってか ら、漆塗りの玉手箱のようなものを取り出した。そしてそばの所見台の上に置いた。  飾り紐を解いて蓋を開けると、二枚の銅鏡と和綴じの本が入っていた。  蘭子がそばに寄ってのぞき込んでいる。  和本の表紙には達筆な墨文字で【夢鏡封魔法】と書かれている。 「これに、夢鏡の魔人を封じる方法が書かれているのですか?」 「もちろんじゃ」 「どうしてこんな本がここにあるのでしょうか?」 「阿呆なこと言ってんじゃないよ。あの魔鏡に魔人を最初に封じたのがこの本の筆者、つ まり我がご先祖様だ。あの魔人を封じた後に魔鏡を地中深く埋め、それが何かのきっかけ で掘り出され魔人が復活した時のために、封魔法を記した本と使用した封魔鏡を、後世の 子孫のために残したのじゃ」 「あ、なるほどね」 「おまえは時々魔の抜けたことを言う。気をつけないと戦いの時に命を落とすことになる ぞ」 「はい。肝に銘じて」 「とにかくじゃ、この二枚の封魔鏡は持ち出しても良いが、書物の方は厳禁じゃからな。 ここで読んで頭の中に叩き込んでおくことじゃ。よいな」 「はい。わかりました」 「それじゃ。儂は戻るが、ここを出るときまたちゃんと閉めておけよ」  と言い残して、扉の方へとスタスタと歩き出した。  蘭子は先回りして閂を外して祖母を送り出し、再び閂を掛けると元の所見台の所に戻っ た。 「夢鏡封魔法か……」  表紙に書かれた達筆な文字から、想像を絶するような内容が記されている感じが、ひし ひしと伝わってくるようだ。  息を呑み、静かに最初のページをめくる。  毛筆で書かれた達筆な草書文字が飛び込んでくる。いわゆる平安貴族の間でもてはやさ れた枕草子や伊勢物語・土佐日記などに記述されている、漢字かな混じりの文体で書かれ ている。  今時の女子高生にはとても読めないものであるが、幼少の頃から祖母に般若心経を写経 させられ、陰陽道に関する古典書物を読誦させられた蘭子には、読むには造作もないこと だった。  さて封魔法に書かれている内容を現代文に直してお知らせしよう。  ■夢鏡封魔法  建久六年十二月、第八十三代土御門天皇即位し頃。(注・西暦1196年1月)  摂津国阿倍野というところで、奇妙なる病が流行っていた。  若い女性が、ある日突然として狂ったように踊り続け、翌日に死んだ。  その翌日、別の女性が昼間に痴呆となって村中を徘徊し、翌日に死亡した。  次には、やはり女性が昼間に素っ裸になって男達を誘惑し、やはり翌日には死んだが、 その股間は精液まみれだった。  時として包丁を振りかざして村民を次々と刺し続けて殺人鬼となり、最期には自分の首 筋を掻き切って自害して果てた女性もいた。  すべてに共通していることは被害者は若い女性ばかりで、奇行の果てに死亡してしまう ことで、偶然なのか自宅の鏡がことごとく割られていた。同時には決して発症しないこと もわかり、何か【人にあらざる者】が若い女性に次々と取り憑いては奇行を働かせて、死 に至らしめているのではないかとの噂が広まった。  そして女性が必ず持っている鏡が、その媒体となっているらしいとのことで、女性には 鏡を持たせるなということになった。
     
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